プロフィール

森山 直人(もりやま・なおと)
1968年、東京生まれ。演劇批評家。京都造形芸術大学舞台芸術学科教授、同大学舞台芸術研究センター主任研究員、同センター発行の機関誌『舞台芸術』編集委員。
2011年より、KYOTO EXPERIMENT(京都国際舞台芸術祭)実行委員。放送大学科目「舞台芸術への招待」(全15章)のうち3章を担当中。
著書に『舞台芸術への招待』(共著、放送大学教育振興会、2011年)。主な論文に、「沈黙劇とその対部――あるフィクションの起源をめぐって」(『舞台芸術』13号)、「〈ドキュメンタリー〉が切り開く〈舞台〉」(『舞台芸術』9号)等多数。

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〈2020年以降〉の演劇批評・・・?

2015年08月05日

(1日に更新するつもりが、すでに4日も遅れてしまいました。お詫びします・・・)

最近、思わず失笑してしまうのは、なぜか少なくないテレビのコメンテーターが、新国立「競技場」というべきところを、新国立「劇場」と何度も言い間違えることだ――
あれはいったいどうしたことだろう? しかも、見たところ、普段は新国立劇場でやっている演目に熱心に通っているとはとても思えない人たちがそういうのだから、ほんとうに不思議だ。
だから、たぶん、それは新国立劇場の具体的な演目や予算の問題とは関係なく、ましてや、演劇批評の世界で90年代に論争を引き起こしたことのある「二国問題」――若い人は誰も知らないですよね!――つまり、新国立劇場設立の経緯にかかわる問題などとは、まったく関係がないのであろう。いやいや、あるわけがない。
おそらくたんに、「シンコクリツ」という響きに、人がまだ慣れていない、というだけの話なのではないか。
なぜなら、「国立競技場」を「国立劇場」と言い間違える人になど、いままで会ったことがないからだ。「シンコクリツ」と口にしたとたん、慣れない唇の動きに虚をつかれて、どこかで聞きかじったことのある「新国立劇場」という言葉がとっさにうかんでしまう、というわけだ。現に、いままでマスコミが、たんに「コクリツ」と言ったときには、99%「国立競技場」のことを指していたのだから。
たぶん、まじめな演劇関係者で、言い間違いが起こるたびに、なんとなく嫌な思いをしている人もいるだろう。たとえば、東京オリンピックをきっかけに、その文化プログラムのなかで、ぜひとも演劇文化の地位向上をはかりたい人たちもいる。・・・まあ、そういう人たちも必ずしも一枚岩ではないので、この言い間違いに眉をしかめるのか、ざまあみろと思うのかどうかは、一概には言えないが。

*   *   *


ちなみに、私自身は、どっちでもよい。というか、そのこと自体には、ほとんど何の関心もない。
むしろ、2020年以降に、日本の舞台芸術や劇場文化が、どこへ向かっていくのかに、非常に関心がある。このことは、前回のこのブログで述べたとおりである。
そこで、さしあたり、「2020年」という年が、どんな年であるのかを、思い浮かべてみる。
2020年、蜷川幸雄は85歳、野田秀樹は65歳、三谷幸喜は57歳。――別役実も鈴木忠志も唐十郎も、全員80歳を超えている。
しかも、1970年代から活躍し、好き嫌いは別として、日本の演劇を牽引してきた井上ひさしとつかこうへいは、すでに鬼籍に入ってしまっている。
ということは、ごくおおざっぱに考えて――ニナガワさんもまだまだ頑張っているかもしれないが――2020年には、野田秀樹の世代が、商業系の劇場文化における実質的なトップになっている可能性が高い、ということである。
日本の演劇にあまり関心がない読者のために付言しておくと、1980年代、日本には「小劇場ブーム」と呼ばれる現象があった。それ以前の、「政治の季節」に生まれたアングラ演劇ではなく、大学進学率が20~30%に達したころの大学生が、つかこうへい的なエンターテインメントにも強く影響を受けながら、自分たちと同世代の小劇場演劇につめかけ、日本の観劇人口が飛躍的に増加した社会現象のことである。そうした現象と作家性を直接結びつけることは必ずしも適当ではないが、そのシンボル的な存在が、まさしく野田秀樹であった。
つまり、高度経済成長からバブル経済にかけての、近代日本の「戦後民主主義」と「最後の経済的繁栄」の象徴が、ほかでもない野田秀樹なのだ、と言うこともできる。
ところで、いま、少しでも演劇に興味を持ち、いろんなタイプの劇場に通う経験を持っている人なら、おしなべて、現時点での日本の「劇場文化」--とくに商業系――を支えているのが、40代後半から50代以上の観客層だということに気づいているだろう。つまり、まさに上記の「小劇場ブーム」世代が、いまの日本の現代演劇における観客人口の中核となっているのである。
ということは、はたして、2020年以降、日本の現代演劇や劇場文化は、いったいどこへ向かっていくことになるのだろうか。
当たり前のことだが、「観客」がいなくなれば、「劇場文化」は消滅する。
学生時代に演劇にやみつきになり、社会に出てそれなりの地位も得、収入も得た世代。そういう世代が熟年をむかえ、やがて老年をむかえるようになったころ、「劇場」はどうなっているのだろうか。

*   *   *


 2020年は、チェルフィッチュの岡田利規が47歳になる。いまの私の年齢と同じなので偉そうなことはいえないが、さすがに、イイトシではある。
ということは、「チェルフィッチュ以後」に登場した、「ままごと」の柴幸男や、「ハイバイ」の岩井秀人や、「マームとジプシー」の藤田貴大も、ぼちぼち40歳前後、ということになるわけである。
こうした劇団や演劇ユニットは、形式的にいろいろな工夫を凝らして、バブル世代の演劇人口とは違ったタイプの演劇――「平田オリザ以後」ととりあえず呼んでおく――にいまはまだ若い観客層を、それなりに呼び集めている。
だが、私は、こうした世代が、野田秀樹や三谷幸喜のあとを追う存在になるとは、どうしても思えない。なぜなら、彼らの演劇は、本質的に、「大劇場を満員にする」タイプの芝居ではないからだ(ちなみに、ここでの「大劇場」は、漠然と1000人以上の小屋を指している。演劇業界的にいうと、1000人前後は「中劇場」と呼ぶことも多いが、そのことはいまはどうでもよい)。
つかこうへい以降の「小劇場演劇」は、1980年代の「ブーム世代」を中心として、本質的に「大劇場」化しうる素質をそなえていた。そのもっとも典型的な例が、劇団新感線である(一説では、彼らは2か月興行で10億円以上の公演収入があるともいう)。そういうタイプの劇団は、「平田オリザ以後」の世代には見あたらない。

それでは、「大劇場」はいったいどうなってしまうのか。消滅してしまうのか。
これは私だけではなく、多くの人がそう思っているはずだが、1000人以上の規模の劇場は、確実に、「2.5次元」化し、「アイドル文化」と結託していくだろう。たぶん、それが唯一の生き残る道である。
そうでなければ、「大劇場」で絶対に避けては通れない問題――莫大な製作費を回収できる観客動員をあてにすることができなくなるからである。
なかには、クールジャパンのブームが冷めないうちに、「2.5次元」演劇や、「2.5次元」カブキをアジア圏に売り込む戦略に走るところも出てくるだろう。
2020年までには、すでに尻に火がついていることを自覚している商業系の演劇関係者によるそうした動きが、一層加速化しているはずだ。なにしろ、それこそが、人口減少社会を乗り切るための唯一の道、と見えるからである。

さて、問題は、そうなりそうな時代にあって、そうではない劇場文化、オルタナティヴな劇場文化を構想することは可能か、という点である。
どうしてそんなことを言うかというと・・・
実のところ、日本のオルタナティヴな劇場文化、演劇文化もまた、1960年代のアングラ演劇を筆頭として、既存の商業文化に対抗する形で発展してきたからである。
「2.5次元=大劇場文化」と「チェルフィッチュ以後=小劇場文化」という図式は、そもそも生産的な対立を生み出しうるのだろうか? それとも、まったく別々の文化として、それぞれの道を行くことになるのだろうか? かりにそんなことになったら、「オルタナティヴ」という発想や思想自体が、意味を持ちうるのだろうか?
次回以降、そのことを少しずつ、このブログで考えてみたい。