浅田 彰×黒瀬陽平「ポストモダン・ジャパンの行方――意見交換」[第1ラウンド]3



 

まず、浅田彰さんからぼくと藤村龍至さんへ投げかけられた質問、「なぜネットワーク的「接続」派である黒瀬・藤村がことさらに「切断」を強調するのか」という点についてお答えしたいと思いますが、煎じ詰めた結論だけ言ってしまえば、浅田さんも指摘されているように「ネットワーク的接続だけではだめなのだ」という答えで間違いはありません。
しかし、ぼくたちの世代がこの回答にたどり着いた経緯については、少し説明させていただく必要があるように思います。

たしかに、『海市』は建築およびアートの領域において、きわめて早い段階でネットワーク的過剰接続による多様性の殺到があらゆる構築性や計画性を台無しにしてしまうこと、つまり、インターネット・ユートピア思想が机上の空論でしかないことを身も蓋もなく露呈させ、日本を含めた世界全体がまさにこれから全面的なネットワーク社会へと発展しつつあった一九九七年時点で、まるでその帰結を予言するかのように「切断」の重要性を浮かび上がらせたという意味で先駆的なプロジェクトでありました。

ICCオープニング企画展「海市——もうひとつのユートピア」1997年
展示風景 上から時計回りに (シグネチャーズ)、(ヴィジターズ) 第1週 岡﨑乾二郎、第4週 小林克弘、
第7週 エリザベス・ディラー&リカルド・スコフィディオ、第8週 鵜沢隆
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]



しかし、展覧会終了時に磯崎さんが掲げた「計画失敗!」の言葉がすべての結論であるかのように誤解されたのか、はたまたさんざん過酷なユートピア計画につき合わせた<挙げ句>、模型そのものを消失させたというシナリオに、アーティストたちの無意識が拒絶反応を起こしたのか、その後、まさに現実世界が急速にネットワーク化してゆく十年ほどのあいだ、『海市』が突きつけた「接続」と「切断」の問題を引き受けた議論は、なぜか建築やアートの領域からはほとんど現れませんでした。つまり、現実世界がネットワーク的過剰接続となったなかで、建築やアートは何を成すべきなのか、という具体的な議論やヴィジョンの乏しい時代が続いたと記憶しています。

周知のように、九〇年代後半から二〇〇〇年代にかけて、『海市』が取り出した問題をもっとも真剣に考えていたのは情報社会論でした。もちろん、情報社会論の側からすれば、建築やアートが抱えている問題など視野の外だったでしょうが、ネットワーク的接続が生み出す「集合知」に基づく新たな民主主義の理想が謳われたと思いきや、過剰接続による「認知限界」や「炎上(カスケード)」が問題となり、そしてその反動としてのフィルタリングによる「エコーチェンバー」、「島宇宙化」などによって今度は「インターネットは民主主義の敵か」(キャス・サンスティーン)などという問いが投げかけられる様は、まさに『海市』において磯崎さんが概念的に示したネットワーク社会についてのアポリアを、現実の具体的な対象や現象を分析しながら検証してゆくプロセスにほかなりません。

そして、いわゆる日本の「ゼロ年代」論壇において浮上した「アーキテクチャ」というキーワードは、まさに以上のような議論を受けて登場したわけです。インターネットという「人工的自然」のなかで様々な「設計」の実験を走らせ、過剰接続に陥らないための規制や法を模索してゆく、その具体的な実践が「ウェブ・アーキテクチャ」の名のもとに乱立しました。

『情報社会の情念』黒瀬陽平 著
(2013年、NHK出版)



とはいえ、ゼロ年代のアーキテクチャ論の多くが、環境を設計することを素朴に信じすぎており、楽観的なプラットフォーム万能論に堕してしまったことは明らかで、ぼくとしてはその論調に対するコンテンツ(作品)制作の立場からの「切断」として単著(『情報社会の情念』)を書くことになったのでした。

「ネットワーク的接続だけではだめなのだ」という一言にたどり着くまでに、以上のような道行きを経なければならなかったぼくたちは、確かに、磯崎さんの『海市』に比べれば周回遅れの答案提出なのかもしれません。しかし、そのおかげで「接続」についても「切断」についても、ある程度具体的な設計論、方法論、制作論が考えられるようになったことは、ささやかながらひとつの成果だと言えるのではないでしょうか。

たとえば、ぼくたちにとって「接続」に対する「切断」は、少なくとも「骰子の一擲」のような根拠の無い偶然に身を投じるものではあり得ません。まさに現在、過剰接続を引き起こしているアーキテクチャがどのように設計、デザインされているかを詳細に分析できてこそ、ふさわしい「切断」を実行することができる。そう考えれば、ここ十数年の情報社会論の蓄積、そして様々な「アーキテクチャ」が生まれては消えた国内の情報環境とネット文化の盛衰を睨みながら、アートあるいは建築にできることを模索するという試みは、(磯崎さんとぼくたちの間の世代がほとんど何も手をつけなかったが故に)ぼくたちの世代が積極的に取り組む仕事なのではないかと思っています。

藤村さんの「軸線」、そしてぼくの「キャラクター」や「かたち」についての発表は、「接続」と「切断」を同時に設計、デザインするための具体的な手がかりのひとつを提示したつもりでしたが、こちらもまた浅田さんが指摘されたように、それらが「日本」の名のもとに披露される以上、大東亜共栄圏的な思想に加担する恐れがあるということは、理解できますし、おっしゃるように「警戒を緩めるべきではない」とも思います(ところで、アートにおける大東亜共栄圏といえば岡倉天心、天心といえば、おそらく現代の天心を自認しているに違いない村上隆が、震災後にロンドンのガゴシアン・ギャラリーでの個展に際して、黒田清輝の《智・感・情》を現代のイラストレーターにリメイクさせた作品を出品していたことを思い出します。高階絵里加による卓越した分析によれば、かの《智・感・情》は「智」が中国、「情」がインドを表し、両者のアジア精神を「感」性において統合する日本、という天心の理念を代弁する精神的肖像画として解釈されており、その《智・感・情》の現代版を、続くドーハでの個展で披露する巨大な壁画=新しい仏教美術? の前哨戦としてロンドンに持ち込むという明確な政治性は、今やノンポリか紋切り型の左翼がデフォルトになってしまった国内のアートシーンからすれば、むしろ貴重な存在であり、本来、政治的力学の平面である「絵画」というジャンルの業の深さを一身に体現するという意味において、正統な「日本画」なのかもしれない、という気もします)。

「磯崎新 都市ソラリス」展
第三回 参加アーティストによるプレゼンテーションとトークセッション
第二部 トークセッション テーマ「海市」(2014.1.11開催)
左より 出演:藤村龍至、磯崎新 ゲスト:東浩紀、黒瀬陽平
写真提供:NTTインターコミュニケーション・センター [ICC]



とはいえ、ここまで一連の議論において、言ってみれば「過剰切断」のポストモダニズム左派だけでも、「過剰接続」のポストモダニズム右派だけでもダメなのだ、という前提は共有されていたように思えますし、「脱構築/再構築」の両義性(「Connect-i-cut」)を常に意識しながら考えるべし、という「符牒」が得られたという点で、すでに『都市ソラリス』についての(あるいは『福島第一原発観光地化計画』についての)、具体的なプランニングを構想する準備は整ったのではないか、と感じられました。すでに登壇が終わり、用済みになったぼくがこのようなことを述べ立てるのは大変恐縮ですが、引き続き行われる議論を楽しみにしております。

『「フクシマ」へ門を開く──福島第一原発観光地化計画展 2013』
撮影:新津保建秀 / 写真提供:株式会社ゲンロン



(くろせ・ようへい 美術家・美術評論家)


 

(2014年6月11日公開)




〈C O N T E N T S〉
浅田 彰×黒瀬陽平「ポストモダン・ジャパンの行方――意見交換」
[第1ラウンド]1&2
(Text by 浅田 彰:『都市ソラリス』の余白に/『都市ソラリス』の余白の余白に)
[第1ラウンド]3
(Text by 黒瀬陽平:「接続」と「切断」の設計:浅田さんへの応答として)
[第2ラウンド]1
(〈CHAOS*LOUNGEより再掲〉Text by 黒瀬陽平:日本的イコノロジーの復興)
(Text by 浅田 彰 黒瀬陽平へ——『LITTLE AKIHABARA MARKET』の余白に)
[第2ラウンド]2
(Text by 黒瀬陽平 「日本的イコノロジー」を支える絵画空間)
[第3ラウンド]1
(Text by 浅田 彰 黒瀬陽平へ——「『当事者性』の美学」の余白に)