『中原浩大 自己模倣』展


藤幡正樹

入口から階段を下って行く際に見える展示風景



当日、展示の空間へ降りていく内に、なにかが氷解して、とても愉快な気持ちになった。美術館の入り口から微妙な階段を下って行くようになった会場は、歩きながらその先にすでに見えているいくつかの作品(というかインスタレーションというか)が見えているので、その先に置かれているものについて、いろいろと考えさせられるわけなのだけれども、実際にそこにたどり着いた時には、そこまでに考えていたことが裏切られたりする。実際、一段下がった展示室に着くと、会場構成もいわゆる回廊型ではなくて、広い場所に作品が散在している形で、一度に全体が見渡せてしまうから、普通だったら非常に展示がやりにくいはずなんだが、それがまったく気にならない。なんてことだ。まいったな。僕が「とても愉快」と感じたのは、こういうことで、けっして作品にユーモアがあるとかいうことじゃない。

展示室内



まず、意外だったのは自分といろいろな共通点があるということを感じたことだった。それは「コンテンポラリー」と呼んでもいい問題かもしれない。例えば、「美術にも勉強が必要だ」というのはどうだろうか。学校の勉強が嫌いで、美術大学に進んだ人も多いかもしれないが、物を作るには段取りってものが重要で、結局構築的に考えることができない人は、最終的にものがうまく作れないので、学校の勉強ができない上に、考えることもできない人には美術は無理だ。物を作る、組み立てるには常にこうした思考、発想が必要なのだけれども、それは教科書を読んでもわからない。実際に作ることそのものが勉強するってことだ。ただ、ここで問題なのは美術の勉強は見よう見まねでいいと思われてしまうことだ。それはおかしい、見よう見まねでいいのは内容について語り合う必要がない閉じた文化の中にいる時だけの話で、いろいろと異なった文化が接触するようなコンテンポラリーな状態の中では、他者理解のためにも勉強は必要だ。

それでは「あのアーティストは、頭がいい」というのはどうだろうか。美術にもソリューションというのがある。それは表現が社会的なものであり、作品そのものが文脈を持っているからだ。あるいは、文脈を読めなければ社会化しないと言ってもいい。自分の声そのもの以上に、その声を届ける方法についても自覚的である必要があるということだ。僕が会ったことのある優れた作家は、揃ってみんな頭がいい。彼らは、普通では考えられないようなソリューションを提示する。またそれ自体が作品であったりもする。つまり、相互理解の問題として美術や芸術が考えられているのだ。

中原浩大展で感じたことは、彼がとても聡明で、勇気があって、さらに孤独だということだった。聡明であるためには、勉強ができるだけではだめだ。真似できるだけでもだめなんだ。自分なりの方法や視点を見つけ出すことができるという聡明さだ。でもそれを実現するにはあの年齢で、あの時代では、そうとうの勇気がいったはずだ。その勇気は、孤独をもたらすことになる。それはあまりにもそのころの美術の流行とはかけ離れていたからだ。聡明で勇気があったら、もっとちやほやされてもいいもんだが、かけ離れているだけに理解が及ばず、実際には孤独が訪れる。どうしてそんなことになるんだろうか? それは不思議なことだけど、自分の足元を掘り進んだために、結果孤立してしまったのだ。

明治以降に急速に近代化した日本は、さまざまな意味で西欧の文化を受容する必要があった。モダンになることは文化や技術を知り、追いつき追い越すことだったが、市民社会の形成には失敗した。市民社会の成立とは、追いつくことでもなんでもない。同時代に生きる他者を知るためには、自分の足元を見つめ直す必要があるのだ。そのための勉強であり、そのための勇気であり聡明さだ。流行に振り回されずに、オリジナルであるためには自分の身の回りから見直す以外にないということに、彼は早くに気がついてしまったのに違いない。問題は「乗り越える」といった性質のものではないということに気がついたということだ。海外の流行を教養として学ぶことではなく、世界共通の同時代的な問題として自分のことを見直すことが必要であると。

彼の仕事が、日本で非常に重要な位置を占めることは、彼の方法論を真似た作家や作品が多く出回っていることを見ても明白だろう。その源泉は「少年の好奇心」にある。意味の理解が深まりおとなの仲間入りをする以前の純粋な好奇心。僕にはそれを断定することはできないが、それが中原少年の降りていった井戸であるように見え、それは僕自身の井戸ととても似ていた。似ていないはずだったのに、似ていたのだ。しかも、それを彼は包み隠さず、堂々と見せている。そのあっけらかんさに愉快になった。あきれるぐらいのあっけらかんさは、こどものかじった紙の箱やたくさんの◯が描かれたカッティングボードが展示されていることに極まっている。それは怖くなるぐらいの自由さであると同時に、自分自身の生き方に対しての誠実さに満ちていた。それはその日たまたま会場を一緒に散策されていたご本人のご家族との対応にも感じられ、特に娘さんが「お父さんの作るものってくだらなーい」というのを楽しそうに聞いている中原くんを見ることができたのは、僕にとっては、とても救いだった。孤独に耐えて、寂しさを表現に変えてゆく強靭さには、本当に恐れいりました。いいものを見せてもらって、ありがとうございます。

 

ふじはた・まさき メディアアーティスト、東京藝術大学教授

 

「子どもが角をかじった箱」(2007-08年頃)



左:「子どもの作ったドット地図」(2011年)、右:「Beads exp_01」(2011年)



撮影:永禮 賢(岡山県立美術館提供)
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『中原浩大 自己模倣』展(岡山県立美術館) 2013.9/27 – 11/4
REALKYOTO PICKS
『中原浩大 自己模倣』公式ウェブサイト

 

(2013年10月25日公開)