レポート 『Contemporary Japanese Art』展(エルミタージュ美術館)


金氏徹平

エルミタージュ美術館 上:別館 下:本館(撮影:金氏徹平)



 

私のパソコンにメールで展覧会のオファーが来たのが去年の夏頃で、”Hermitage Museum”という文字にピンとこなくて、それが”エルミタージュ美術館”であることに気がつくのに時間がかかった。

日本にミーティングに来たキュレーターのディミトリは若くて、赤いコカコーラのTシャツにGパンという格好でまったくエルミタージュっぽくなかったのが、5年ほど前にエルミタージュにコンテンポラリー部門ができたそうで、毎年どこかの国をフィーチャーした展覧会を企画しているらしい。その時に聞いたのは、日本古来のものや風景に対する感覚を現代的に扱っているような作家のグループ展にしたいとのことだった。まだロシアでは日本の現代美術にはアニメ的な表現の印象が強いそうだが、後から知らされた展覧会タイトルは「もののあはれ」だった。結局どちらかの感じになってしまう。

 

金氏徹平「白地図」展示作業中、一番上はキュレーターのディミトリ
(撮影:千葉正也)



 

出品の依頼があったのは私が学生時代から継続的にいろんな場所で作ってきた「白地図」というシリーズだった。思い返してみると、留学先のロンドンで初めて制作、発表し、これまでに京都、大阪、広島、東京、沖縄、ソウル、台湾、北京、そして現在オランダのアメルスフォールトでも展示中である。ほとんどの場合は現地で買い集めた様々なものをテーブルの上に並べ、その上から石膏の粉を降り積もらせる。その時その場で買い物をすることで、それがどんなものであれ、その場の状況を切り取ることができると考えている。集められる物の半分くらいはどこの国や地域でもだいたい同じようなものになる。また、いくつかのパターンでは、私が普段買い集めていた物を持ち込む場合もある。それは場所や状況を別の場所や時間にずらすという側面が生じる。今回は美術館の要望でこちらのパターンが選ばれた。

飛行機で10時間程かけてサンクトペテルブルクに夜中の12時に到着。機内でフライトマップを見ていると、ロシアは本当に広い国だと思った。街は古い建物が多く、静かで渋い感じ。骨から冷える。日中でも薄暗い。カウリスマキっぽい。人は無愛想だが、話してみると親切な感じだ。翌日エルミタージュ美術館へ。展示会場は別館だが、本館の広場を挟んだ向かい側で、別館らしくない立派さだ。道やちょっとしたスペースの広さや、建物の大きさからも広い国なんだなと思う。美術館を入ったところに、巨大なカバコフのコミッションワークがあった。

日本から作品や、材料を送り出したのはほんの1週間前だったので、心配だったが、すべて無事に届いていた。私以外のアーティストはみんな先に到着して、作業を始めていたが、展示場所が決まってなかったり、機材が届いていなかったりした人もいて、結構ばたばたしていた。日本で買い集めた材料は、形や色や素材で選ぶので、自分でも名前がわからないようなものもかなり雑多にあるのだが、税関を通すために、運送業者がひとつひとつのものの名前を書き出し、リストを作っていたのがおもしろかった。まずは、美術館の中にあった様々な種類のテーブルや展示台を集めてもらい、その上にものを配置する。ものとものの形や色の繋がり、スケール感の変化などを意識して並べる。

作業の合間にお昼ご飯を食べに、本館の方のエルミタージュの従業員用の食堂(3000人が働いている!)に行ったのだが、従業員の出入り口から食堂までの間にさらっとダヴィンチの展示があったりする。このあり様がすごい。しかしちょっと絵を見始めると、その隣の部屋にはラファエロ、その隣はティツィアーノという風にどんどん奥に吸い込まれていって危険だ。日本からのペインター陣はこのすぐ近くで展示するのはプレッシャーだと言っていた。エルミタージュの展示は後日、ものすごい早足で観に行ったが、マティスの部屋は本当にすごかった。お客さんもいなくて、ガラスもないのでものすごく濃密に味わった。

 

金氏徹平「白地図」(撮影:金氏徹平)



 

私の展示はものの配置を終えて、石膏を降り積もらせて、無事に完成した。ひとつの現象をテーブルの上に起こし、既存のスケールや意味や形の消失と新たな出現が同時に起こる状況を作る。今までタイミングや地域によっていろいろな読み取りかたをされてきた(街に降る雪、禅庭、原爆の灰、PM2.5、原発事故など。「白地図」というタイトルが使えなかったこともある)が、今回は、展覧会タイトルの影響、現在の日本の複雑な状況、ロシアの歴史や風土などもあってか、今までの例のすべてを同時に、もしくはそのどれでもないような、不思議なものとして受け取られていたように感じた。ただ日本から持ち込んだ雑多なものの影響も大きかった。このような物のあり方はロシアのそれとは全く異なっているようだ。作るたびに発見や変化があり、異なった場所や時間、文脈を繋いでいっているような感覚があるので、この「白地図」の旅はまだまだ続けて行きたいと思う。

 

展覧会のオープニングセレモニー(撮影:千葉正也)



 

オープニングはかなりたくさんの観客が集まり、大盛況であったようだが、私は直前に美術館の近くでカメラのレンズを掏られ、警察に行っていたのでセレモニーなどには参加できなかった。まさかロシアでパトカーに乗るとは。

 

須田悦弘 展示風景 (撮影:金氏徹平 以下同)



森田浩彰 展示風景



手前 山本基 展示作業中、奥の壁 鹿野震一郎 展示風景



千葉正也 展示風景



 

Mono No Aware. Beauty of Things. Japanese Contemporary Art
16 November 2013 – 9 February 2014
The General Staff Building

The State Hermitage Museum and Hermitage 20/21 project introduce to the public the exhibition “Mono-no Aware. Beauty of Things. Japanese Contemporary Art”. The term “mono-no aware” traces its origin to the Heian period (794–1185) aesthetics and means a sad awareness of transience of things. Modern artists do not directly illustrate the term in their works but rather create a sense of gentle sadness partly in tune with the old poetic attitude that gave birth to it. On view are installations, sculpture, photographs and video art produced lately by Japanese artists Suda Yoshihiro, Kengo Kito, Kanenji Teppei, Kuwakubo Ryota, Onishi Yasuaki, Hiroaki Morita, Shinichiro Kano and Motoi Yamamoto, Masaya Chiba, Hiraki Sawa.

 

かねうじ・てっぺい
1978年京都府生まれ。2001年京都市立芸術大学在籍中にRoyal College of Art(ロンドン)交換留学。2003年京都市立芸術大学大学院彫刻専攻修了。おもちゃ、プラスチック製品、印刷物など、日常にあるものを用いコラージュ的手法で制作を行い、「流動性」を表現する。

 

(2013年12月1日公開)