プロフィール

石谷 治寛(いしたに・はるひろ)
京都大学人間・環境学研究科博士後期課程修了。
博士(人間・環境学)。
現在、甲南大学人間科学研究所博士研究員。
京都造形芸術大学他講師。
美術史、アート・メディエーター。
著書に、『幻視とレアリスム――クールベからピサロへ 近代フランス絵画の再考』(人文書院、二〇一一)。
共著に、『見る、撮る、魅せる、アジア・アフリカ!』(新宿書房、二〇〇六)、『ジョルジョ・モランディの手紙』(みすず書房、二〇一一)、『アートセラピー再考――芸術学と臨床の現場から』(平凡社、二〇一三)。共訳書に、クレーリー『知覚の宙吊り』(平凡社、二〇〇五)など。
論文に、「アートとセラピーの書きかえられた記憶――マイク・ケリー《エデュケーショナル・コンプレックス》と偽りの記憶症候群」(甲南大学人間科学研究所紀要、二〇一二年)。「理性の眠りは怪物を生みだすか?――インカ・ショニバレの船と布地」『表象05』(月曜社、二〇一一)など。

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車輪派宣言!「國府理 未来のいえ」

2013年07月26日

遅ればせながら西宮市大谷記念美術館で開催された「國府理 未来のいえ」展に訪れた。すでに会期も終わりかけているこの展覧会について、いまさら感想めいたものを書いても展覧会の呼び込みには役立たないのは残念ではある。余談だが、以前のブログを書いてから、もう半期が過ぎてしまった。年度の始めには意気込んでみたものの、私にはまったくもってコンテンポラリーのアートシーンについて何か批評するにはほど遠いということがますます自覚される。大学の業務や自分の研究プロジェクトへの関心で手一杯だ。せめてもの及第点を得るために期末にはレポートを提出しておかなければならないという学生時代のさもしい切迫感もあるかもしれないが(?)、本展について何か書いておかないと夜も眠れないと考えはじめたのは、本展によってまったく個人的な妄想が刺激されたからでもある。ちょうどレイランダーの有名な合成写真《夢》(1860年)のイメージのように。その妄想については後に詳述するとして、まずは展覧会の初発の印象を書いておこう。
阪急の駅を降り、夙川河川敷緑地の木陰を抜け、アスファルトを照りつけるいつもの暑い日差しのなか、阪神高速道路をまたぐ高架を渡って、大汗をかきながら美術館に辿り着くと、入り口には、巨大なパロボラアンテナでできた植木に出迎えられた。真っ白く塗られた鉄骨の上部には、きれいに刈り込まれた芝生と木が植えられている。國府の作品の特徴は、リサイクルした機械部品を組み合わせて、ユーモラスで独自の新しい乗り物や装置を再創造することにある。近年の國府の作品はより自然との「共生」が強調され、その使い古された機械の中や上部には草が繁っている。展示室へと進むと、ガラス窓の向こうに広がる美しい庭園(来る度にはっと息を飲む)の手前には、逆さまにされた白い車にもまた植物が生い茂っている。展示室の内と外との見事な対比にまずは感嘆するだろう。中身が抜かれ逆さまになった車は、チェンバレンの彫刻のような廃棄物のスクラップを連想させないこともないが、アメリカ的なダイナミズムと色彩の勢いが感じられるのではなく、むしろ巨大な盆栽の植木鉢と言った方がよく、廃墟の感覚と同時に破壊から隔たって穏やかに整えられたかのような時間の感覚もある。その感覚が「未来」と呼ばれるならば、イタリア未来派の躍動的で進歩的な未来ではなく、18世紀末に構想されたユベール・ロベールの奇想画に現れるような「未来」像といえるだろう。これから実現されるべき理想世界と破壊された古代の遺物とが同居するアナクロニックな未来である。

高度経済成長日本を象徴する自動車の廃棄物によって廃墟となった空間のなかの緑の繁殖は、1970年生まれのアーティストにとっての少年時代のアニメや漫画で見慣れてしまった空想の風景でもある。比較的彼と世代の近い私にとっては既視感なしには見ることができない。もはや原子力で宇宙へ飛躍する鉄腕アトムやウランの世界(その少年少女の夢のディストピアとしてのヤノベケンジのロボットややなぎみわのエレベーター・ガールたち)は思い出の対象ですらなく(とはいっても中学生の自分は手塚治虫全集の発刊のおかげむさぼるように手塚全作品を踏破しようとしたのだが)、厚い雲と気流を抜けるとぽっかりと出現する巨神兵が住まうジブリの世界(1986年)が既にわれわれの原風景をかたちづくっていた。もう少し大人になれば『ジョジョの奇妙な冒険』の、空き地にポツリと立った鉄塔に自給自足しながら住まう鋼田一豊大が待ち受けているだろう(第4部は1992年-1995年に連載)。彼はそこに学ラン姿のヒーローたちを引きずり込もうとして、こう訴える。「何を言っているんだちゃんと金を払って買った家だよ!!このわたしが捨てられた「鉄塔」を10万円で買って理想的な自給自足の家に創り上げたんだ」。こうした「未来のいえ」に住まう権利を申し立てる文字通りエコでせこい執着心にはどこか不気味な偏屈さがさらけ出されていると同時に、そのあけすけな素振りにはどこかかわいいとでも言いたくなるような悪びれなさも認めざるをえない。これは「ゼロ年代」に大人になった世代が彼らの少年期につちかわれたJ-自然主義とでも言えるような態度だろうか。しかし、こうした幻想も二回の震災を経た後にはノスタルジックな思い出話のネタに過ぎない。

國府の作り出すこれらの風景は、ピクチャレスクだが、私にとってはあまりにも作り物めいており、その既視感にやや気後れしながらも、奥へと進むと、自動車のフロントガラスの手前にプロペラが取り付けられた《Mental Powered Vehicle》(2006年)に出会うことになる。この動かせないが高速で空回りする機械と向き合っていると俄然テンションがあがってきた。冒頭に述べたようなつきまとうような妄想が頭をもたげてきたからである。その妄想とはデュシャン病と名付けたらよいだろうか。デュシャンの回転するガラス板やロトレリーフ、そしてその原型となるレディメイド作品《自転車の車輪》(1913年、今年は百年目を向かえる記念する年でありロンドンで展覧会が行われた)へと連想が広がる。美術館の中で丸い回転体を見つづけていると、頭の中に浮かぶ車輪のイメージのまわりで、様々な連想が回り続けるのに歯止めが効かなくなるのは私だけだろうか。かく言う私は当然、「便器」より「車輪」派である。著名/偽名ひとつで芸術とは何か、所有とは何かという終わりのない疑問符を矢継ぎ早に突きつけ、白い陶器の艶めかしさによって汚物を聖化して価値転覆を企てるセンセーショナルなデュシャンよりも、偶然の組み合わせの美、素朴な木と鉄の風合い、アポロン的で古典主義的な平静さに身を委ねるデュシャンの方が好きだと、ここに告白しておこう。車輪を回すと薪の火の動きを思い出すから、暖炉の代わりに回る車輪を置こうと考えたデュシャン。デュシャンにとっての「未来のいえ」とは暖炉のある部屋で夢想や沈思できるありふれた場所だっただろう。國府もまた、未来派野郎ではなく、デュシャン病に違いないという勝手な見立てのおかげでで、ある種の既視感に対する気後れは和らいでいった(これは作家本人に直接尋ねたわけではなく、まったくの私の妄想であることを断っておきたい)。動力エネルギーは身体運動の速度よりも頭の回転の速度のもとなのである。國府のデュシャンの美学への傾倒はKOKUFU MOBILEという白いボディへの著名に見て取れる。

本展示では、過去作品のビデオが展示され、それらを収めらた丁寧なカタログも用意されている。國府の作品は、時には実際に動かすことのできる「機能的」な乗り物がある一方で、時にはナンセンスな想像の産物もあり、また、リサイクル部品の選択はそのテクノロジーの歴史性に鋭敏であるのと同時に、ロバート・スミッソンのように歴史のスパンを超越するかのような飛躍も許容する(くじらWhaleは関西の古層に化石として出現すると同時にWheelからの飛躍でもあるように思われる)。コンセプトやユーモアに力点が置かれているのかと思うと、フォルムへのフェティッシュなまでのこだわりも垣間見える。

夜が明けてしまったので、この項次回に続く。展示二階の近作についての見解を述べます。図版やリンクは後ほど修正します。