インタビューシリーズ『京都の仕掛人』: マルクス・ヴェルンハルト(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川 館長)



 

聞き手:小崎哲哉
写真:かなもりゆうこ

シリーズ「京都の仕掛人」は、京都で文化的な活動を行いかつ支える、裏方さん的な方々へのインタビューです。第2回目は、日独間の文化交流活動を進めるゲーテ・インスティトゥート(ドイツ文化センター)・ヴィラ鴨川の新館長、マルクス・ヴェルンハルトさん。鴨川に面するアーティストインレジデンス施設は今後、どのような方針のもとに活動を展開するのか、流暢な日本語でのお話をたっぷりと伺いました。

 

Photo: Kanamori Yuko



—— まずは個人史について伺わせて下さい。出身はドイツのどちらですか。

故郷はミュンヘン近郊、山の麓の美しい村です。

——大学では何を専攻していましたか。

2度大学で学び、社会学や演劇、スペイン文学などいろいろと専攻しましたが中退しました。絵描きになりたいと考えて、スペインに住んでアート活動をしたこともあるんですが、完全に破綻してスペインから戻り、ようやく覚悟して3度目の大学に入りました。22歳になって本腰を入れて、中国語、ドイツ文学、哲学を学び始めたんです。

——なぜ中国の哲学や文学に関心を持ったのですか。

中国語を学べば少し遠くの世界を見ることができるし、目先を変えることができると考えたんです。最初から中国の思想に興味があったわけではありませんでした。
 2年半はミュンヘンで漢字の習得に没頭しました。毎朝5時か6時には起きて午後1時まで、ただ漢字を頭に叩き込んでいったんです。その後、奨学金をもらい、中国に留学しました。まだ解放前で鄧小平の経済改革は始まったばかり。文化大革命からそれほど時は経っておらず、到着するとびっくりするほどの清貧の世界でした。コーヒーやパンやバターは一切なく、西洋からの留学生にとってとても困難な状況でした。スーパーはなく、デパートに行って「同志、これを見せてくれませんか」と声を掛けて見せてもらう。店員はそっけなく、典型的な社会主義の世界でした。いまとなっては逆に貴重な体験です(笑)。

 

●今年は「東アジア20周年」

——ゲーテ・インスティトゥート(ドイツ文化センター)には、大学卒業後すぐに入ったんですか。

ええ。1989年に大学を卒業して、90年にドイツ文化センターに入りました。

—— ドイツの激動の時期ですね。

そうです。でも、政治に特に関心があるわけでもない西ドイツの若者として、関心は低いものでした。国の分割にとても苦しんだ世代である私の母は、ベルリンの壁が崩壊したとき泣いたんですが、私は冷戦時代に生まれ育ったので、2つのドイツがあって当然、東ドイツとは関係ないという感じでした。恥ずかしい話ですが、そういった斜に構えた西ドイツ人は少なくなかったんです。

—— ドイツ文化センターに入った動機は何ですか。

文化領域で海外で働けるチャンスは多くはないのですが、偶然にドイツ文化センターの存在を知って応募しました。中国語のできるスタッフの需要があったんです。
 最初の2年間は 研修、その後の2年間 本部で働きましたが、突然人事部から「東京へ行かないか」と言われました。なぜ私に声が掛かったのかというと、私の思うところたぶん「中国と日本はそれほど変わらない」という勘違いではないかと(笑)。しかし考えてみると、「この人は若いのだから、日本語や日本文化にも接触するチャンスを与えたらよいのではないか」という、人事部の親心があったのかもしれません。
 でも確かに大きなチャンスだったと思います。中国語を勉強し、また若い内に日本語と日本文化に接触する。結果的に私の人生もだいぶ変わりました。日本人の奥さんをもらい、自分の両親は亡くなったけれど、こちらの家族が大きな存在で、とても仲がよく、不思議な体験をしています。

—— 日本に来られたのは94年でしたっけ。

94年に東京ドイツ文化センターの文化プログラム統括として来て、99年までいました。その後、北京ドイツ文化センターの館長として3年半だけ北京にいました。2003~2009年、文化プログラム統括として再び東京に。2009年からは台湾ドイツ文化センターの館長として台北に行きました。

—— そして、2014年5月に京都にいらしたんですね。

そうなんです。今年は東アジア20周年なんです(笑)。

 

●ゲーテ・インスティトゥートとヴィラ鴨川

—— ドイツ文化センター(ゲーテ・インスティトゥート)がどんな団体なのか、簡単に説明して下さい。

ドイツ文化センターはドイツ連邦共和国の文化機関です。元々は民間の協会でした。70年代初めごろ、ドイツ政府との契約を結び、対外文化政策のかなりの役割がドイツ文化センターに託されました。海外での活動予算はすべて国から出ています。それでありながら独立性があるというのは、ドイツに特徴的なことです。
 10年前に大きな改革があり、外務省とドイツ文化センターの理事会は4年毎に達成すべき目標を協議するという形になりました。しかし、一方的に目標が突き付けられるわけではなく、平等な協議で目標が決まります。自分たちも協議に参加しているので、ドイツ文化センターとしてもやる気が出るわけなんです。そして、どういうふうに目標を実現するかはドイツ文化センターが決める。つまり、独立性が非常に高いのです。年に一度、目標達成確認や途中での新たな発展があるかなどで協議をするのですが、外務省の関与はそのくらいです。

—— ヴィラ鴨川の滞在アーティストは年間12人(3期に分けて各4人ずつ)ですが、選出の基準は?

最終的にはクオリティです。毎年、外部の専門家や批評家が、応募してきたアーティストの企画書に目を通し、次の年の12名を選ぶことになっています。創作活動の中心がドイツであれば外国人でも大丈夫です。研究者とキュレーター も応募できる。

——12名の募集に対し、応募者の倍率はどのくらいですか。

具体的には言えませんが、何百人もの応募者がいて、とても高い倍率です。

—— 京都は人気が高いでしょうね。

高いです。他のドイツ文化センターの中でも、例えば中国やインドなどでアーティストが滞在できる施設はあるのですが、ヴィラ鴨川ほど設備や環境が整っているところはありません。すべてがレジデントアーティストのために動いているのはヴィラ鴨川だけです。

——館長の業務はどのようなものですか。

まず、審査段階で各プロジェクトの実現性についてコメントします。例えば、これは抽象的過ぎるとか、ピントがずれているとか……。しかし、私には決める権利はなく、あくまでも審査員たちの参考になる助言をするに過ぎません。彼らは専門家とはいえドイツに住んでいるので、プロジェクトの実現性について判断することができないからです。そういう意味で、現場の声として私のコメントはある程度役立っていると思います。
 そして次の役割として、アーティストが京都にやって来たらスタッフとともにプロジェクトの実現のために彼らを応援します。アーティストたちは日本について調べてはきますが、現実の日本で思いもよらぬことを知らされ、計画 を.変更しなければならない場合があります。

——館長やスタッフは当然、京都でのいろいろなネットワークを持っていなければなりませんね。

そうです。スタッフの蓄積されたノウハウが必要です。

 

●ヴィラ鴨川の発信力を高めたい

——新しい館長としての方針や目標を聞かせて下さい。

2011年に京都ドイツ文化センターが改修されヴィラ鴨川に生まれ変わったのですが、この3年間でアーティストが滞在するレジデンスとしてうまく機能しています。しかし、認知度と、京都・関西・日本のアートシーンや関係者との相乗効果が少し足りないと言えます。一流のドイツ人アーティストがここに滞在していることを、京都、関西の文化人が気づいていない状態です。アーティストたちが、日本の現代文化に関わる人たちと知り合いになり仲よくならなければ、彼らの企画実現にも関わってきます。その意味で、ヴィラ鴨川のネットワークをよりよくする余地があると思っています。
 そして、滞在の間、ただ自分のプロジェクトを行うだけでは少し残念です。例えば、日本とドイツのクリエイターの間で話をすれば、とても興味深いテーマが出てくるはずです。アーティストが滞在する施設というだけではなく、日本とドイツのクリエイターがお互いの話を聞けるプラットフォームに発展させたいのです。

—— ハードよりソフトということですね。

そうなんです。ヴィラ鴨川の発信力を高めたいんです。その流れで小崎さんにお話を持ちかけた『Creators@Kamogawa』(※)が生まれたわけです。話すだけで終わらず、その記録を公開することも大切だと思います。文章や写真、ビデオをこちらから発信し、日本とドイツ、そして国際的に広げていきたい。国際的なコンテキストの中で価値を持つコンテンツを、京都で作ることができるという確信があります。
 この間の『Creators@Kamogawa』で、私が触発されたのは作家のマリオン・ポッシュマンさんと福永信さんとのやりとりです。2人はお互いにとても興味を持ち、もっと話したいと言っていた。福永さんは後からメールをくれて「僕は外国語が話せないけれど、海外の作家と直接に話す機会が持ててとてもよかった」と書いてくれました。ヴィラ鴨川の重要な役目として、そういう場を作れるということを感じました。

——京都には、例えばフランスのアーティストインレジデンス施設、ヴィラ九条山があり、ほかにも様々な国のクリエイターが短期あるいは長期滞在しています。京都にいる外国人クリエイターとヴィラ鴨川のレジデンツが、何かを一緒にやる可能性はありますか。

チャンスがあれば、とても楽しいことですね。多国間で共通のテーマを話すことは非常に大切だし、興味深い側面が現れると思います。アートの話題だけでなく、現代の話題、例えばクラブの風営法問題についてでもよいですし……。同時通訳の設備はさらに整えていくつもりですから、多国語対応の設備にできれば、まさにそれに向いています。
 文化領域では同時通訳を使うことが少ないですが、それはとてもよくないと思います。理想的な同時通訳の状態で話せるのは政治家や経済界の人だけで、文化領域の人は貧乏くさい逐次通訳で終わる(笑)。そんなことでいいのか!? と思うんですね。だからコストは大きくても、同時通訳でやりたいと思っています。

——費用は、アンステュチュ・フランセや京都市などが折半してくれたらいいですね。

我々ドイツ文化センターとしては、違う国と文化協力することはいつでも大歓迎です。具体的なことがあれば機会が作れます。例えば来年のPARASOPHIAや、ロームシアターなど京都が力を入れている文化施設でも、公演などに絡めてドイツやほかの国の批評家を京都に呼んで、日本の批評家とのトークを行うのもよいのではないでしょうか。
 普通は公演の後などに面白い対談があったとしても、収録や発信がなければその場で終わってしまう。何十人かが納得して、家に帰り、それで終わりになってしまうことは残念です。それを映像や文章で残して編集すれば、広く知ってもらうことができ、今後につながるものになるんです。収録はとても大切ですね。

—— Ustreamを使えば、その場にいる人だけでなく、インターネットを通じてリアルタイムでたくさんの人が観られます。それを録画してネット上にファイルを置いておけば、そのときに観られなかった人も後から観ることができますね。

ドイツ人のレジデンツたちが国に戻ったときのための収穫にもなるし、海外でも言葉が通じるような形に編集すれば、ドイツ文化センターの国際的なネットワークもあるので、参加してくれた日本人クリエイターのメリットにもなります。こちらから積極的にコンテンツを広めて売り込んで、協力してくれた日本人のアーティストに恩返しができます。

—— すばらしいですね。今後の展開に大いに期待しています。

(2014年7月23日取材/8月25日公開)

 

Markus Wernhard
ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川 館長。



※『Creators@Kamogawa』
ヴィラ鴨川で2014年7月から始まった座談会シリーズ。ヴィラ鴨川のレジデンツと日本のクリエイターが、バーのようなくつろいだ雰囲気で、表現や創作について語り合うイベント。モデレーター:小崎哲哉。同時通訳付。(次回は2014年12月6日(土))



〈C O N T E N T S〉
インタビューシリーズ『京都の仕掛人』
#01 イザベル・オリヴィエ
(アンスティチュ・フランセ関西-京都 文化プログラム主任)

#02 マルクス・ヴェルンハルト
(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川 館長)