プロフィール

小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。

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滋賀県知事選と、日本を愛していない「非国民」について

2014年07月15日

京都で暮らし始めるまで知らなかったことは多々あるが、知っていちばんうれしかったのは隣県・滋賀の魅力と豊かさかもしれない。歴史がある。景色がよい。人が優しい。そして米が、酒が、野菜が美味い。琵琶湖の北側、余呉湖畔にある和風オーベルジュとも呼ぶべき料理屋兼民宿に行くといつも舌鼓を打つのだが、ジビエや山菜や海の幸も素晴らしい。念のために断っておくと、「海」とは日本海ではなく琵琶湖(と余呉湖)のこと。「近江(あふみ)」の名は「淡海(あはうみ)」に由来し、京都人は琵琶湖に「海水浴」に行く。塩っ気がないから、泳いだ後も快適である。

僕の家は京都の九条山にあって、真下を琵琶湖疏水が貫流している。疎水は1890(明治23 )年に完成したもので、プロジェクトリーダーの田邉朔郎は計画発足時には弱冠22歳。工部大学校を卒業してすぐに、京都府知事に請われて工事に従事したそうだ。いまでは考えられないような大抜擢だが、明治期のエリートとはそういうものだったのだろう。家の至近には蹴上浄水場と蹴上発電所(日本初の水力発電所)があり、いまだに現役だ。桜の季節ともなれば、疎水沿いの道は観光客で賑わうことになる。

桜の季節の琵琶湖疏水



もちろん観光は「従」で、水道水としての利用が「主」である。舟運に用いられることはほとんどなくなったが、疎水を通じて琵琶湖からもたらされる水は毎日200万立方メートル。この水なくして京都市民の暮らしは成り立たない。いや、京都ばかりか、水は瀬田川から宇治川を経て淀川へ流れ込んでいて、大阪府や兵庫県も琵琶湖の水の恩恵を被っている。滋賀県は「近畿約1400万人が利用する貴重な水資源」と位置付けている。

だからこそ今回の滋賀県知事選挙には注目していた。嘉田由紀子知事の後継者を自任する三日月大造氏が勝ってほっとしている。「『卒原発』をしっかりとやっていく」というのが当選の弁だが、本当にしっかりやってほしい。

何と言っても、福井の「原発銀座」は目と鼻の先である。美浜原発から琵琶湖まではわずか30km。地震列島に原発を建てることの愚かさは多くの人が指摘しているが、事故の起こる確率がわずかだとしても、「起こらない」ほうに賭けるのは絶対に割が合わないと思う。琵琶湖が汚染されたら、生態系や我々の健康に被害が及ぶのはもちろん、環境難民が生じ、農作物も、ジビエや山菜や「海の幸」も売れなくなり、ほとんどの産業が大きな打撃を受ける。関西経済圏は壊滅し、それはすなわち日本という国家が立ちゆかなくなることを意味する。

京都については、関西全体よりもはるかにイメージしやすい。現在京都市を訪れる観光客は毎年5000万人。この数はしかし、原発事故が起こったら確実に激減する。多くのホテルや旅館が、レストランや料理屋が、喫茶店や土産物屋が潰れるだろう。税金についてとかくの噂がある有力観光寺院も、参詣客がいなくなって往生するだろう。博物館や美術館のような文化的施設、PARASOPHIAやKYOTO EXPERIMENTのような芸術的イベントは、誰も観に来なくなるどころか、開館や開催自体が危ぶまれる事態に陥るだろう。

僕は京都が、滋賀が、日本という国が大好きだ。それは、美味い食べ物と酒があり、美しい風土と自然があり、長い歴史を経て残った文物や建物があり、(中にはイヤな奴もいるけれど)一緒にいて気持ちのよい、礼節をわきまえた人々がいるからだ。その魅力に惹かれるのは日本人ばかりではなく、海外からも大勢の人がやって来る。そういう人たちと出会い、酒を飲み、話し合うのも楽しみのひとつである。

いまこの国の中央にいて、権力を握っている一部の人たちは、そういったことをまったく顧慮しないと見える。原発事故の危険性に目をつぶって再稼働に邁進するのも、近隣の国を刺激してその挙げ句に自国の軍備を増強しようとするのも、格差を広げて若い世代の自由を奪うのも、この国の過去・現在・未来を否定する行動である。ひとことで言えばこの国を愛していないのだろう。そういう輩のことを「非国民」と呼ぶのである。