浅田 彰×黒瀬陽平「ポストモダン・ジャパンの行方――意見交換」[第2ラウンド]1


 

以下に掲載するのは、2014年5月にカオス*ラウンジが主催した展覧会『LITTLE AKIHABARA MARKET』の公式ウェブサイトに、企画者である黒瀬氏が執筆した文章です。当該展についての浅田氏の文章はその後に掲載しました。展覧会の概要は<http://www.chaoslounge.org/>をご覧下さい。(編集部)

 

|| 黒瀬陽平 日本的イコノロジーの復興 ||

まずは、本展のメインビジュアル作品《リトルアキハバラ@謝肉祭*ぉハョー/^0^\美術コア》(2014年、図1)を見ていただきたい。
この作品は、山形在住の日本画家・久松知子(ひさまつ ともこ 1991年生まれ)による大作《日本の美術を埋葬する》(2014年、図2)をベースに、カオス*ラウンジのメインアーティストのふたり、梅沢和木(うめざわ かずき 1985年生まれ)と藤城嘘(ふじしろ うそ 1990年生まれ)がデジタルコラージュで加筆した作品である。

図1 梅沢和木+藤城嘘+久松知子
《リトルアキハバラ@謝肉祭*ぉハョー/^0^\美術コア》
デジタルコラージュ、2014年



図2 久松知子《日本の美術を埋葬する》
パネルにアクリル、岩絵具、2014年



《日本の美術を埋葬する》は、フランスのリアリズム画家・クールベの《オルナンの埋葬》(1849-50年、図3)のオマージュとして、久松自身の日本美術に対する愛憎入り交じる想いを描いたものだ。よく知られているように《オルナンの埋葬》は、無名の農民たちの葬列を、あたかもナポレオンの戴冠式のごとく描いたことでスキャンダルとなった。つまり「歴史画」の地位を「風俗画」によって引きずり降ろすことでもあったわけだが、とはいえ、それが直接に「風俗画」の解放を意味していたわけではなかった。たとえば、市民革命の理念を支持した同時代の絵画が、明確に民衆を主役に据え、彼らを「代表」していたのに対して、ほぼ等身大で描かれたオルナンの農夫たちは、何者も代表していない。私たちは、ただただ、空位となった「歴史画」の座が、物質としての油絵具によって塗り込められている様子を見るのみである。この、破壊の後に残る居心地の悪さが、差し当たって「写実主義(リアリズム)」と呼ばれるものであった。

図3 ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》
キャンバスに油彩、1849-50年



対して、久松によるオマージュは随分と趣を異にしている。横山大観風の富士山を遠くに望み、東北の山々に囲まれ、日本美術史のプレイヤーたちによって厳粛にとりおこなわれる「日本美術の葬儀」。それは紛れもない「歴史画」であり、画面には意味が充満している。クールベのような破壊的でアナーキーな仕掛けとは反対の、ナイーブな「歴史画」の延命処置。おそらく久松は、クールベが《オルナンの埋葬》において「歴史画」を埋葬したようには、「日本の美術」を埋葬できなかった。

図4 平山郁夫《日本美術院血脉》
紙本着色 額装、1965年



しかし、また別の見方をすることもできる。オマージュにおいて重要なのは、オリジナルをいかに反復するかではなく、差異を生むことである。
いま一度、画面をよく見れば、葬列には2種類の人間が入り乱れていることがわかるだろう。つまり、村上隆や会田誠、奈良美智といった「生者」たちと、岡倉天心や藤田嗣治、平山郁夫といった、すでに埋葬されたはずの「死者」たちである。生者たちがこれから墓穴に入るのだとしたら、そこに並んでいる死者たちは、その同じ墓穴から出てきたのであろうか。いずれにせよここでは、久松自身が画家として抱えている個人的な葛藤が、日本美術史に対する「死と再生」の儀式として描かれている。それはかつて平山郁夫が描いた《日本美術院血脉図》(1965年、図4)や、横尾忠則の《懐かしい霊魂の会合》(1998年)といった系譜を想起させながらも、そのあまりにもぬけぬけと繋がった生と死の空間は、明治以来の「日本画」や「洋画」の圏域に収まりきらない特異性を感じさせる。

梅沢と藤城によって加筆された《リトルアキハバラ@謝肉祭*ぉハョー/^0^\美術コア》は、「死と再生」の儀式をさらにエスカレートさせていると同時に、久松作品に対する的確な注釈として読むことができるだろう。
墓穴から大鯰を引きずり出しているキャラクターが示しているように、画面を覆い尽くす「二次創作」のキャラクターたちは、死者の世界と関係を持っている。そもそも、同じキャラクターが異なる作者、異なる物語によって繰り返し召還され続ける「二次創作」という営みは、オタクカルチャーにおける「死と再生」の儀式にほかならない。つまり、《日本の美術を埋葬する》で描かれた生者と死者が混在する世界は、その表向きの主題が参照している「日本画」や「洋画」よりも、現代日本のキャラクター空間と密接に関係しているのである。

とはいえ、以上のことから「死と再生」を扱うキャラクター的空間が日本美術史と切断されている(そして非歴史的なオタクカルチャーにのみ属している)と結論づけるのは早計に過ぎる。なぜなら、ここでいう美術史を「明治以来」に限定さえしなければ、見通しは大きく変わってくるからだ。

図5 ハタユキコ《ワンダフルニッポン》
キャンバスに油彩、アキーラ、2014年


図6 ムカサリ絵馬


久松と同じく山形の東北芸術工科大学出身で、現在は仙台で作家活動を続けるハタユキコ(1988年生まれ)の作品は、このことに対する大きな示唆を与えてくれる。ハタの大作《ワンダフルニッポン》(2014年、図5)は、「ムカサリ絵馬」と呼ばれる山形の「死霊結婚」の儀式をモチーフとしている。「ムカサリ絵馬」は、未婚のまま死亡した結婚適齢期の子女に対し、巫女の指導によって選ばれた配偶者と婚礼を挙げている場面を絵馬に描いて奉納する、というもの。
ムカサリ絵馬はさほど古い風習ではないが、このような死霊信仰の歴史自体は実に長い。山折哲雄によれば、死霊信仰や祖霊信仰は、日本において民間信仰として広く根づき、神信仰(神道)と仏信仰(仏教)という異なるふたつの信仰を媒介し、浸透させるための重要な役割を担っていたという。
実際に奉納されている絵馬を見れば明らかなように(図6)、二次元の世界で祝儀を挙げる未婚の死者は、まさにキャラクターの姿そのものである。さらに「ムカサリ絵馬」で描かれる結婚相手は、実在しない婿や嫁を描く場合もあるという。実在せず、キャラクターとしてのみ描かれた「婿」や「嫁」は、現在もオタク文化のなかで愛されているキャラクターたち(オタクたちが言うところの「俺の嫁」)と何ら変わらない。

ハタが《ワンダフルニッポン》で描く「ムカサリ絵馬」は、戦死した軍人がアニメのお面をかぶった新婦と祝儀を挙げている場面である。さらに、新婦のお腹は大きく膨らみ、帯にはマタニティーマークをいくつも貼付け、新婦が妊娠していることを明示している。そして、空からは大きな爆発とともに、無数のゼロ戦と様々なキャラクターたちがこちらへ迫ってくる。
ここで重要なのは、ゼロ戦や殉職軍人が仄めかす「敗戦」や「戦後」「アメリカの影」といったテーマではない。ハタは、ムカサリ絵馬のキャラクター的表現を現代のオタク的キャラクターと直結させ、さらには、死者(キャラクター)の世界を経由することによって再生する(新婦の懐妊)という、より深い宗教的な表象の次元へと踏み入っているのだ。それは、失われつつある日本的イコノロジーを、現代の表象と組み合わせることで復活させようとする、きわめて壮大かつアクチュアルな試みなのである。

日本の視覚文化において、二次元的表現はいつも「人間を超えたもの」を表すために用いられてきた。つまり、生者が触れることのできない死者の世界、そしてなによりも、神や仏といった聖なるものの世界を描こうとしてきたのである。絵巻や仏画だけでなく、仏像などの立体物でさえ二次元的な「平面性」「前面性」を持っているのは、それらが人間を超えたもの(=神仏)を描いているからだ。キャラクターは、人間に似ているようで人間ではない。それは仏像が、ギリシャ・ローマの「人体像」ではないように、そうなのだ。

ムカサリ絵馬のような、現在にも残る信仰が示しているように、私たちの「祈りのかたち」は、二次元的表現、つまりキャラクターを依り代として、連綿と描き継がれてきた。そして「鯰絵」の例をひくまでもなく、過去に何度もこの国を襲った震災から生み出された「祈りのかたち」もまた、キャラクター表現によって担われてきたのだ。

だとすれば、いま現在、震災後を生きる私たちがキャラクターを描く行為は、この国の「祈りのかたち」の歴史にどこかで繋がっているはずである。現代のキャラクター文化を「祈りのかたち」の歴史と接続し、新たな表象を生み出すこと。つまり、もはや失われた多くの日本的キャラクター表現の古層を、新しいかたちで現代に復活させること。 これこそが、私たちの成しうる「文化的復興」ではないだろうか。
それはたとえば、絵合わせ的に意味を特定することに終始する「イコノグラフィ」でもなければ、キリスト教的図像とそれ以外(異教的図像)を仕分けし分離させようとする類いの図像学でもない。私たちは、時を遡り、歴史の古層に眠る図像を発掘するイコノロジストであると同時に、それらを積極的に現代のキャラクター表現と交配させる育種師でなければならない。
それはいわば、現代アートとしての「日本的イコノロジーの復興」なのである。

(くろせ・ようへい 本展キュレーター、カオス*ラウンジ代表、美術評論家)


 


 

最終日の前日にようやく『LITTLE AKIHABARA MARKET』展を見ることができました。まず、それがたいへん興味深い展覧会だったことを強調しておきます。

企画説明には

本展のコンセプトのベースとなっている「LITTLE AKIHABARA」構想は、2011年11月に「震災後のオタクカルチャー」を描いた『カオス*イグザイル』(「FESTIVAL TOKYO 2011」主催作品 )のなかから生まれたものであり、本展は『カオス*イグザイル』『LITTLE AKIHABARA MONUMENT』(2013年12月)に続く展示となる。

とあります。僕は『カオス*イグザイル』を見ていないので総合的な評価を下すことはできないけれど、『LITTLE AKIHABARA MONUMENT』と『LITTLE AKIHABARA MARKET』はもっと chaotic (それこそ黒瀬さんの注目する「ドンキホーテ」の店舗のように?)であっていいんじゃないかと思えるほど明快にまとまっており、僕のような「旧世代」の人間には(そしてたぶん六本木ヒルズを通りかかる人たちにも)見やすい展覧会だったと言えるでしょう。

『LITTLE AKIHABARA MARKET ―― 日本的イコノロジーの復興』
カオス*ラウンジ 2014年5月 撮影=中川周



知ってのとおり、僕は黒瀬さんたちの戦略のほぼすべての面に;
 —オタク文化の特権化に、
 —オタク文化を通じた土俗的なものの復権——一般にポストモダンなものを通じたプレモダンなものの復権(『週刊ソラリス』1号で「ポストモダニズム右派」と呼んだもの)に、
 —さらにいえば「(死と)再生」や「復興」の物語とそれによる共同性の捏造・動員に
 —また、一般論として、ごった煮的なマキシマリズムに、
批判的なのだけれど、そんな僕に「面白い」と言わせるのだから、「Good Job」と言っていいでしょう。

この基本的な「YES」を前提とした上で、とくに会場に掲示されていた黒瀬さんのマニフェスト「日本的イコノロジーの復興」をめぐり、いくつかの「?」をアト・ランダムに書きつけておきます。

この展覧会は、久松知子がギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》(1849-50年)のパロディとして描いた《日本の美術を埋葬する》(2014年)——黒い服を着た名も無い農民の葬列の代わりに、岡倉天心から藤田嗣治や平山郁夫をへて浅田彰や黒瀬陽平にいたる美術家や美術批評家の群像が描きこまれている——を中心に構成されています。

久松知子《日本の美術を埋葬する》
パネルにアクリル、岩絵具、2014年



ギュスターヴ・クールベ《オルナンの埋葬》
キャンバスに油彩、1849-50年



クールベの大作は、ダヴィッドの《ナポレオンの戴冠式》(1806-07年)のように壮大な、しかし、パリの公衆には誰が描かれているのやらわからない、黒っぽい油絵の具によって塗り込められた画面であり、絵画のモダニズムはそこから始まる。黒瀬さんのそのとらえ方はおおむね正しいでしょう。

ただ、クールベはそれで「歴史画」を埋葬して終わったわけではない。1848年革命の成果をナポレオンの甥が簒奪して第二帝政が成立するという悪い漫画のような経過のあと、1855年に発表された≪画家のアトリエ≫は、そのナポレオン3世からボードレールにいたる同時代の有名人たちが、ドーミエの風刺漫画なみに誰が見てもわかるような形で、しかも中心のクールベ自身の左右で悪玉と善玉に分かれて描かれた、いわば壮大な風刺漫画的歴史画(クールベの撞着語法では「(私の芸術的生涯の7年間を要約する)現実的アレゴリー」)です。

その文脈を踏まえて言えば、「埋葬」というテーマにこだわりたかったのはわかるにせよ、「有名人」群像ということだと本当は《画家のアトリエ》が問題になるはずでしょう(これは黒瀬陽平に対する問いである以上に、久松知子への問いです。ちなみに、彼女から肖像権にかかわる許諾請求の手紙が来たとき、「写真でもないのだし、表現は自由だ」という返事に添えて、次の問題は《画家のアトリエ》だろう、というようなことを書いた記憶があります)。

ギュスターヴ・クールベ《画家のアトリエ》
キャンバスに油彩、1855年



ここでついでに確認しておくと、そういう意味で、僕はオタク文化を特権化するのに反対だとはいえ、漫画/マンガをバカにしたことはないので、むしろ、ドーミエの漫画があって初めてクールベがある(日本でそれに対応するのがチャールズ・ワーグマン/高橋由一である——これについては「Realkyoto」のブログの「高橋由一に始まる」[2012年10月20日] で簡単に書いた)と考える立場です。

さて、「日本的イコノロジーの復興」に戻るなら、黒瀬さんは、「おそらく久松は、クールベが《オルナンの埋葬》で『歴史画』を埋葬したようには、『日本の美術』を埋葬できなかった」とした上で、死者と生者が何の区別もなく入り乱れるその画面に生と死の両義性を見てとり、それを「死と再生」のテーマへとつなげてゆくのですが、そのあたりの論理は十分に展開されているとは言えないでしょう。その「あまりにもぬけぬけと繋がった生と死の空間」は、むしろ、「死と再生」の神話を無効にしてしまうあっけらかんとした平板性をそなえており、むしろそこが面白い——僕は逆にそう感じてしまうのだけれど、それは間違いでしょうか? そもそも久松作品がクールベ作品のパロディであり、またそこに描かれるのが日本近代美術史のプレーヤーたちである限りにおいて、それは、ただちにプレモダンな「死と再生」の神話と接続される前に、まずはモダニズムとの関連で論じられるべきではないでしょうか?

これは久松作品の解釈をめぐる問題ですが、何より問題なのは、作者自身が承諾していればそれでいいに違いないとしても、彼女の東北芸術工科大学卒業制作にカオス*ラウンジが全面的に寄生し、それを自分たちの文脈に引きずり込んでしまうのがいいのかどうか——寄生される側が女性であり、寄生する側の主要メンバーがすべて男性であることは問題にしないとしても、本来、別の文脈にも接続し得る若いアーティストの作品を強烈な文脈の中で一義的に意味づけてしまうのがいいのかどうか、ということでしょう。

黒瀬さんは、そのあと、ハタユキコの作品をさらなる手がかりとして、プレモダンな「死と再生」の神話と、ポストモダンなオタク文化を、とくに二次元的なキャラクターを媒介として結びつけ、そこに「失われつつある日本的イコノロジーを、現代の表象と組み合わせることで復活させようとする、きわめて壮大かつアクチュアルな試み」を見ています。

すでに述べた通り、僕はそのようなプロジェクトに懐疑的だけれど、ひとまずそれは措いて、マニフェスト「日本的イコノロジーの復興」についての具体的な疑問だけ書きつけておきましょう。

そこでは「日本の視覚文化史において、二次元的表現はいつも『人間を超えたもの』を表すために用いられてきた。つまり、生者が触れることのできない死者の世界、そしてなによりも、神や仏といった聖なるものの世界を描こうとしてきたのである」と書かれています。しかし、二次元的表現のなかにも現世的・世俗的なものはあるし、また彼岸的なもの・聖なるものの表現にも二次元的でないものはあるでしょう。「キャラクターは、人間に似ているようで人間ではない」というのはいいとして、「それは仏像が、ギリシャ・ローマの『人体像』ではないように、そうなのだ」というのはどうでしょうか。そもそも仏像はアレクサンドロス大王の東征をきっかけにギリシャの「人体像」がガンダーラあたりにまで入ってきて成立したわけでしょう。遠くその流れを汲む日本の仏像、あるいは別の起源をもつ神像について、おおむね正面性が強いということは言えるとしても、「二次元的である」とまで言い切れるでしょうか(たとえば多面多臂の像、あるいは空海が東寺につくった立体曼荼羅のような仏像群まで含めて考えたときに)。あるいはまた、キャラクターは二次元でなければいけない、言い換えれば三次元的なキャラクターはキャラクターたり得ない、と言い切れるでしょうか(たとえば奈良の「せんとくん」が嫌われた理由のひとつは三次元的すぎたことであるようにも思うので、黒瀬さんの言わんとするところは何となくわからないでもないのですが)。総じて、二次元的なキャラクターを媒介としてプレモダンなものとポストモダンなものを結びつけるという戦略が、議論に無理を生じさせているように思えます。

なお、これは用語法の問題で、黒瀬さんの用語法も十分に成り立つとは思いますが、コード(土俗的にせよ宗教的にせよ歴史的にせよ)に基づいた表現やその読解をイコノグラフィー、コードを詳しく知らなくともフォーマルな論理とあわせて(新しい)意味の表現・読解を可能にするのがイコノロジーだとすれば、ここで語られているのはやはり「イコノグラフィーの復興」と言うべきではないでしょうか(で、僕はその種の「日本的イコノグラフィーの復興」に懐疑的です——反動として切り捨てることまではしないにせよ)。

会場ではもっといろいろ考えていたし、ここで触れることのできなかったもの含め、個々の作品について具体的に論じていく必要があるでしょう。ここではその余裕がないので、とりあえず、中心となる《日本の美術を埋葬する》の解釈を中心に、黒瀬さんのマニフェストに対するいくつかの疑問を書きつけておきました。

いささかネガティヴに見えるかもしれませんが、そもそもつまらない展覧会だと考えるべきこともないので、それだけいろいろ考えさせるというのは、問題を提起する展覧会として成功していたということに他なりません。これをまたひとつのきっかけとして、議論が拡がりと深まりを増していくことを、強く期待しています。

(あさだ・あきら 京都造形芸術大学大学院学術研究センター所長)


 

(2014年6月13日公開)




〈C O N T E N T S〉
浅田 彰×黒瀬陽平「ポストモダン・ジャパンの行方――意見交換」
[第1ラウンド]1&2
(Text by 浅田 彰:『都市ソラリス』の余白に/『都市ソラリス』の余白の余白に)
[第1ラウンド]3
(Text by 黒瀬陽平:「接続」と「切断」の設計:浅田さんへの応答として)
[第2ラウンド]1
(〈CHAOS*LOUNGEより再掲〉Text by 黒瀬陽平:日本的イコノロジーの復興)
(Text by 浅田 彰 黒瀬陽平へ——『LITTLE AKIHABARA MARKET』の余白に)
[第2ラウンド]2
(Text by 黒瀬陽平 「日本的イコノロジー」を支える絵画空間)
[第3ラウンド]1
(Text by 浅田 彰 黒瀬陽平へ——「『当事者性』の美学」の余白に)