『三瀬夏之介 日本の絵-執拗低音』展 レビュー

三瀬夏之介展と東北画~混沌から新たな秩序は生まれるか?


服部浩之

三瀬夏之介は奈良に生まれ、京都で日本画を学び、再び奈良に戻り高校の美術教師として働いた後に、フィレンツェへ留学し、帰国後は縁あって山形を拠点に活動している。民俗学への強い関心から自身が経験するそれぞれの土地に触発されながらも、同時に一貫して「日本」という存在とその歴史に対峙する悠然とした姿勢を見せる広い振幅と複雑さを備えた作家だ。

本展では、《日本の絵~執拗低音~》が新作として発表された。展覧会名にも採用された「執拗低音」は音楽用語で、低音部において同一音型を執拗に反復するオスティナート技法の一種だ(*1)。日本思想史家の丸山眞男は、日本が外来思想を受け入れる際の、日本的な変容の働きを説明する言葉としてこの音楽用語を援用した(*2)。そのような背景をもつ本作は、三瀬が度々言及してきた通称「逆さ地図」、正式名称「環日本海・東アジア地図」(*3) をモチーフとした、近年彼が取り組んでいる巨大な旗状の作品群のひとつだ。作品は通常の日本画では考えられないようなラフなかたちで、多数のハトメ穴が穿たれ天井から吊られている。紙は荒く継ぎ足され、コラージュにより様々な要素が埋め込まれ、紙同士が紐で繋ぎ留められている部分も多い。

三瀬夏之介《日本の絵~執拗低音~》2015年(部分)
京都市美術館(撮影:表 恒匡)



少し俯瞰して紐で繋がれた輪郭線を追うと、あるかたちが浮かび上がってくる。それこそが逆さにされた日本地図だ。私たちの多くは、日本はアジアの右端(東の果て)に位置し、さらにその右側(東側)には太平洋が開けていると考えているだろうが、この地図はその世界認識の変更を迫る。この作品には描かれていないが、その下にはロシアや中国の大陸が控えており、日本列島は大陸に蓋をしているように見えなくもない。三瀬に尋ねると、日本海を介して下半分に位置するロシア、中国、朝鮮半島などの大陸側を描いたもうひとつ別の作品が存在するという(*4)。そしてその下半分の作品と本作を合体すると、くり抜かれた日本海部分がひとつにつながり、日の丸を想起させる円形の穴が出現するそうだ。想像上で結像する巨大な穴としての日の丸という国旗の姿は、中心は空虚で無数の周縁のみが存在する日本の盆地世界の構造を描き出しているとも言えよう。近視的に三瀬の作品を眺めると、具象抽象織り交ぜた様々なイメージが詳細に、そして執拗に描き込まれていることが分かるが、一旦距離をおいてその全体構造を眺めると、貼り合わされた紙一枚一枚の形状やその組み合わせから生じるヴォイドの集合が、日の丸らしき不穏な記号を不在の象徴として描き出していることが判明する。この近視眼的な個人の内的表現と、世界の構造を描こうする俯瞰的な距離感の渾然一体とした様相が三瀬作品の妙であろう。

三瀬夏之介《日本の絵~執拗低音~》2015年
京都市美術館(撮影:表 恒匡)



ところで、この新作には見覚えのある部分が複数存在する。三瀬は、過去に発表した作品を解体し、それらを部分的に新たな作品へと吸収し展開していく。本作に埋め込まれた三幅の掛け軸や新聞がコラージュされた部分は、2013年に《ぼくの神様》というタイトルで発表された作品の一部であった。繰り返し同じ素材、形態や記号を一定のリズムで用い、それらを集積させ、少しずつ変奏することで絵地図のような作品を形成する。そしてそれは、いずれまた別の主題を与えられた別の作品へとさらに変奏されていく。完成や定着を拒絶するように、場所を超え、時を超えて、執拗な反復と微細な変異により常に移ろい変わり続けることを希求するのだ。

三瀬夏之介《日本の絵~執拗低音~》2015年(部分)
京都市美術館(撮影:表 恒匡)



この混沌としたまま多様な要素を内包し、どこかに収束することを拒む渾然一体感は、本展と併置して展開された『東北画は可能か?』(*5) を想起させる。この活動は、大学におけるオルタナティブな美術教育(あるいは学び)の場として、学生たちが主体的に「美術」や「地域」「社会」を問い、それぞれ固有の場所から普遍性のある表現のかたちを模索するものだ。三瀬自身がチュートリアル活動と表現するように、もともと教育の一環として開始されたものだが、現在の三瀬にとっては教育活動以上の、必要不可欠な表現の場となっているように思われる。学生メンバーは毎年少しずつ入れ替わり、規模や雰囲気も年々変化しているだろうが、そういう変化を肯定的に捉え、様々な矛盾や衝突を内包し、それらが渾然一体のまま継続される協働のかたちは、これもまた収束を望まないものだ。

『東北画は可能か?』京都市美術館(撮影:表 恒匡)



「東北画」において学生たちは、民俗的なものへの強い興味関心を抱き、入念なリサーチをベースに、個人的な物語に依拠した東北の山形という土壌から生まれてくる特殊性と、歴史というさらに大きな概念や普遍性との融和をもとめ、創作を探求している。この方法論は、実は三瀬の絵画の方法論そのものではなかろうか。三瀬は、彼個人が見出した方法論を広く共有し集団として実践していくことで、単なるアーティストコレクティブを超えた何か大きなムーブメントを起こそうと模索しているのだろうか。自身の知識と経験を開き、「東北画」という協働のプラットフォームを形成することで、新たな芸術表現としてのうねりを生み出す試みの実践であると考えると、三瀬が自身の個展と「東北画」による作品群を併置して展覧したことも大いに納得できる。この試みが、これから何処に向けて舵を切られていくのか未だ予測はつかないが、少なくともすでに6年近く地道に継続され、公共の美術館でも展覧され、今回展示された作品のようにやなぎみわのような第一線で活躍する作家とのコラボレーションを実現するなど、常に新たな挑戦をしつつも地道に描き続け、それこそ執拗に一定のリズムで低音を響かせるように、じわじわと響き共鳴していくことで、急進的な革命とはならないだろうが、ゆっくりと醸成される新たな協働の姿として、ひとつの表現の境地を切り開く日が来るかもしれない。三瀬を中心に渦巻く混沌とした「東北画」といううねりが、ひとつの秩序をもった芸術表現の新たなムーブメントを引き起こすことは可能だろうか?



はっとり・ひろゆき
1978年愛知県生まれ。早稲田大学大学院修了(建築学)。2009年より青森公立大学国際芸術センター青森[ACAC]学芸員。現在はあいちトリエンナーレ2016キュレーターとしても活動中。MACという略称で、アートの創造性に着目しオルタナティブな生活術を模索する活動を国内外で展開。近年の企画に、7ヶ国13名のキュレーターとの協働により東南アジア4都市と日本で実施した『MEDIA/ART KITCHEN』(Galeri Nasional Indonesia, MAP KL, Ayala museum, BACC, YCAM, ACACほか|国際交流基金、2013-14年)や十和田奥入瀬芸術祭『SURVIVE ~この惑星の、時間旅行へ』(十和田市現代美術館、奥入瀬地域、2013年)など。



〈注〉
*1 バッソ・オスティナート(basso ostinato [伊])は、「執拗なバス」の意。バス声部において、同一音型を絶えず反復するもの。「執拗低音」「固執低音」とも。(『新編 音楽中辞典』音楽之友社、2002年より抜粋。)

*2 本展チラシに掲載された三瀬夏之介のテキストより。

*3 富山県が平成6年に作成し、平成24年に改訂版を出版した地図。富山県刊行物センターより購入可能。網野善彦『「日本」とは何か』(講談社、2000年)などで紹介される。

*4 金沢21世紀美術館にて、2015年4月25日(土) 〜8月30日(日)の期間で実施中の展覧会『ザ・コンテンポラリー1 われらの時代:ポスト工業化社会の美術』に出展されている。

*5 東北芸術工科大学で日本画を教える三瀬と洋画を教える鴻崎正武を中心に、「東北」における「美術」を考えるチュートリアル活動として2009年に結成された自主的な活動帯。本展では「東北画は可能か?」として、2014年にやなぎみわとコラボレーションした移動舞台車の装飾原画を展示している。

(2015年5月25日公開)


 

▶『三瀬夏之介 日本の絵-執拗低音』展(同時開催:『東北画は可能か?』)
2015年4月7日(火)~4月26日(日)京都市美術館