プロフィール

池田 剛介(いけだ・こうすけ)
1980年生まれ。美術作家。東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了。
自然現象、生態系、エネルギーへの関心をめぐりながら制作活動を行う。近年の展示に「Malformed Objects-無数の異なる身体のためのブリコラージュ」(山本現代、2017)、「Regeneration Movement」(国立台湾美術館、2016)、「あいちトリエンナーレ2013」など。近年の論考に「虚構としてのフォームへ」(『早稲田文学』 2017年初夏号)、「干渉性の美学へむけて」(『現代思想』2014年1月号)など。

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モノと占拠の3日間@京都市立芸術大学

2018年04月24日

入学したての一年生全員が、所属する専攻の枠を超えて半年間にわたり共通の課題に取り組む。これは数多くのユニークなアーティストを輩出してきた京都市立芸術大学を特徴づける、独特な授業形態である。つい先日、この授業の一環として伊藤存・金氏徹平組が担当するワークショップ・シリーズに、小説家の福永信さんと共にゲスト講師として参加し、モノと占拠をめぐるワークショップを行なった。新入生137名が大学を占拠する——そんなことが果たして日本の大学で可能なのだろうかという当初の懸念とは裏腹に、非常に実験的な試みを存分に展開させていただくこととなった。

占拠をめぐるワークショップは、以前に京都芸術センターで行った経験があるが、今回福永さんのアイデアも得て、新たな試みに取り組むことになった。その大きな特徴が、進行にTwitterを導入した点である。事前にすべての学生がTwitterのアカウントを取得し、「モノと占拠」のアカウントをフォロー。口頭での課題説明やレクチャーは一切なし。期間中このアカウントから課題がポストされ、課題に関連するレクチャーも3日間かけて連投された(レクチャーツイートは、事前に僕のスタジオで70分ほどのトークを収録し、それを福永さんがTwitter仕様に原稿化。さらに僕が校正を加えるという仕方で事前に準備された)。

皆うつむいてスマホを見ているが、あくまでも授業中。
撮影:@kosukeikeda



こうして137名の新入生が、それぞれ6-7名程度のグループ20組となり、ツイッターに流れてくる課題やレクチャーをもとに行動。学内で占拠する場所を見つけ、さらに学内にある様々なモノたちを発見しながら、学生らがモノと共に現れるための空間を形成すること。これがワークショップのおおよその狙いとなる。

僕自身、各地に散らばる学生らの占拠現場を仔細に見て回れたわけではないので、基本的に「提出物」としてツイッターにアップされた画像を元に、いくつかの傾向に分類しながら紹介したい(提出されたポストはTwitterから”#ジャーナリスト_モノと占拠”で検索することができる)。

感覚と占拠

さすがに芸術大学と言うべきだろう、いわゆるバリケードを築くというよりも、色や視線の操作によって感覚に働きかける仕方での「占拠」が行なったグループが目立った。

撮影:@jagaimo_tabete


⇧)学校の玄関口から入ってすぐの、多くの人が通過する石段をリズミカルな色面で占拠。あえて狭い階段を利用して、シンプルだが強さのある色の現れを実現していた。



撮影:@Youta_kcua



⇧)ひらけた屋外空間にブルーシートで空間を作り、さらに学内から鮮やかな青色のモノたちを集めて来て、青の空間を作りだす。ブルーシートで区切られた空間に寝転がると、その上に空が開けて見える。青の上の青。夜間にデレク・ジャーマン『ブルー』の上映会でも企画したら洒落ていたかも。

⇩)こちらはさらに空に近く、屋上を占拠空間に。椅子を並べただけでなく、そこに少しだけ上向きの角度をつけることによって世界が別様に現れてくる。目に見える、感覚できるシーンを変化させること、そうした占拠のエッセンスを抽出しているとも言えるだろう。

撮影:@002655_



言葉と占拠

こうした感覚的な要素を扱う占拠が目立つ一方で、多くはないが、いくつかのグループは言葉を大きな要素として掲げていた。

⇩)「絵描きたい」「作品作りたい」というシンプルなメッセージを幸野楳嶺像の手前に掲げたグループ。制作に対するストレートな思いは、これからの数年間で紆余曲折を経ることになるのだろうけれど(でなければ大学に来た意味などない)、一時的にであれ新入生の頃の初心が学内に現れていた事実は、今後、当人たちにとって一つの重石となるのではないだろうか。そうあってほしい。

撮影:@noppohonoka



空間と占拠

学内にある特定の空間に注目しながら介入を試みるグループも。

撮影:@choco_C_K



⇧)建物の一角にある特にさびれたエリアに注目し、不気味な呪術的空間へと変化させる。近づきがたい雰囲気によって占拠するという、他には見られないアイデア。密度のある作り込みによって念を漂わせていた。

⇩)駐輪場を占拠したグループは、あるべき駐輪証が多くの自転車に貼られていない事実に注目し、皆が正しく駐輪証を貼り付けるよう(なぜか)訴える。とはいえ実際には、駐輪場の空間を乱しているようにしか見えない気もする。彼らが駐輪証について相談に訪れたという総務課の方々は、この行為を褒めるべきなのか怒るべきなのか、さぞ難しい判断を迫られたのではなかろうかと想像する。

撮影:@ono_kadai



現象と占拠

モノという言葉を物理現象として解釈し、日頃は意識に上がらない自然現象へと注目するグループも。やや地味かもしれないが、個人的には好みの部類。

撮影:@ysn_t_



⇧)影という現象の捕捉を試みる。テープによる影の捕捉は束の間だが、それが空間内に痕跡として残されることによって、日頃は気がつかない様々な領域が空間内に潜在していることに気づかされる。

⇩)キャンパスの奥まった片隅にある、気象観測のための百葉箱を占拠したグループ。写真には出ていないが僕が見た時には、百葉箱の下に冷蔵庫の扉を開けた状態で置かれていた。(実際には電源が繋がれていないため)象徴的な仕方で温度の観測に介入しようとしていたと言える。いっそのこと冷蔵庫を電源に繋いでみても良かったかもしれない。

撮影:@yoshi_muuu_



介入と占拠

1日目のワークショップを終えた後、翌日まで放置されたその空間に、何者かが絵や文字を上書きするという介入が行われた。これは公的な場に現れる上で避けがたいものであり、むしろこうしたリアクションが現れたこと自体、悦ばしい事態とも言える。この予想外の介入に対して、単にそれに反発するのではなく、むしろ積極的に解釈を加えていくような展開が見られた。

撮影:@hms_36_



⇧)外部からの介入を逆手にとって、むしろこれを奉る空間を作る。奥の木は御神木か。出所不明のスマイルマークが伝播し神格化されるという事態は、僕の世代的にはテレビ版『攻殻機動隊』の「笑い男」を想起せざるを得ないのだけれど、この作品が公開された2002年、新入生の多くはまだ2,3歳児であっただろうことを思うと、指摘するのがややはばかられた。

⇩)No Occupationにwを加え、Now Occupationへと変化させる。色からしてもwはネット用語で草=笑いを意味するそれであるだろう。占拠に対するNoという否定をwによってアイロニカルに転換しながら、Now(なう)という別の意味として私有化してしまう、介入への見事なレスポンスと言える。

撮影:@Gemini_xxx



以上でようやく全体の半分程度に触れたことになるが、今ざっと紹介しただけでも一筋縄ではいかない多様な占拠の様子が感じられるはずだ。教員が容易に把握できないほどに学内の様々な場所で展開され、時に目まぐるしく変化していった。占拠という聞きなれない言葉を前に手が動かないことも心配していたが、結果的に、初日からこちらの予想を裏切るほど活発な取り組みが見られた。また、2日目、3日目と進むにつれて、課題に対する学生それぞれの理解と解釈は深まっていたように思う。

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今回の課題の一つの特徴として、学生とそれを指導する教員という授業の構造を相対化すべく、ゲストも含む教員もまた一つのチームとして学生同様に占拠を行うことになった。

ここにも占拠に関わる一つのテーマが、実はある。というのも「占拠する」という意味のoccupyという動詞はoccupationという名詞に連なるが、これは「仕事」や「役割」という意味を持つ。占拠するということは既存の空間を変化させることであり、同時にそこに関わる者(あるいはモノ)の「役割」を変化させる、ということでもあるだろう(この点に関しては、台湾での太陽花学運をめぐるこちらのテキストで考察した)。教員という立場を宙吊りにし、変化させることが目指されていたのである。

教員チームは初め、池の横にあるしっかりとした作りの屋根に狙いを定め、そこに「研究室」を移動させることにした。目立つ上に見晴らしも良く、気持ちいい空間を占拠したものだと思っていた矢先、にこやかな表情の裏側にそこはかとないこわばりをたたえた総務課の方々がやってきて、穏便に安全上の懸念を伝えてくださり、私たちはあえなく撤退することとなった。初日でいきなり総務課に怒られるという、「模範生」としての役割を果たすことができたわけだ。

撮影:@yoshi_muuu_



ところで、京芸は組織として美術学部と音楽学部に分かれており、その間の交流はごく限られたものであるらしい。今回のワークショップにおいて学内各地でそれが行われることに関しても、音楽学部からは事前に、長時間音楽棟の方を眺めない、音楽棟から最低1メートルは離れて歩く、といった、かなり事細かな注意が伝えられていた。もちろんこれらは音楽学部の指導環境を保持する上でありうべき制約と言えるだろう。

けれども同時に、こうした美術学部と音楽学部との間に横たわる(かのように少なくとも僕には見える)境界は非常に興味深く感じられ、一時的にであれ、ある空間を私有化することが孕む政治性を意識せざるを得ないようにも思われた。竹島や尖閣諸島などの問題を言わずとも、すでに領土問題はわたしたちの足元にある、そんなことを考えさせられる。こうした領土的な緊張関係をむやみやたらに荒立てるよりも(クレア・ビショップの言う「敵対」とは、そのようなものだ)、むしろその境界上で、既存の関係性に少し変化をもたらすような場を形成することの方が重要なように思われた。

こうして教員チームの最終的な占拠は、美術学部と音楽学部のちょうど境目の領域、というよりもむしろ音楽棟の並ぶエリアのすぐ手前にある木の木陰で行われることとなった。幸いなことにこの授業を担当する非常勤講師の村上花織さんには、演出家として音楽科の人たちとの交流があり、この繋がりを生かして声楽科の中谷明日香さん、原田奈々さんに来ていただき、10分間程度のパフォーマンスをしてもらうことに。この10分間も、第3限と第4限との狭間、いわば二つの授業という公的な時間の隙間にある「遊び」のような時間に狙いが定められた。

声楽科の方々によるパフォーマンス。背後に控えるのは巨大な発泡スチロール。
撮影:@kosukeikeda



撮影:@kosukeikeda



結果的に、期せずして、まったくもって思いがけず、事前に送られていた音楽棟の方を長時間眺めないこと、という注意に抵触していると見なされかねない形となってしまったわけで、そのことはいくら反省してもしきれないのであるが、しかしこの10分間はわたしたちにとって、音楽の力それ自体を存分に味わうこととなる大変に貴重な時間であったことを、一片のアイロニーもなしに記しておきたい。

このパフォーマンスは、様々なモノと共に行われることになった。それも大学内にある、最高に贅沢なモノたちと共に。大学の敷地内には、部分的に掘られて放置された石材、失敗作として打ち捨てられた陶磁器、巨大な発泡スチロール、味のある年輪を刻む大きな丸太など、様々なモノたちが散在してある。これらは完成し、署名された芸術作品ではないかもしれないが、いわば芸術のカケラたちである。

こうしたモノたちに加えて、彫刻棟の奥から引っ張り出した金氏先生の作品(?)には木の枝をぶっ刺し、伊藤先生にはその辺に生えていたとは思えない見事な山吹草を摘んで来てもらった(なんと、ちょうどそこでタヌキを見かけたのだそう……)。染色専攻の三橋遵先生からお借りした絞り染めの布は、春風にはためきながら木と木の間を鮮やかなステージへと変貌させる。一切お金をかけることなく、芸術大学がもつ贅の限りを尽くした占拠――こうした贅沢な空間でこそ、音楽も存分に味わえるというものだろう。

撮影:@kosukeikeda



撮影:@kosukeikeda



素晴らしいパフォーマンスの後、この大学の博士課程に在籍し、只本屋というフリーペーパーを収集する活動を行う山田毅さんに来ていただいた。フリーペーパーを床に広げて、立ち寄った人は気に入ったものを持っていくことができる。いわば音楽による「盛り上がり」の後のチルアウトとして、厳選されたフリーペーパーというモノを味わう時間となった。

教員チームの占拠にはそれほど構築的な要素が無かったため、その後の撤収はスムーズに行われた。実のところこのワークショップは撤収も、一つの重要な要素になっている。占拠の時間にモノたちが現れ、元々あった場所へと帰っていく。さっきまで占拠され、わたしたちの空間であった場所には、なんの形跡もなくなっている。けれども元の場所に帰ったモノたちは、それまでとは異なる意味を帯び、元の状態へと戻った空間にもまた、その別様の姿がすでに含まれている。撤収の時間、金氏先生が台車で淡々と作品を彫刻棟に運ぶ様子には、福永ツイートから「すごく似合ってるよ、金氏先生…。」というリプライが寄せられた。

撮影:@kosukeikeda



ここでいきなり現れた福永ツイートだが、僕と同様にゲストとして参加していたはずの福永さんが、これまでほとんど登場していなかったことにお気づきだっただろうか。実のところ福永さんはこの3日間一度たりとも学校に現れることなく、「在宅勤務」として、課題やレクチャー(池田による)、さらに占拠についてのポストへのコメントをツイートし続けることとなった。現れずして現れる、一つの占拠の方法を体現していたとも言えるだろう。まさに暗躍と呼ぶに相応しい黒幕ぶりを発揮していた。

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こうして非常に充実した3日間となったものの、Twitterの使用や流動的な課題およびレクチャーの提示など、実験的な試みを多く導入していただけに反省点も残る。先述したように、教員もまた指導的役割(occupation)を変化させながら、あくまで学生として占拠を行う、という形になったのだが、そうは言っても、こうした実験的プログラムの運営上、教員らが学生の行動をある程度まで把握し、サポートやトラブルの対応を行う必要に迫られる場面も多くなる。結果的に僕自身、キャンパス内に点在する各チームの様子をじっくり観察することもままならず、また教員チームでの占拠にも十分な時間をかけることができないという、どっちつかずな状態になってしまった感がある。この点は、今後の「課題」として、より良い方法を模索していく必要があるだろう。

ともあれ、ここまで不確定な要素をはらむ実験的な取り組みを存分に展開させてもらった、京都市立芸術大学の度量の大きさを感じざるを得ない。多少の制約はあったとはいえ、所属学科を超えた新入生が全員で学内を占拠するなどという取り組みは、僕の知る限り、他大学ではそうそうやれるものではないだろう。現在、京芸は京都駅横にある崇仁エリアへの移転を進行中と聞く。この機会に、京大で育まれてきたタテカン文化を京芸と合流させ、ネオ・タテカン文化として、京都の玄関口で大々的に展開するというのはどうだろう……

などという戯言はさておき、今回の「モノと占拠」を含む、新入生の合同授業の成果をまとめた展覧会が7/26-29に大学構内にて行われる。今回の3日間の経験が何らかの仕方で編集され、再展開されることになるはずだ。ぜひご注目を。

最後に自分の宣伝も一つ。4/26(木)アーツ千代田3331にて、アート&ソサイエティ研究センター主催のSEAラウンドトークとして、今回のレクチャーツイートをさらに発展させた議論や、このエントリで紹介できなかったワークショップの詳細についてもお話しする予定です。ぜひご参加ください。

【SEAラウンドトーク】Vol.8 「コトからモノヘ——芸術の逆行的転回にむけて」 ゲスト|池田剛介

日時:2018年4月26日[木]18:30–20:30、会場:Arts Chiyoda 3331 B1階マルチスペースB105 定員:20名(先着順)、参加費:800円(コーヒー/資料代込)

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ワークショップ「モノと占拠」@京都市立芸術大学、4/18-20, 2018

担当教員:伊藤存、金氏徹平、永守伸年

ゲスト講師:池田剛介、福永信

非常勤講師:黒川岳、平田万葉、村上花織、本山ゆかり