プロフィール

福永 信(ふくなが・しん)
1972年生まれ。
著書に、『アクロバット前夜』(2001/新装版『アクロバット前夜90°』2009)、『あっぷあっぷ』(2004/共著)『コップとコッペパンとペン』(2007)、『星座から見た地球』(2010)、『一一一一一』(2011)、『こんにちは美術』(2012/編著)、『三姉妹とその友達』(2013)、『星座と文学』(2014)。

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岡田利規の「声」

2016年02月26日

3月といえば5日間ほど、岡田利規の季節だろう。3月17日から21日まで、世界初演の『部屋に流れる時間の旅』が、さて、みなさんお待ちかね、KYOTO EXPERIMENTで上演される。今から本番が待ち遠しい。と、こう書くのは嘘ではないにしても、じつは本心ではなく、正直に書くけれどもおれが今から待ち遠しいのは、公開リハーサルである。本番は、公開リハーサルの次に楽しみだ。すいません。

というのは、岡田利規による公開リハーサルは、本番よりもおもしろいからである。リハーサルなのだから、芝居のある一部分だけが、そこにある。物語の全体はわからない。わからないまま、リハーサルは進行していく。むろん未完成である。演出家、役者、スタッフであるならば、どこへ向かって稽古をしているのか、わかっているだろう。しかし、公開リハーサルに訪れた観客には、それがわからない。どうしてダメ出しをしているのか、なぜ何度もやり直すのか、わからないまま、稽古は進行していく。そんな状況でなぜ本番よりもおもしろいといえるのかといえば、それは、岡田利規の「目」を追体験するおもしろさがあるからだ。

岡田利規の目が何を見ているのか、もちろん他人にはわからない。聞こえるのは声である。「そこをもう一度やってみてくれませんか」というようなことを、何度も彼は客席の上のほうから、役者に向けて投げる。役者は、岡田さんの言葉を受けて、自分の身体、セリフをそのつど調整する。しかし、彼はなかなか納得しない。「うーん」という声が漏れる。「それじゃあ」と言って、言葉を切ったあと、「音に合わせるとか必要はないですから、聞かないようにして、セリフを言ってください」というようなことを言う。役者は、その指摘を受けて、繰り返す。観客には、さっきと今の区別は、ほとんどつかない。それくらい、微細な修正なのだ。がらっと変わるような、劇的な変更はない。しかし、ほとんど顕微鏡レベルのこのやりとりが、おもしろい。今、ここでおれが思い出しているのは、『地面と床』なのであるが、このときの公開リハーサルは非常に印象が強く、本番も見たけれども、おれにとってはこの作品は、出演してなかったにもかかわらず、主演・岡田利規なのである。彼の浮遊する「目」を背中に感じながら本番を見たような気がしている。

それでいいのかということはある。リハーサルなどを見たら中途半端に作品の部分を知ってしまうことになり、純粋に作品を見られないじゃないか。作者のナマの声を聞いてしまうとそれに影響されてしまうではないか。たしかにそれはそうである。公開リハーサルは、あくまで「その機会があったら、見るといいよ」というくらいのものだ。とはいえ、しかし、岡田利規の「声」の魅力は、やはり声を大にして言っておきたい。あれは『わたしたちは無傷な別人である』の公開リハーサルだったが、何度もダメ出しを受ける矢沢誠を見ながら、わたしは、「矢沢さん、可哀そう」と思った者である。何度も反復されるその場面が摩擦でこすれていくように思えて、自分の目から煙が出るかとびびった者である。「岡田さん、おっかねえ」と思ったものだったが、帰り道、これは本番より面白いパターンだとにやにやしたのである。けれども、なんと、本番は本番で、やばいくらいの最高傑作で、リハーサルのことなどすっかり忘れてしまった。あるいは、リハーサルと本番の摩擦音を聞いたといってもいい。

そんなわけで、ちかぢか公開リハーサルがありますよ、という事だけを伝える素朴なブログなのであった。もし行けたら、またレポートするつもりである。

 
 

◎イベント2:【明倫ワークショップ】チェルフィッチュ『部屋に流れる時間の旅』公開リハーサル

2016年3月17日(木)-21日(月祝)で世界初演される新作『部屋に流れる時間の旅』。
京都の美術家久門剛史を舞台美術・音に迎え、3月は京都でクリエーションを行います。
これに先駆け、この公演の公開リハーサルを行います。



日時:2016年3月7日(月)18:00-19:00

会場:京都芸術センター