プロフィール

福永 信(ふくなが・しん)
1972年生まれ。
著書に、『アクロバット前夜』(2001/新装版『アクロバット前夜90°』2009)、『あっぷあっぷ』(2004/共著)『コップとコッペパンとペン』(2007)、『星座から見た地球』(2010)、『一一一一一』(2011)、『こんにちは美術』(2012/編著)、『三姉妹とその友達』(2013)、『星座と文学』(2014)。

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春のおすすめ② 泥とジェリー

2014年03月27日

中学校時代の国語の先生の村井先生のことを思い出した。彼は小柄でハゲた初老の人物でネクタイをかかさず袖に何か取っ手のようなものが付いているワイシャツをよく着ていてサスペンダーでズボンを吊り上げておりきわめてまじめな文学者らしさを感じさせたがある日、「尋ねる」という漢字を黒板に書きここに「エロ」があるだろうとニヤリと笑った。そんなことを言わなさそうな人物という印象だっただけに純情なわれわれ生徒はイスから転げ落ちたものである。あるとき教科書に載っていた三好達治の詩を鑑賞する授業の際、「ぼくは若いころ彼に詩を見てもらったことがあって」などと彼はさりげなく言い出しまたイスから生徒が数名落ちたのである。たかが中学校教員とナメてかかっていた生意気な生徒らにとっては「やられた」気分なのであった。私もその一人。村井先生は、自慢するわけでは全然なく「君には才能がないと即答された」と付け加えて笑いをとったが、教科書との距離が、このエピソードによって地続きに感じた者もいたのである。私もその一人。その村井先生が、あるときふと教科書を置き、教室の隅、廊下側の壁のところまでその短い歩幅ですすむと、かがみこみ、でっかいホコリのかたまりをつかんで高くかかげたことがあった。われわれ生徒は前日の清掃の怠慢を叱責されるのだろうと目をつぶったのであるが、彼は「掃除ってえのは、こういう隅っこをしっかりやれ。真ん中はやらなくていい。人は見ねえもんだ。だが隅っこはやれ。そこは人が見る。そこで人は評価するんだ」と述べたのである。それはまじめな大人が子供に言う台詞とは思えず仰天したものである。教師が生徒を「上から」指導する「正しい」言葉でもない。むしろわれわれ悪ガキと同じ目線で述べた言葉だった。「教育者」としては正しくない言葉だったかもしれないが、同時にそれは、やはり、「正しい」言葉なのである。真実といってもいい。

東京国立近代美術館の常設スペースは2階から4階で、人は、かならず受付で「エレベーターで4階から」と言われる。時系列的にそういう並びになっているのである。日ごろ京都近美の可愛らしいワンフロアの常設スペースに慣れているわれわれは、常設とはいえその膨大な作品群に驚き、必然的に最後の2階に用意された現代は駆け足になる。しかし、その2階の隅っこにある「ギャラリー4」というスペースでは、たまに、「これは企画展示なんかよりもすばらしいなり!」と思わせられる展示をこっそりやるから油断できない。例えばこれまでも、寝る人や立つ人やもたれる人を描く作品を集めた「寝るひと 立つひと もたれるひと」(2009)、しみ/にじみをじわじわ考察する「いみありげなしみ」(2010)、美術表現の中の「道」に着目し立ち止まる「路上」(2011)など人気セレクトショップのような、その店=美術館独自の表現ともいうべき展示をしてきた。久しく開店休業状態が続いていたようであるが、今、復活している。「泥とジェリー」と題されたその展示は、あと1週間くらいで終わる(4月6日まで)。おすすめが遅れてたいへん申し訳ないが見逃さないことを祈る。

「絵具とは不思議なものです」というなんとも平凡すぎる言葉からこの展示は始まる。身もフタもないぜといえばその通り。でも、あらためて考えたことなかったのもその通りなのである。絵具のぐちゃぐちゃ、べちゃべちゃのフシギにまみれることのできる魅力ある作品群が、アニメ「トムとジェリー」を思わせるタイトルのもと、選択されている。岸田劉生と岡﨑乾二郎がメインであるといえる。劉生の泥臭い名作群はもちろんのこと、知られざる彼の小説作品の傑作「道悪」も紹介されている。また、麗子が風呂場でうんこしている姿を描いた可愛らしいスケッチがある。「まことちゃん」(楳図かずお)のお姉さんをここに見ることができ、「麗子は孤独ではなかったのだな」とホッとすることができるだろう。また乾二郎の作品はといえば「どこかおいしそうなジェリーを思わせます」と企画者の言う彼の絵画と、粘土の造形をこんなに近づけた展示はこれまであまりなかったように思う。すると、絵具と粘土がまざりはじめる瞬間がある。そんな場所は2次元にも3次元にも存在しないから人の頭の中でまざりはじめるのである。そもそも、劉生と乾二郎、この二人がツートップの展覧会などまったく誰も思いついたことがなかった。しかしこの「泥とジェリー」に足を踏み込めば、劉生がまるでトムのように癇癪を起こして乾二郎を追いかけている様を想像できる。また、乾二郎がジェリーのように劉生を挑発しているところも見えてくる。実際は年代の異なる二人である。劉生は、残念ながら乾二郎のことを知ることができなかった。乾二郎も劉生が歩いているところを見たことがない。美術史的にはそういうことになっている。でも、ここでは、そんなことはない。おたがいによく知っていた。そう思えてならない。時間をぐちゃぐちゃにこねてしまうような、ここはスペースだからである。今後もギャラリー4の展開を注目していきたいと思う。

 

泥とジェリー

会場 東京国立近代美術館

会期 2014年1月21日(火)-4月6日(日)

開館時間 10時-17時(金曜日は10時-20時まで)入館は閉館の30分前まで

休館日 月曜日(ただし3月31日は開館)

料金 一般420円(4月1日以降は消費税が8%になるのに伴い430円)、大学生130円はそのまま。高校生以下、18歳未満は無料、65歳以上、障害者手帳をお持ちの方、その付添者1名は無料

 

岡﨑乾二郎展は、3月30日まで下記でも開催される。

B-things and C-things at A-things

会場 A-things

会期 2014年3月6日(木)-3月30日(日)

営業時間 12時-18時

定休日 月、火、水

料金 無料