レポート by 橋本梓「“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition」

ENSEMBLES ASIA - ASIAN SOUNDS RESEARCH


 

2015年6月15日から22日まで、マレーシア・ペナン島のジョージタウンに滞在し、「“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会」会期最後の1週間に立ち会った。

国際交流基金アジアセンターの主催する「Ensembles Asia」は、アジアセンターの対象領域となる東南アジアをメイン・フィールドに、音楽を軸にさまざまなネットワーキングや交流を進めるプロジェクトとして2014年4月に始まった。音楽家の大友良英が全体を統括するアーティスティック・ディレクターとなり、「Asian Music Network」「Ensembles Asia Orchestra」「Asian Sounds Research」という3つのプロジェクトが並行して進んでいる。

前者2つには、ある種の対称性を見出すことが可能と言える。dj sniff(水田拓郎)とユエン・チーワイ(それぞれ香港とシンガポールで活動)がディレクターを務める「Asian Music Network」は、伝統的な価値観や商業主義に捉われずに活動するプロの音楽家――その定義は容易ではないがともあれ――のネットワーク作りを目的としている。他方、有馬恵子がディレクターを務める「Ensembles Asia Orchestra」は、現地での対話と調査を踏まえ、誰もが参加できるオーケストラを各地で作り出していくプロジェクトだ。期待も込めて両者の印象を率直に記すなら、「Network」ではこれまでになかったプロフェッショナル同士のコラボレーションにより想像を超えた高みへと音楽を導き、対していわばアマチュアと協働する「Orchestra」は、訪れる各地で地元の人々が生きる足元をまずしっかりと見つめ、深く潜っていくことで音楽の新しい可能性を探り出すようなイメージである。いずれもそれぞれのやり方で、結果として従来の音楽概念をある種拡張していくはずだ。

そしてその意味では、「Asian Sounds Research」は、結果というよりもスタート地点から「音楽」や「音」のキワを攻めることを狙ったプロジェクトである。ディレクターに迎えられた音楽家のSachiko Mは、今でこそサウンド・インスタレーションや写真作品の発表、ポップ・ソングの作曲などの多彩な仕事ぶりで知られるが、そもそもサイン波を用いた電子音楽という未踏の領域を90年代から開拓してきた前衛即興音楽家として世界的に活躍する人物であり、そうしたバックグラウンドを考えればこのプロジェクトの方向性は当然ともいえる。こうして「Research」では、既存の音楽の概念ではとらえにくい表現を対象とし、より広い意味での「音楽」や「音」についての新たな表現が各地で探求されることとなる。今後の方向性はまだ不明だが、今回「ベーシック作家」として最初に選ばれた米子匡司の存在が示唆するように、まずは音楽と美術の中間ともいうべき音を用いた表現の可能性が追求された。それは、新たな定義付けやカテゴライズを目指すのではなく、それぞれの作家の実践から演繹的に導かれ、観客に能動的に音について考えさせることを意図したものだった。

 
「OPEN GATE」に先立っては、ペナンで2度のリサーチが行われた。ペナンという場所や「ベーシック作家」の選定について、彼女はまず自分の直感による判断を信じ、プロジェクトとチームを即決で組み立てていくという即興音楽家らしい方法をとった。それを事後的に分析するならば――とりわけ開催地及び「ベーシック作家」については、既存の音楽や現代美術の文脈に染まりすぎていない場所と作家を指名することで、鑑賞者や聴衆にあらかじめ先入観を発生させないことを狙ったと考えられる。

今年の2月にはトロンボーンや自作のサウンド・オブジェなどの演奏で「Network」のライブにも加わった米子匡司は、1度目のリサーチから参加したいわば「超ベーシック作家」とも呼べる存在であった。「OPEN GATE」の会場ではさまざまな音の出るオブジェを常に複数個会場に配置し、日々作り替えたり移動させたりする様子が見られた。それらが発する音と静けさ、また米子自身の動きや佇まいは、会場内で日々繊細に調整される通奏低音のようでもあり、音楽と美術のあいだを行き来する端的なサンプルでもあった。作品のパーツはほとんど現地調達されたもので、動く仕掛けは会場で日々米子が手作りしていた。最終日のトークセッションでは、米子はこの展覧会のなかで自ら意識的に「サウンド」の係を引き受けたとも述べていた。

米子匡司(撮影:写真上/松本美枝子 写真下/Win Win)



米子と同じく大阪を拠点に活動する水内義人も、音楽家として活動しつつギャラリー等で作品発表も行っている。水内の作品は、イラストが描かれた巨大なゴミ袋の彫刻、ネギが成長することでそれに結び付けられた日用品が動くインスタレーション、「音」「門」の文字を自らの体に日焼けで刻み込んだ通称「日焼けタトゥ」など、米子と比較するならより視覚的な要素(そのユーモアは親しみを感じさせる)の印象が強いが、水内がここで取り組んでいたのは、音や音楽の前提条件となる「時間」というテーマであった。ゴミ袋彫刻は1時間に1回水道から水が供給されることで大きな音を立てて動いたが、それはまるで会場の時報のようでもあったし、ネギやタトゥはそれぞれ未来と過去へつながる時間を想起させる仕掛けであった。

水内義人(撮影:Win Win)



マレーシアの「ベーシック作家」アナベル・ンは、クラシック音楽を専攻した経験をもつが現在は美術作品を発表している。会場の屋根の下に吊り下げられた図形楽譜的作品(会期中に完成することはなかった)、米子匡司とのコラボレーションによる、回転する円形のドローイングがはめ込まれた机を囲む音を聴くための小さなスペース、会場で廃棄された瓦を丸く並べたインスタレーションが彼女の作品であった。表現の完成度よりも今後の展開の可能性に重きをおいていたSachiko Mは、作家選定の決め手となるのは作品よりもむしろ作家たちの「キャラクター」と述べていた。その意味で、ミステリアスな佇まいでひときわ存在感があったのはンではなかったかと思う。未完の作品を見るに、彼女には展示場所、展示方法ともにもう少し展開の余地があったのかもしれない。口数の少ない彼女ではあるが、作品の狙いなどを丁寧にほぐしていけば、他の作家や展示場とさらにコミットできる可能性があったのではないだろうか。

アナベル・ン(撮影:松本美枝子)



もう1人のローカル作家フー・ファンチョンは、この4名の中では最も「音」から離れたポイントで作品が成立する作家であった。フーは、ひとつの文化が伝播する際に翻訳されたり変換されたりする過程を注視し、その残滓やねじれに着目する。出品作は、バングラディッシュの日用品を実際に購入することのできる移動式屋台であった。というのも、会場となるヒンバスデポットはバングラディッシュ人コミュニティにあった。主に建設現場の人足として出稼ぎに来ている彼らのコミュニティは、ここ10年ほどで形成された比較的新しいもので、既に多民族が共生するこのジョージタウンに新たにやってきた余所の文化と言える(ベンガル系の移民は既に存在するが、会場付近のこのコミュニティ自体は新しい)。発表した作品はサイレントだとフーは言ったが、展覧会場とそうしたコミュニティの関係性についての問いを喚起するこの屋台は、既存のコミュニティにおいてある種の「ノイズ」として機能する移民の存在を示唆し、またそれにコミットさせる。また、彼が同じくマレーシアの作家であるハサのジンを屋台で販売したことは、思いがけずそこに音の要素を呼び込んだ。ベンガル語を学ぶことのできる手作りの冊子にはその発音がローマ字で記載されており、音を口に出せば誰でもベンガル語を話すことができる。会場の中でこのジンはパフォーマンスのスコアとして機能したとも言えるのである。このことは、最終日に訪れたクアラルンプールのキュレーター、ヤップ・ソービンが指摘したことでもあった。

フー・ファンチョン(撮影:Win Win)



 
ここまで「ベーシック作家」の実践を個別に見てきたが、筆者が会場で何度も考えさせられたのは、会期中作品が変化し続けるという状況において、物理的な意味での「協力」以上の作家間のコラボレーションがどのように実現されるのかということだった。さらにその問いは、作品が展示場の中でいかに有機的に絡み合い、そして展覧会として鑑賞者にいかにアプローチしていくのかという、展覧会企画運営の基本を強く意識させた。再度確認しておくと、展覧会は「OPEN GATE 動き続ける展覧会」と題されている。Sachiko MがこだわったOPENというコンセプト、ここでその対概念はCLOSEではなくFIXと考えるのが妥当だろう。様々な意味で「固定」されることを回避しようとしたこの展覧会で、Sachiko Mは作品や場を固定することを回避し、作家は会期中作品を動かし続け留まることはなかった。必然的に生まれるアンバランスをどのように解消していくのかという時、Sachiko Mが展覧会をまとめる手法は、こういって差し支えなければ非常にバンド的だったように思う。すなわち彼女はそれぞれの展示作品を具体的かつ細に入って調整することで会場を整えるのではなく、それぞれの作家に全体のディレクションを伝えて、彼ら自身にそれぞれの方向性を見出させようとした。それはまるで、ひとつのスコアをもとに即興アンサンブルを仕上げていくような手つきであった。バンドマスターの指示に素早く反応する者もいれば時間が立ってじわじわと呼応する者もいて、この部分については作家によってかなりバラつきがあった。

その意味では、筆者が目撃した30分あるいは60分の「ライブ」という枠組みでの作家たちのコラボレーションはより安定してレベルの高いものだった。展覧会の締めくくりとして大友良英が出演した2日間のライブの1日目では、彼の代表曲のひとつでもあるブルー・カイトが大音量のギターで会場に鳴り響く中、時折Sachiko Mがンの瓦の作品にビー玉を転がして硬質な音を挟み、水内は彫刻を動かしながら水やトタン板のノイズでコラボレーションした。2日目は展覧会のクロージングにふさわしく、Sachiko Mは会場内に誰でも読み取れるシンプルなスコアを図示して全作家をパフォーマンスに参加させた。最初座ってギターをひいていた大友がプラグオフしてギターを鳴らしながら会場を歩き回る様子は、ヒンバスデポットの各所に音を浸み込ませているようでもあった。大友のギターを中心に始まった演奏は、徐々に他の作家たちのパフォーマンスを招き入れ、演奏の重心がゆるやかに変わっていった。米子はオブジェを動かすことでさまざまな音を出し、また歩き回ってトロンボーンを緩やかに響かせた。水内はこの日も彫刻を水で動かし、また会期終盤に即興的に制作した段ボール製の会場模型が自走する作品(「動き続ける展覧会」であろう)によって、音と動きで会場を撹拌した。ンは瓦の作品の中央に座りシャーマンのような佇まいで瓦にそっとバチで触れた。フーはバングラディッシュの噛みタバコをゆっくりと会場に撒き、そのエキゾチックな芳香が音と混ざりあった。Sachiko Mは作家たちにパフォーマンスのタイミングを素早く指示しながらサイン波でゆったりとした空間に小さな緊張感を走らせ、最後に芳名帳を兼ねた黒板の文字を静かに消した。展覧会のクロージングにふさわしく、最後に全ての音や光、動きを消すことがスコアで指示されていた。

クロージングイベント 右:大友良英、左:Sachiko M(撮影:Win Win)


クロージングイベント 右から 大友良英、水内義人、米子匡司、Sachiko M
(撮影:松本美枝子)


黒板の文字を消すSachiko M(撮影:Win Win)



 
音をテーマにした展覧会ではあるが、会場が時に作品の出す音をかき消すほどの音環境であったことは否めない。東南アジアの雑踏の賑やかさは重々承知の上だったが、それを差し引いても表通りの交通と、会場内で行われている展覧会と無関係の工事の音がひっきりなしに聞こえてきて、作品の出す繊細な音に耳を傾けつつ、せめてもう少し静かだったらと考えずにはいられなかった。会場はOPEN GATEの名にふさわしい風通しの良さがあったが、慣れない暑さと極めて多湿の空気と騒音がボディブローのように身体を疲れさせていく。そんな中、終盤の参加アーティスト大友が持ち込んだ風鈴は、耳慣れた懐かしい音としてささやかな安らぎを筆者の耳にもたらすものだった。Sachiko Mはこの展覧会にキュレーションを介在させないという方針を貫き、それを受けて作家たちは各々のスペースを自ら見つけて作品を配置していったが、最後にやってきた大友は会場の真ん中にひとつと、他の作家が使っていない壁際の木々に風鈴の場所を見出した。

筆者にとっては懐かしい風鈴の音、その他の作品が作り出した音や動きは、ジョージタウンの人々にどのように受け入れられたのだろうか。歴史をたたえた古い街並みは2008年に世界遺産となり、それを機にこの街の状況は大きく変わりつつある。街の衛生環境は向上し、ディベロッパーがさらなる開発を目論んで市街の地価が上がり、ジョージタウンの外へ移らざるを得ない市民も多い。展覧会場にもともと描かれている壁画は、リトアニア出身のアーネスト・ザカレビックによるもので、2012年のジョージタウン・フェスティバルを機会に大ブレイクした。いまや壁画巡りがジョージタウン観光のひとつの定番となり、当初消される予定だった壁画は予想外の観光資源となった。芸術という美名の下に作動するこうした大きな力(そこには不可抗力も大いに含まれる)には、細心の注意を払う必要がある。展覧会場にやってくる人々の多くはこの壁画を見に訪れる観光客であったが、日本の作家たちの営みは彼らにどのように映ったのだろうか。深く浸透する「Research」、そして展覧会の目指したオープンネスは、ジョージタウンに何をもたらしたのだろうか。参加作家や関係者のみならず、会場の隣人たち――私たちに毎日美味しいカレーを食べさせてくれたバングラディッシュからやってきた人々――にも、いつか感想を尋ねてみたい。

 
はしもと・あずさ(国立国際美術館主任研究員)
1978年滋賀県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程指導認定退学。
2008年より国立国際美術館に研究員として勤務。企画展に「風穴もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから」(国立国際美術館、2011年)、「〈私〉の解体へ:柏原えつとむの場合」(国立国際美術館、2012年)、共同キュレーションによる「Omnilogue:AlternatingCurrents」(PICA、オーストラリア/国際交流基金、2011年)。共訳書に、ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り』(平凡社、2005年)。
本年、東京、大阪、シンガポール、ブリスベンを巡回する展覧会「他人の時間」を共同企画した。

“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会
an ever-changing exhibition
2015年6月 Hin Bus Depot にて
(撮影:松本美枝子)



(2015年9月18日公開)


▶レポート by 畠中実「“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition」
 
 

“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition
2015年6月6日~6月21日 Hin Bus Depot(マレーシア、ペナン島ジョージタウン)

〈記録映像リンク〉(映像:樋口勇輝)
 ▶Asian Sounds Research “OPEN GATE” All Sounds and All Days Digest movie

イベント:
6/6.7 オープニングイベント&トークセッション
 ゲスト:テニスコーツ、畠中実、Gabija Grusaite
6/13.14 セカンドウィークイベント&トークセッション
 ゲスト:chi too、Ong Jo Lene
6/14 特別追加イベント「大阪⇄ペナン」同時中継ライヴ
 ゲスト:船川翔司、みやけをしんいち、slonnon、タカハシ’タカカーン’セイジ
6/16 サイレントムービーナイト
 ゲスト:Kok Siew-wai
6/20.21 クロージングイベント&トークセッション
 ゲスト:大友良英、橋本梓、Ee yan

総合ディレクション&キュレーション:
Sachiko M(Asian Sounds Research プロジェクトディレクター・音楽家)

参加作家:
米子匡司(音楽家)、水内義人(現代美術家)
Annabelle Ng(美術家)、Hoo Fan Chon(ビジュアルアーティスト)

ゲスト:
テニスコーツ(音楽家)、chi too(美術家)、HASA(美術家)
Ee yan(美術家)、Kok Siew-wai(音楽家)
大友良英(Ensambles Asia ディレクター・音楽家)

 
企画&キュレーション協力 : Hin Bus Depot
制作協力:国際交流基金クアラルンプール日本文化センター
主催:国際交流基金アジアセンター



〈アジアン・サウンズ・リサーチとは〉
プロジェクトディレクターである音楽家 Sachiko Mを中心とし、日本とアジア(ASEAN地域)の音を中心とした新しい表現や実験を相互に紹介しあうリサーチを重ねながら「音楽」と「美術」両方の特徴を生かしつつ、今までになかった表現を共に生み出してゆくリサーチプロジェクトです。時間をかけ、丁寧に音楽と美術の「間」にある新しい表現を現地の人、場所と共に追求していく事、そしてその全ての過程を記録し、アーカイブ化する事がこのプロジェクトの指針となっています。
WEB SITE:http://www.soundsresearch.com

 
 

※この記事は、REALTOKYOとREALKYOTOの双方に掲載します。