小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。
某月某日
KYOTOGRAPHIEにトークイベントの司会を依頼され、資料として『MARS 火星―未知なる地表 惑星探査機MROが明かす、生命の起源』(編集:グザヴィエ・バラル。青幻舎刊)が送られてきた。36 x 30 x 3.6 cmという大型本で、火星地表の写真151点が収録されている。すべてモノクロームの写真から成る、非常にアーティスティックな写真集だ。
「アーティスティック」といっても「芸術的なゴーーーール!」とか「芸術的な料理」と言う場合のそれではない。正確には「現代アート的」である。その理由を説明する前に、順序としてどのような本であるのかを述べておこう。
原著は2013年に、パリのエディション・グザヴィエ・バラルから刊行された。写真家でアートディレクターのバラルが2002年に創設した同社は、主に現代アートを中心としたビジュアル書籍を制作・刊行している。目録には、ジョセフ・クーデルカ、ダニエル・ビュラン、レイモン・ドゥパルドン、アネット・メサジェ、ジャン・ヌーヴェル、デヴィッド・リンチ、杉本博司、ソフィ・カル、ジェフ・クーンズ、ウィリアム・ケントリッジ、ウォン・カーウァイ、村上隆、池田亮司ら、錚々たる名前が並ぶ。アートブックと比べるとわずかだが、雄大な自然の写真集や、『Evolution』(進化)と題する生物学系のビジュアル書も出している。
副題にあるとおり、『MARS』に収録された写真はMRO、すなわちNASAの火星探査機マーズ・リコネサンス・オービターが撮影したものだ。MROの目的のひとつは、その後打ち上げられる着陸機の着陸候補地点の探索で、HiRISEと称する撮影装置を搭載している。HiRISE は1ピクセルあたり25-32cmの解像度、つまり、火星上空およそ300kmの軌道から地上にある30cmほどの物体を識別できる高性能のカメラである。カラーでも白黒でも撮影ができるが、白黒の場合、6 x 30kmの面積を撮影可能。2006年以降の7年間に、2万8千枚を超える写真を地球に送ってきた。
151枚の写真は、この中からバラルが選んだものである。「現代アート的」というのはその選択の意図と結果を指すのだが、近現代アート作品と類似する、あるいはアート作品を想起させる写真が極めて多い。バラルは自らのアート史的知識に照らし合わせ、意図的にそういった写真を選んだ、そしてその行為は「現代アート的」と呼ぶに相応しい、というのが僕の仮説である。日本語版のページ順に例を挙げてみよう。
![]() p.82 グラニクス峡谷とティンジャー峡谷(以下、ノンブルの付いた写真は、すべて『MARS 火星』より。提供:青幻舎。©Editions Xavier Barral/©NASA) | ![]() エドゥアルド・チリーダ Continuation III (detail) 1966 |
![]() p.84 アントニアディ・クレーターの底面にみられる枝状の形 | ![]() アンリ・マティス La gerbe (detail) 1953 |
![]() p.89 アマゾン平原、溝とくぼみ | ![]() ヴィト・アコンチ Adjustable Wall Bra 1990-91 |
p.108 ヘレスポントス地域の砂丘
名和晃平 Catalyst #11 (detail) 2008, courtesy SCAI THE BATHHOUSE
![]() p.125 ちりの竜巻の痕跡 | ![]() サイ・トゥオンブリー Untitled (detail) 1970 |
![]() p.133 季節性の霜におおわれた砂丘 | ![]() ヴォルフガング・ティルマンス Freischwimmer 40 2008 ©Wolfgang Tillmans, courtesy Wako Works of Art |
p.146 南極圏、細かい網目状の割れ目
草間彌生 Infinity-Nets TWWOQ 2006 ©Yayoi Kusama, courtesy Yayoi Kusama Studio and Ota Fine Arts Tokyo