Interview: Soda Kazuhiro

インタビュー:想田和弘(『ザ・ビッグハウス』監督・製作・撮影・編集)


 
聞き手:福嶋真砂代

生意気な人間をどれだけ増やすかが、本来の教育の目的でなければいけない

 

ジム・ジャームッシュの言葉に刺激を受けて渡米を決意し、以来20年以上居住する「アメリカ」にカメラを向けた、想田和弘監督観察映画第8弾『ザ・ビッグハウス』。『港町』に引き続きインタビューを行った。今回の被写体はミシガン大学アメリカンフットボールチーム“ウルヴァリンズ”の本拠地である巨大スタジアム、通称「ビッグハウス」だ。ミシガン大学映像芸術文化学科の16人の映画作家(マーク・ノーネス教授、テリー・サリス上級講師らと13人の学生監督)と一緒に作り上げた。

いつもは想田ひとりでカメラを抱え+奥様の柏木規与子プロデューサーと猫のサポート(想田作品には猫が多く出演)で撮るというシンプルな撮影スタイルだが、「授業のなかで学生たちと一緒に撮る」という異例で冒険的な撮影はどうだったのだろう。アメリカの個性豊かな学生たちの「言うこと聞かなさ」と闘いながら、その「生意気さ」をあえて育てようとした、想田の教育ポリシー。さらに「VIPルーム突撃」の話も奥深い。

そうやって撮影された“多種多様な視点”が想田の編集によってまとめあげられた。まるでプリズムのようなドキュメンタリーからはアメリカの現実、例えば人種や格差の問題、宗教、表舞台と舞台裏、スタジアム周辺に集まる人々、ミリタリズムにトランピズム、隠れた経済のサイクルも浮かび上がってくる。先に観た『港町』の魚を巡る小さな経済サイクルと比べてみると、その違いに唖然とする。蛇足ですが、筆者が学生時代に短期留学したミシガン州ホランドの私立大学で、大学のアメフトスター選手とチアリーダーにインタビューし、「スポーツとコミュニティ」についてレポートを提出したことを思い出し、不思議な縁を勝手に感じつつ、話を伺いました。Go Blue!

 
 

■「ビッグハウスって何?」から始まった

―― 想田さんは2016年にミシガン大学、映像芸術文化学科に客員教授として招かれたのですね。ビッグハウスをどうして撮ることに?

そもそもマーク・ノーネス教授からドキュメンタリーの授業を1年間、正確には8ヶ月間ですがやりませんかと、誘いを受けたんですが、そのときは、「ビッグハウス」の「ビ」の字もなかったんです。(ミシガン大学は9-12月、1-4月で学期が分かれる)。でもおもしろそうな機会だなと行くことにしたんです。そのあとで「“ビッグハウス”を撮る授業をテリー・サリス上級講師と一緒にやるんだけど、それに加わらないか」と言われて、僕は「ビッグハウスって何?」って(笑)。

―― それまでは想田さんの頭の中には、ビッグハウスもアメフトもなかった。

アメフトのルールも知らなかったし、いまでもよく解っていません(笑)。でも、アナーバーの人口は10万人くらいしかないのに、10万人以上収容できるスタジアムがあるという、その事実だけでも、すごく変なことが起きているな、それは被写体としてはおもしろいに決まってる、と思ったので引き受けようと思いました。但し、そのときに確認したのは、観察映画のスタイルでやるということ。つまり、あらかじめリサーチをして台本を作ったり、ストーリーを決めないという撮り方です。そういう方法をマークとテリーが受け入れてくれるかというところを確認し合い、OKだというので撮ろうと。当初は前年の2015年に大学に行く予定でしたが、いろいろな事情で2016年に延期になり、まさか大統領選挙と重なるとは! 歴史的転換点に奇しくもカメラを回していたということになりますね。

(C)2018 Regents of the University of Michigan



―― アナーバーはどういう都市ですか?

アナーバーは8割近くが白人で、裕福で、大学関係者が人口の半分を占める、エリートの都市だと言われています。犯罪率もかなり低いらしく、例えば家に鍵をかけずに1ヶ月海外旅行に出かけても何もなかったという話も聞きました。近くの大都市のデトロイトとは真逆ですね。

 
■よく観て、よく聴きながら、カメラを回しなさい

―― この映画の驚異的なところのは、ビッグハウスの内も外も、ゲーム以外、隅から隅まで撮影されていて、地元のアメフトファンや関係者にも興味深いシーンだらけなのではないかと。地元の人たちがこの映画を観た反応はどうだったのでしょう。

「アナーバー映画祭」という映画祭があって、僕はちょうどパリにいて不在だったのですが、そこで上映されました。学生監督10人くらいが登壇して、質疑応答も行ない、ものすごく盛り上がったらしいです。

―― 10万人以上の人が映る迫力シーンと、人々の個々の表情に寄っていくシーンと、そのコントラストも印象的です。17人の監督が1本の映画を一緒に撮るというのは、これまでの想田作品と違いますが、一体どのように?

まず、なるべく被らないように担当を分けました。マーチングバンドを撮りたい人、警備陣を撮りたい人、厨房を撮りたい人、それぞれ興味や関心が違いますから。観察映画の作り方については、撮る前にレクチャーをしました。いちばん強調したのは、あらかじめストーリーを作らない、ゴールを決めないということ、とにかくよく観て、よく聴きながらカメラを回しなさいということです。その結果、おもしろいと思うものをどんどん追っていけばいいからと。その点をみんなに徹底して、撮ってきたものを授業でみんなで一緒に観て、批評しあい、また次の試合に出て行く。これを4、5回繰り返しました。

17人がそれぞれの場所でカメラを回しているので、それぞれ視点が違うわけです。同じところにカメラを向けていても、カメラマンの視点によってこんなにも違って見えるのかと。例えばマスゲームのシーンのように、いわゆる「群衆」として描いている学生もいます。一方で、別の学生が一人一人に焦点をあてた、“おもしろい顔博覧会”のような、そんなセクションもあります。その両方の側面を並存するように編集しました。僕は半分くらいのシーンを撮影しています。

―― そうすると、全部で5試合を撮ったのですね。

1試合めは見学ということだったのですが、アメリカ人の学生に「見学だよ」と言っても、カメラを回したい人は回しちゃうんです。でもそこがおもしろい。統一がとれなくて困ることもあるんですが、例えば学校で用意したカメラ機材を使いたがらずに、自分の一眼レフで撮ってくる人がいたり、コマ数を間違えて撮ってくる人もいる。だけど「人の言うことを聞かない」というのは、自主性が強かったり、個性が強かったりすることでもあるので、もう勝手にやってくれ、という感じでした。日本人だったら考えられないような統制のとれなさで、でもそれはクリエイティブといえばクリエイティブなんです。

僕は学生には生意気に育ってほしくて、生意気な人間をどれだけ増やすかが本来の教育の目標でなければいけないと思うんです。それをまとめるときに、どれだけ違和感なくひとつの時間につなげられるかが僕のチャレンジだったんですけど、けっこう大丈夫なもので、結果的にはおもしろかったです。

Photo:Terri Sarris


 
■「気づき」が「視点」になっていく

―― 17人の監督の内訳は?

授業で教えたのは3人の教員(マーク、テリー、想田)と、撮影の応援にもうひとり教員が来てくれました。他の13人は学生で、そのうち2人がマイノリティーでした。ひとりはインド系の女性で、もうひとりはけっこう複雑で、ネイティブアメリカンと黒人とイラン系とドイツ系が混ざった学生でした。あと11人は白人系でした。

―― 学生は単独で撮影に行くんですか? それともチームで?

それもバラバラで、チームの人がいたり、独りがいいという人がいたり、みんな勝手にやるんです(笑)。楽と言えば楽ですが、良し悪しはあります。

―― 撮影から帰ると、みんなで意見交換を?

そうですね、授業で映像を観ながらお互いに批評をします。ここがおもしろいね、こういうところはもっと観たい、ここは長いね、カメラワークがいいねとか、いろいろなことを批評し合いながら観ると、そのときに「視点」が生じるわけです。例えば、観客はほとんど白人だね、厨房で皿洗いをしている人はほとんど有色人種だね、という「気づき」が映画を作る上での「視点」になっていくわけです。それを撮影にも反映していきます。
 

■VIPルーム突撃、実は3回トライした

―― 「気づき」を踏まえて、どんな議論が交わされますか?

そこでも観察モードです。映っているものを見て感じたことを言い合いますね。そこで止まるのが観察映画ですから。ただ、気づいた視点をもう少し明確にするために「もっとここは撮りたいね」という話はありました。ごみ収集の人たちやチョコレートを外で売っている親子がいるかと思えば、VIPルームの人がいたり。VIPルームは最後の方に僕が撮りました。なぜ撮ったかというと、ビッグハウスを撮るなかで、貧富の差が見え隠れするからです。VIPルームはなかなか撮影許可がとれなかったんですが、やっぱり撮らないとダメだよね、という話が出て。それで大学側からは正式な許可がもらえそうになかったので、僕がゲリラ的に……笑。もう行ってしまって、その部屋のオーナーがOKと言えばいいんじゃないかというふうに行ったんです。

―― 出ました、想田さんの突撃(笑)。

VIPルームへの入り口はスタジアムの一般の入り口とは別にあるんです。タワーの6階にあるんですけど、そこにカメラを持って進むと、廊下には裕福そうな人たちが歩いているわけです。外はけっこう寒いのだけど、タワー内は暖かくて、カーディガンみたいなのを着て歩いているわけです。「ふーん」と思いながら見ると、部屋の外に表札がかかっていて、その多くは企業名です。たぶん接待に使っているのでしょう。そのなかに『ジョンソン ファミリー』という表札があって、ドアを開け放してあったんです。部屋から出てきた女性に「こういう映画を作っているんですけど、中を撮影してもいいですか」と尋ねると、中に入って訊いてくれて「いいって言ってるよ」と。それで中に入り、挨拶をして、「こういうドキュメンタリーを作っていますけど、みなさん撮影OKですか?」と話すとOKというので撮った、という感じだったんです。

―― 想田さん単独ですか?

そうです。こういうのは年季が要るんですよ、難しいところがあって。学生もパスがあるから行こうと思えば行けるんですが、たぶん気後れして行けなかったんですね。これは俺が撮るしかないなと思って。

―― ものすごく重要な、この映画の肝のひとつでもあると思いました。「この部屋を使うにはいくらかかる?」なんて聞いちゃうんですよね。

笑。でも教えてくれないけど……。

―― ジョンソンさんの答え方もチャーミングで、いい人そうな、往年の選手だったのですね。

嫌な感じの金持ちじゃなくて、人柄の良さそうな人でしたね。だからこそカメラを受け入れてくれたのだと思うんです。他にもトライしたんですが、断られていて、3回トライしたうちのひとつがジョンソン ファミリーでした。

―― VIPルームのシーンを観た、みんなの反応は?

みんな、特にマークが喜んでましたけど、同時に怖がってもいました。被写体の方には“リリースフォーム”という同意書にサインしてもらうんですが、それをマークはじっと見てました。

(C)2018 Regents of the University of Michigan


 
■みんな同じ席に座るのが「ビッグハウス」なんだとミシガン市民は思っていたが……

―― どの範囲まで同意書をもらうのでしょうか。

大学の弁護士チームに相談しながらやっていました。まず、観衆はパブリックな場所にいるので許可はもらわなくていい。10万人にサインしてもらうわけにいかないですからね。テレビ中継も同様の理屈で成立しています。プレスルームも、記者会見もその性質上、問題ない。個別の許可は状況によって変わりますが、例えば厨房だったらヘッドシェフ、警備は警備のトップの人、救護室も救護室のヘッドの人にそれぞれ許可をとりました。救護室は患者のプライバシーがあるので、準備の様子なら撮影していいということでした。許可関係はマークが基本的に交渉して、数ヶ月かけてとってました。彼は大学常勤の講師なのでいろいろなところに顔が効きますから。僕はそこはあまりタッチしないで、撮影の内容、カメラの扱い方、撮影の仕方、心構えとかに集中したのでとてもやりやすかったです。

―― だからマークさんがVIPルームの同意書を入念に確認したのですね。

「同意書は撮る前? 撮った後にもらった?」とか聞かれて、「なにをそんなに怖がるんだ」と思いましたけど(笑)。これは事情があって、大学当局としてはちょっとセンシティブな部分なんです。実はこのVIPルームとプレスルームがある建物のタワーは、以前はなくて、2010年にできたんです。それまで観客は全員が普通の席に座り、それが民主主義の象徴だと思っていたのだそうです。貧富の差は関係なく、みんな同じ席に座るのが「ビッグハウス」なんだとミシガン市民は思っていたんです。ところが、大学の経営上、例えばVIPルームを作って利用者から寄付を募る方がお金が集まると判断して、タワーを建築した。当時は反対運動があって、「我々の文化を変えてしまうような、階級社会の存在を包容するようなことをしてはいけない」という議論があったとか。だから大学としては、ある意味、触ってほしくない部分ではあるんです。

そんなわけでなかなかOKが出なくて、残り1試合になった時にマークに「大学の当局が渋っていたとしてもVIPルームの人がいいと言えばいいのでは?」と相談すると、彼は「うーん」って1分くらい考えて、「本人がいいと言えばいいか」と言ったので、僕はヒューと入って行ったんです。

Photo:Terri Sarris


 
■「生意気さ」を育てたい

―― 宗教勧誘のシーンもありましたね。

宗教の街頭シーンが3つで、そのうちの2つは学生、1つは僕が撮りました。キリスト教福音系の人が多く、あとエホバの証人も。「生命は作られたのか」と書いてあるタテカンを持っている人を見つけて、すぐに撮りました。僕は大学で宗教学専攻だったので宗教には特に敏感なんです。

―― キリスト教のミサの後、スタジアムの清掃作業ボランティアたちを撮っていましたが、彼らはミサに出ていた人たちですか?

教会の人たちがボランティアで清掃し、そのままビッグハウスの施設の中でミサをするんです。ジェイコブという学生が撮ってきたのですが、非常にファインプレーでした。いつも土曜日に試合があるので、清掃は必ず日曜日にある。もともとは清掃を撮りに行ったのですが、どうも清掃の人たちはキリスト教の信者で、ビッグハウスでミサまでやるんだということに気づいて、ミサも撮ってきたのです。

―― その関係性を見つけたんですね。

そうです。彼がよく観て、よく聴いていた証拠です。普通は清掃を撮りに行ったら、それだけで満足して帰ってくるんです。そこはものすごく褒めました。ただ彼はコマ数を間違えて撮ってるから、映像はガクガクしてます。まあほとんどの人は気づかないのではないかと。僕はもちろん気づきますけど、24コマだと言っていたのに、30コマで撮ってきてるんですね(笑)。

―― 惜しかった。

そのつもりで観ればわかるんですけど、映画っておもしろいもので、編集上の流れで不自然じゃなければ、みんな違和感を持たずに画質の違いも気にならなくなるんです。でも実はカメラワークもうまい人もいれば下手な人もいる。解像度は2Kでと言ってるのに、4Kで撮ってくる学生もいるし、編集ソフトもPremiere Pro でまとめるので、それで統一してねと言ってるのにFinal Cut Proでやってくる学生もいる。Final CutからPreimere Proへの変換がうまくいかないと、大変なんですよ。あのときはちょっと怒りましたね、人の話を聞けよって(笑)。

―― いま想田さんは全員の顔が浮かんでるんですね。

浮かんでます。全員のやらかしたことを覚えてます(笑)。ドキュメンタリーを撮ろうなんて人は、もしかすると生意気な人が多いかもしれません。でもその「生意気さ」を育てようとしました。学生たちが自主的にやりたいということを積極的に応援しました。全然ビッグハウスに関係ないのにオバマの演説撮りに行った学生とかもいたし。

―― え!?

大統領選挙の前日に急に当時大統領のオバマが来たんです。ミシガンは民主党が強い地域だったのでトランプが勝つとは思われてなくて、でもオバマが来るということは、ヒラリー陣営は危ないのかと……。でも、ヴェサルという学生が「オバマが来る!」って興奮して、撮りに行きたいから、僕に一緒に来てほしいと。「全然関係ないしな」と思いながらも、一緒に行きました。そうやって自分で意欲を持ってやるときに最も「学び」が起動します。それは応援したい。ヴェサル、ジェイコブ、レイチェルの3人は大統領選挙後にあった女性の大規模な行進を泊りがけで撮影してきたり、ビッグハウスの映画が一段落しても、事あるごとに撮影に出かけて、僕に見せてくれました。それは僕としてはすごくうれしいことです。

―― 指示待ち傾向の日本の学生との違いは感じますね。想田さんがアメリカに拠点を移されたときも、そういう違いを感じたからなのですか?

僕の場合は、日本から出て違う世界を見てみたいという願望と、あとは映画を撮りたいと思ったけれど、大きな映画会社では助監督の募集が当時なかったからです。その頃にたまたま読んだジム・ジャームッシュのインタビュー記事で「NYの大学で映画を勉強して映画監督になった」と彼が話していて、なんだその手があるんだ、と行ってしまったわけです。他には何も考えてなかった。ただ日本の映画界の徒弟制度みたいなのは嫌だなあとは思ってました。

(C)2018 Regents of the University of Michigan


 
■政府を通さない再分配システム、その光と影

―― 『ザ・ビッグハウス』の学生監督たちは学科生ですか?

映像芸術文化学科の学生が多かったですが、他学科の学生もいました。学部ですので18歳くらいから20代前半で、男女比は半々でした。授業は毎週7時間。作るだけではなく、観賞と批評もやります。ダイレクトシネマのクラスだったので、その名作を観て批評し合ったり、歴史、理論の勉強も並行してやりました。「理論、歴史、実践」を全部一緒にやったので、非常に深いドキュメンタリーの教育になったと思います。かなりハードだったと思いますが。で、この授業が存在するのも、ビッグハウスがあって、ビッグハウスが寄付を集めるエンジンになっているからこそなんですね。

―― ”ビッグスポンサー”を撮ったということになりますか。

「ビッグハウス」というシステムがあって、そこが卒業生たちの寄付を集めるマシンになっているからこそ、ミシガン大学の経営が成り立っている。税金は予算の16%しかないから、それ以外は全部大学が集めなければならない。それでも授業料の値上げは必至で、いまや州内の学生でも年間1万5千ドル、州外からだと5万ドルの学費がかかります。やはり貧しい家庭の人は奨学金システムが必要で、そのシステムを支えているのが富裕層の寄付。なかには30億円くらい寄付する人もいます。年収6万5千ドル以下の家の学生は授業料は免除で、それも寄付金で賄われます。そう考えると、階級社会の存在があり、貧富の差ができて、それは由々しきことではあるけど、その階級社会の存在があることで大学や学生が支えられている。構造的には複雑で、一刀両断にはいかない。

―― お金の循環と言えば、『港町』では魚の行方を追って、小さな経済のサイクルが見えましたが、今回は大学の経済サイクル、ひいてはアメリカの経済サイクルが……。

おもしろいのは、アメリカの場合、この大学のように、政府を通さない再分配システムがあるところです。でもいろいろ矛盾もあって、アメフトチームが強い時期には寄付は増えて、弱い時期は寄付が減るのだと。そうすると選手には「勝つ」ことへのプレッシャーがかかる。だけど選手はプロじゃないからお金はもらわない。監督は年間9億9千万円とか報酬があるのに、学生たちは無給でいいのかとか、そんな問題もあって、本当に光と影があるんですね。

(※このインタビューは2018年5月21日に行われました。)

(C)2018 Regents of the University of Michigan



 
 

そうだ・かずひろ
映画作家。1970年栃木県足利市生まれ。東京大学文学部宗教学・宗教史学科卒。スクール・オブ・ビジュアルアーツ映画学科卒。93年からニューヨーク在住。2016−2017年にかけてミシガン大学招聘教授。NHKなどのドキュメンタリー番組を40本以上手がけた後、台本やナレーション、BGM等を排した、自ら「観察映画」と呼ぶドキュメンタリーの方法を提唱・実践。『選挙』(2007年)、『精神』(2008年)、『選挙2』(2013年)、『牡蠣工場』(2015年)等。
www.kazuhirosoda.com

 
ふくしま・まさよ
航空会社勤務の後、『ほぼ日刊イトイ新聞』の『ご近所のOLさんは、先端に腰掛けていた。』、『お隣が宇宙、同僚がロケット。』コラム執筆。桑沢デザイン塾「映画のミクロ、マクロ、ミライ」コーディネーター。産業技術総合研究所IT科学者インタビューシリーズ『よこがお』執筆。REALTOKYO CINEMAブログ主宰。

 
 

『ザ・ビッグハウス』
監督・製作・編集:想田和弘
監督・製作:マーク・ノーネス、テリー・サリス
監督:ミシガン大学の映画作家たち
配給:東風 + gnome
2018年|米国・日本|119分|カラー|DCP|ドキュメンタリー|英題:THE BIG HOUSE
公式HP:映画『ザ・ビッグハウス』公式サイト|想田和弘監督 観察映画第8弾

(劇場情報)
2018年6月9日(土)より渋谷 シアター・イメージフォーラムにてロードショー、ほか全国順次公開中。

第七藝術劇場 6/23〜
 <特集上映 想田和弘と世界>6/23〜7/6 シアターセブンにて開催
京都シネマ 7/28〜8/10
元町映画館 順次

 
 

この記事は『REALTOKYO CINEMA』より転載したものです。


(2018年6月27日公開)