プロフィール

福永 信(ふくなが・しん)
1972年生まれ。
著書に、『アクロバット前夜』(2001/新装版『アクロバット前夜90°』2009)、『あっぷあっぷ』(2004/共著)『コップとコッペパンとペン』(2007)、『星座から見た地球』(2010)、『一一一一一』(2011)、『こんにちは美術』(2012/編著)、『三姉妹とその友達』(2013)、『星座と文学』(2014)。

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ダムタイプ30周年

2014年07月10日

巨大な美術展覧会が各地で開催されているが、このような国際展の流行は、それが楽しいお祭りであるのならば、私は盛大な拍手を惜しまない者である。しかし、多数のアーティストの作品によって構成されるために、全部を鑑賞することができない、その状況に私はチケットをむなしく握りしめる者である。そして私は解決する方法を探るべく腕組みする者なのである。さて、ところで、ダムタイプ(Dumb Type)というアーティストグループがこの地で誕生したのは今から30年前のことである。おめでとう。年譜によれば、その最初の作品は、京都市立芸術大学の学内で発表されている。つまり在学中にデビューしたのである。ところで私は「在学中にデビュー」に異様な関心を持つ者である。みずからもそうありたいと在学中に願っていた者である。しかしながら、フタをあけてみれば、「中退2年後にデビュー」というなんともカッコのつかぬ結果を得た者である。その私ももう42歳である。がんばります。さて、ところで、ダムタイプはといえば、在学中に、学内から外の世界へ、劇場やギャラリー、美術館で、次々と作品を発表していく。またその活動は短期間のうちに海外へまで展開していく。

発表場所を見てもわかるように、ダムタイプの作品は、①シアターでの発表(いわゆるパフォーマンス)②展示空間での発表(いわゆるインスタレーション)の2つに分類されるだろう。むろんそのほかに③出版④音楽と映像のライブ(「OR」コンサート)⑤トーク&制作中のパフォーマンス断片発表会(「S/Nのためのセミナー・ショー」)⑥他のアーティストとのコラボレーション⑦クラブでのパーティー(いわゆる「夜のダムタイプ」)など、分類はさらに細かくできるだろう。ダムタイプ自体が、複数のジャンルの専門家によるチームだというだけでなく、それらがいくえにも重なり合っていることがわかる。

若者達が始動したグループであるのだから、メンバーはそれぞれ、ダムタイプという場所で、みずからを育んでいったといえるかもしれない。近年、それぞれのメンバーが、活発にソロ活動を展開しているのも当然のことだろう。私がダムタイプを知ったのはかなり遅く、京都造形大に入学してからである。つまり京都に来るまで知らなかった。それまでは、やれ夢の遊眠社だ、やれ遊◎機械・全自動シアターだ、やれチャップリンだ、象さんのポットだというように、演劇は演劇、映画は映画、お笑いはお笑いというふうにしっかりとジャンルを区別しており、その枠からはみ出るなんていうことは想像もしなかったのである。役者は舞台からおりないし、映像に出ている登場人物は、最後まで画面の向こう側にいると思っていたのである。しかし、どうだろう、京都に来たとたん誰もかれもが近づいてきて「ダムタイプ」とささやいては去っていく。その奇妙な名前は、まるでYMOみたいに意味不明なまま心地よく響き、気づくとまだ実際に見てもいない者も知った顔をして「ダムタイプ」とくりかえしているのだが私もその一人。そして、少しずつこのグループの情報を採集していくことで、まだ若い私は、遅ればせながら、表現のジャンルの壁を軽々とまたいでいる、あるいは、そんな壁なんか最初からないよと知らせるこの存在を知ったのである。

私は、ヴォイスギャラリーに展示を見に行くたびに、同じフロアにダムタイプのオフィスがあるのをドキドキして見つめた者である。また私は「近くのタナカコーヒでかつてよく打ち合わせしてたというよ」というほんとかうそか分からぬ情報も鵜呑みにして、演劇部の仲間とそこを使ってさかんに打ち合わせをしていた者である(北村想の「私の青空」を学内で公演するための打ち合わせというのがなんとも冷や汗ものであるが)。東京のスパイラルで「S/N」を見たときは、私は感激のあまり古橋悌二さんの喋り方のマネをして数日を過ごした者である。また、彼の死にひどく肩を落とした者の一人である。しかしその死後もなお「S/N」は上演を続けて世界をまわり、京都で再びその作品を見たときには体が熱くなった。「喪の作業」とも言われた「OR」では神戸で行われたライブも見た。インスタレーションもICCで何度も見た(恒久展示がうたわれていた)。そういえばCDも買った者である。著書「memorandum」と同名のパフォーマンスも見た。つまり私はファンだったと言えそうである。しかし現在、ダムタイプとしての活動は、それほど活発ではないようである。「Voyage」を最後に私はダムタイプの作品を見ていない。いくつかの作品の映像が、展覧会で公開されることはある。また、古橋悌二のインスタレーション「LOVERS 永遠の恋人たち」も、わりと頻繁に見ることができたといえる(京都芸術センターでもあった)。東京都現代美術館の今年の展覧会スケジュールによれば、9月から始まる「東京アートミーティング(第5回) 新たな系譜学をもとめて―アート・身体・パフォーマンス(仮称)」にダムタイプの名前がエントリーされている。しかし、ぜひとも京都で見たいものである。その「航海」が30年を経て、故郷である場所に立ち寄ることがあっても、そして、それを今、ここにいる者らが歓迎してもいいではないか。そういえば京都には国立近代美術館がある。かつて公演をした京都市美術館もある。また来年には国際展が開催されるとも聞く。おそらくは何か計画されているであろうことを私は期待する者である。

ダムタイプのみが出品者であったとしても、それは国際展になりうる。私はそう確信する者である。ダムタイプのこれまでとこれからを見るためには、ダムタイプのメンバーだけでなく、国内外から、多くのアーティスト、研究者、批評家などが集まるだろうから。①から⑦のすべてが、満たされるだろうし、さらに⑧⑨⑩と、その先が付け足されるかもしれない。かつては思いつかなかったことが、思いつくかもしれない。それでいて、「全部を鑑賞することができない」というような事態にはならないだろう。打ち合わせの時間は多くかかるだろうが、タナカコーヒがある。しかしお金はそうべらぼうにはかからないだろう。何しろ彼らは、学生時代から、その活動を開始した者達だからである。お金もないのに(想像)、パフォーマンスもインスタレーションも、というふうに作品発表を始めた者達だからである。見た目だけの派手さをもとめて、各地に作品を点在させ、散財させ、人を疲弊させるだけの国際展などいらない。