レポート 『台湾立法院占拠に立ち会って』

『Tomorrow Comes Today』(国立台湾美術館)と台湾立法院デモ

池田剛介

つい先日、天安門事件から25周年目のニュースが伝えられた。民主化を訴える社会運動が中国政府からの弾圧を受けて多数の死傷者を出すという陰惨な印象の強い出来事だが、この記事の中の画像集は、事件の起こる以前の天安門広場の様子を伝えている。

これらのイメージは、様々な偶然が重なって私も立ち会う事となった、太陽花(ヒマワリ)学運と呼ばれる台湾での大規模な学生運動を想起させる。事実、かつて天安門事件の学生リーダーであった王丹もデモ会場に駆けつけ、運動の支持を表明していた。

私は3月のはじめから、国立台湾美術館での東日本大震災をテーマとしたグループ展「Tomorrow Comes Today」に出品するため台湾の都市、台中に滞在していた。Chim↑Pom、藤井光さんと私の3組による小さな企画展で、私は新作インスタレーション「モノの生態系(Ecosystem of Objects)」を展示した。本作のために福島県会津地方でのリサーチを重ね、その地域固有の生活や生命の営みを感じさせるモノたちを収集し、それらに光や音、動きなど微細なエネルギーを与え、再起動させながら、一つの知覚的ネットワークを形作る試みを提示することとなった。

池田剛介「モノの生態系(Ecosystem of Objects)」(福島県・会津地方)


▶「モノの生態系」(福島県・会津地方)[動画リンク]◀

 
展示も無事にオープンを迎え、台北コンテンポラリーアートセンター(TCAC)での関連トークも終えて帰国した直後から、台湾の友人によるFacebookの投稿で、台北市内で大規模なデモ活動が行われている様子を伝えられるようになった。やがてニコニコ動画でも立法院内部の様子が生中継されている事を知り、注目していたものの、日本での報道は限られていて詳しい事までは把握できずにいた。

そんな折、台湾での展示を手伝ってくれていた関係者と電話で話をしていると、どうやら翌日の日曜日、3/30がデモのピークになる、とのこと。TCACをはじめとするアート関係の組織も会場にテントを出してデモに参加しているらしい。美術作家の性というべきなのだろうか、是非この目で見てみたい、いや、せっかく行くなら自分も何かやってみたいという気に駆られた。これまでのプロジェクトで使ってきた発電システムを活かして何か関われるのではないか、と。

急遽、翌朝の格安航空券(13000円くらい)を予約して、徹夜で手元の有り合わせの素材を用いて発電の仕組みを作り、それらを抱えて早朝、羽田空港へ。情勢が情勢なので、発電機はともかく拡声器が入っているトランクで何か言われないか気になったものの、手荷物検査も無事にパス。台北の郊外にある桃園空港へ無事に到着し、そこからバスで1時間半、昼前には台北市内に到着した。
 

 
日本に比べると3月終わりでも台湾は暑く、昼間は汗ばむほどの日差しが照りつける。デモ会場に近づくと周辺の通りは黒いTシャツを来た人で溢れかえっている。今回の抗議行動は黒がシンボルカラーとなっている。民主的に開かれたプロセスを経ず、黒箱(ブラックボックス)の中で中国との貿易協定が進められている、という主張から来るものだ。

上:立法院周辺/下:立法院入口


さてここで、こうした大規模なデモへと発展した背景について簡単に説明しておこう。きっかけとなったのは中国と台湾の間でサービス分野での市場開放を目的とする「中台サービス貿易協定」の批准をめぐる議会の動きだ。

この貿易協定では約80種のサービス業が対象となっており、台湾の700万人の雇用に関わる(台湾の人口は現在約2300万人)とされている上、学生の主な就職先も、これらの業種に含まれる。一方で中国資本の流入によって、台湾の中小企業が疲弊し立ちゆかなくなる懸念があり、他方では天安門事件に象徴されるように、中国化が進む事で言論面での自由が失われるのではないか、という心配もなされている。

3/18、この貿易協定に関する不十分かつ不透明な審議プロセスに抗議する目的で、約300名の学生が立法院(日本の国会議事堂にあたる)に不法侵入。そのまま院内を占拠しながら、内部の様子や運動の主張をマスメディアやインターネットにむけて発信し続けた。この学生たちの主張は多くの市民からの支持や協力を得ながら、3/30には、デモ主催者側の発表で約50万人(政府側の発表で約30万人)もの人々が立法院の周辺を取り囲む、大規模な抗議活動にまで発展した。

デモ会場周辺には互いに見知らぬ人々が数多く集まり、行進や座り込みなどを行なっているのにも関わらず、混乱した様子や暴力沙汰などは目につかず、平和的で落ちついた印象。ゴミを分別して回収するテントなども用意され、非常に整然としている。

デモや災害時、人々の側から秩序が自然発生する状態をT.A.Z(Temporary Autonomous Zone:一時的自律空間)と呼ぶが、まさに日常を秩序づける社会制度抜きに、秩序が自己組織化される様を見るようだった(ひとつだけ困ったのは、あまりにも多くの人が密集しているために、おそらくは電波が輻輳して携帯電話やwifiでのインターネット接続がほとんどできない状態になっていたこと)。
ここに現れている群衆とは何だろうか。例えばラッシュアワー時に見かける密集した人々と何が異なっているのだろうか。通常の社会では、会社や学校、家庭といったようなシステムの中で、それぞれの人々に社会的な役割や仕事が与えられ、その役割に見あった場所や時間を割り当てられることで社会は一定の秩序を保っている。会社員は会社へ、学生は学校へ、主婦は家へ、というわけである。

デモに現れている人々はそうした日常の役割から一時的に離脱している。デモは与えられた仕事ではないからだ。しかしそれは単なる遊びとしての娯楽やエンターテイメントとも異なる。誰もが知っているように、娯楽やエンターテイメントは、社会によって与えられた仕事や役割から一時的に開放させ、ほどよくガス抜きをさせる事で、既存の秩序の維持と再強化を行なう。

これに対し、デモで生起している群衆は、何らかのきっかけで人々は日ごろの社会秩序からはみ出し、与えられた秩序とは別の時間-空間を組織しうる、という様を示しているのではないだろうか。言い換えれば、人々が既成の秩序が与える役割や仕事(occupation-A)から一時的に離脱して、別の場の占拠(occupation-B)をしながら政治的・民主的な場を組織する、その可能性を示すのがデモの群衆だと捉えることもできるだろう。
 

 
国立台湾美術館での展示を担当してもらったキュレーターが前日に話をしてくれたおかげで、TCACをはじめとするアート関係者たちによるテントの一角を使って発電デモを行なう事になった。前日の晩に急ごしらえで準備した発電装置に、現地調達した(というかキュレーター私物の)自転車をセッティングする。自転車をこぐと赤い拡声器に電力を供給され、こいでいる間だけ拡声器が鳴る。
 

▶「Power DemonGeneration」[動画リンク]◀

 
目の前の群衆を構成している個々の存在から、それぞれに声を発してもらい、そこにエネルギーを与えること。私自身が何らかの主義主張を行なうのでなく、群衆として現れている諸存在、そのそれぞれの声を拡大するための媒介あるいはインフラとなることを目指した。

そもそも中国語が理解できないので、彼らが何を言っているのかよく分からないけれど、拡声器を通じてノイズまじりの声を聞いているのは、なかなか味わい深い。大好きな「もののけ姫」のメイクをしてやってきたけど「なんでこの場に来たのかは分からない!」という少女から、日本による統治時代に学んだカタコトの日本語で広島の原爆について話す老人まで、様々な人たちに、それぞれが言いたいこと、話したいことを発声してもらった。

日が暮れるまで発電デモを続け、その後はテントで色々な人と話しながらくつろいでいると、TCACのスタッフから一人の日本人を紹介された。写真家で批評家、そして「群衆論」で知られる港千尋さんである。港さんは数日前に現地入りし、立法院内部で情報発信を手伝っているという。50万人が参加したデモの現場で出会うという奇跡的な偶然に、話は大いに盛り上がった。(ここでの出会いは帰国後5/14に東京芸大にて港さんと共に行なった公開レクチャー「台湾立法院デモから考える」へと発展し、comos-tvの協力によるインターネット中継も行いながら、日本で多くの人々に今回の出来事を共有する機会となった。)
 

 
翌々日、発電デモの際に知り合ったデモ関係者から連絡をもらい、立法院内部に入れてもらえる事になった。もちろん何の用事もなく気軽に出入りできるわけではないので、ニコニコ動画の配信のサポートという名目でスタッフ証をもらい、関係者に連れられて立法院の扉をくぐった。

立法院内部


それなりに緊張しながら入った立法院内部では、意外にもそれほど物々しい雰囲気は感じられない。学生たちはにこやかに対応してくれるし、警官たちは暇を持て余すように階段に座ってスマートフォンでLINEをしたりしている(!)。階段には大きな棚のようなものでバリケードが築かれ、そこを梯子で登り、ニコニコ動画の機材のある二階席に辿り着いた。

日本からネット中継で見ていた様が、まさに目の前にある。情報発信班、翻訳班、医療班、物資班といったように整然と空間が区切られ、機能的な場が作り上げられている様は、中継からも伺いしれた。

驚いたのは、場が封鎖されているのにも関わらず、換気が行き届いていて空気の淀んだ感じがしないことだ。周辺の窓から伸びている黄色の太いダクトから、空気が循環しているらしい。エアコンも稼動しているのだろう、快適な気温も維持されている。こうした環境がなければ24日間にも及ぶ、整然とした抗議活動は持続できなかっただろう。

換気のための黄色のダクトと同様に、積み上げられ、ロープで結びあわされる事で構造化されたイスのバリケードが存在感を放っている。バリケードの上では扇風機が稼動し、塞がれた空間に風通しを与える。先述したように無線のインターネットが繋がりにくい状態のため、有線LANがテープで壁づたいに張り巡らされる。博物館などで見られる結界は洗濯物干しになる。

立法院内部


それぞれのモノたちが、普段のそれとは別の機能を宿しながら占拠の場を組織している。それらは決して破壊されたりすることなく、つまりモノたち本来の単位を保ちながら、場所を移動したり組み合わされたりすることで別の役割が与えられ、一つの自律的な場が作られている。

先に、デモの場が組織されることを、人々が日ごろ社会から与えられている役割や仕事(occupation-A)から一時的に離脱し、別の場を占拠(occupation-B)しながら政治的・民主的な場を生起させる事態として捉えた。この立法院内部ではモノたちもまた、こうしたオキュペーションの変容を生きているように感じられる。
イスは通常、ある場所・ある機能に結びつけられており、扇風機やダクトなどの既製品も同様だろう。しかしここで見られるのは、日ごろ与えられた役割や意味を越えて、新たな仕方で組織化されながら一つの場の占拠を行なうモノたちの姿である。まさにモノがデモをしている! こうした出来事を目の当たりにして、私は美術作家として大きな刺激と勇気を与えられた。

立法院内部


 
日本に帰国したあとすぐに、立法院の議長が学生側に歩み寄るニュースが伝えられた。24日間にわたる立法院占拠は、学生側の求める貿易協定に関する審議システムの改善要求を政府側が飲む形で収束し、院内からの撤退も比較的スムーズに行なわれたそうだ。

天安門事件から四半世紀を経て、中華圏での大規模な社会運動がおおむね平和裏に進行し、一定程度の成果を残したことは、民主主義の歴史の上での一つのメルクマールとなるだろう。今後中国と台湾の関係は、どのような変化を遂げていくのだろうか。それに関連しながら、尖閣諸島をめぐる領土問題や中国からの経済的な影響など、日本もまた他人事ではない問題を突きつけられることになるはずだ。その時、今回の台湾での出来事は、私たちに様々なヒントを与えてくれるのではないだろうか。

 
いけだ・こうすけ
1980年生まれ。美術作家。自然現象、生態系、エネルギーなどへの関心をめぐりながら制作活動を行う。近年の展示に「Tomorrow Comes Today」(国立台湾美術館、2014年)、「あいちトリエンナーレ2013」、「私をとりまく世界」(トーキョーワンダーサイト渋谷、2013年)など。近年の論考に「干渉性の美学へむけて」(『現代思想』2014年1月号)など。

 

(2014年6月10日公開)