高橋悠治 with 波多野睦美


浅田 彰

2011年2月27日に神戸の松方ホールで高橋悠治・波多野睦美コンサートが開催された。演奏が素晴らしかったほか、高橋悠治の即席のレクチャーも内容豊富だったため、覚えている範囲でメモしておこう(当然、文責は私が負う)。

 

第1部:高橋悠治ソロ

バルトーク:チーク県の3つの民謡(1907)
チャポー:砂漠の行進(1992)

バルトークの曲は民謡調査の成果を反映したほぼ最初の作品とのこと。曲もリズミカルな演奏も素晴らしい。この時期、バルトークのほか、コダーイ、ライタらが民謡調査をする。バルトークは国外に出るが、コダーイはいわば国民音楽の形成に向かい、社会主義リアリズムの時代にも認められる一方、ライタは新古典派と民族性の融合を目指しつつ、戦後、ハンガリー動乱を支援したため迫害されることになる。

ハンガリー動乱を機に、リゲティが国外に出て国際的な前衛に加わる一方、クルタークは国内で社会主義体制の弾圧を逃れつつパーソナルなネットワークによる音楽活動にこだわる。そのクルタークの下で学び、アメリカでフェルドマンやケージに師事したチャポー(1955生)が、第1次湾岸戦争の後につくったのが「砂漠の行進」で、そこに西欧文明の終局を見たチャポーにより、さまざまなクラシック音楽、そしてEU賛歌(ベートーヴェンの「歓喜の歌」)とアメリカ国歌がパロディされていく。30分を超える大曲で、聴き通すにはやや忍耐を要するが、演奏は力強く、同じ演奏者によるジェフスキーの「不屈の民」変奏曲を思わせるところも。

 

第2部:波多野睦美+高橋悠治

フェルドマン:オンリー(1947)
ケージ:18の春のすてきな未亡人(1942)
クルターク:何と言うか(1990)
高橋悠治:長谷川四郎の猫の歌(2010)
バルトーク:20のハンガリー民謡(1929)から「セーケイのゆっくりした歌」と「セーケイのはやい歌」[アンコール]

まずチャポーゆかりの3人の歌。

フェルドマンの「オンリー」は、リルケの「オルフォイスへのソネット1-ⅩⅩⅢ」英訳に節をつけた無伴奏歌曲。飛行機のもたらす「彼方」への夢を歌う。モーダルでやや民謡風のところも。

ケージの「18のすてきな未亡人」は、ジョイスの「フィネガンズ・ウェイク」による歌で、蓋を閉じたピアノを叩く伴奏がつく。ケージは、1942年に西海岸からニューヨークに移り、ジョゼフ・キャンベルとジーン・アードマンのアパートに転がり込んだ。後に神話学で有名になるキャンベルは、ジョイスの解読に熱中しており、ケージに大きな影響を与える(他方、ダンサーのアードマンは、マーサ・グレアムの舞踊団に参加する一方、独立した活動もしており、マース・カニングハムと並び、ケージがダンス音楽を書くきっかけを与えた)。

波多野睦美はイギリス・ルネサンスのリュート・ソングでデビューした歌手なので、清潔なノン・ヴィブラートの声と明晰な英語の発音がこれらの歌によくフィットして素晴らしい。なお、フェルドマンの無伴奏歌曲は客席の真ん中で歌われた。

クルタークの「何と言うか」は、交通事故で失語症になったハンガリーのシャンソン歌手のリハビリテーションのため、パーキンソン氏病で失語症になったベケットの書いた「Comment dire ? / What is the word ?」のハンガリー語訳をテクストとして作曲されたもので、ピアニストのキューに応えピアノをなぞりながら歌手が歌う。最後にエピローグとして「ヤテコク(遊び)」からの「人は花」がつく。今回は日本語訳で歌われたが、高橋悠治のキューと歌との即応が非常に面白い。

続く高橋悠治の作品は長谷川四郎の5つの詩による歌曲。語りの線とピアノの線の絡み合い。詩の内容からして、やや遺言めいたところもあるが、あくまで軽やか。

アンコールに歌われたバルトークは、最初の曲と対応するもので、ピアノのリズミカルな伴奏も素晴らしい。

このように、バルトーク以降の音楽史を踏まえつつ、波多野睦美の特質を生かした、これは非常に聴きごたえのあるコンサートだった。

体制の弾圧の下でひそかなネットワークを通じて維持される音楽活動というクルタークのヴィジョンは、冷戦終結後のいま、たんなるマイナー志向と混同される恐れも無くはない。だが、高橋悠治がいまそれに惹かれ、体制に迎合するのでもなければ、反体制運動の前衛としてそれと真っ向からぶつかるのでもない、別な形のコミュニケーションの技法を模索している姿は、われわれにとってもきわめて示唆的だ。前衛音楽が退潮し、ありとあらゆる音楽を並列したマーケットがインターネットに乗って世界を覆ったかに見えるいま、そこに回収されない「別な音楽」は、そのような技法によって辛うじて生き延びていくのかもしれない。

 

(2011年2月27日公開)