対談:ダミアン・ジャレ × 名和晃平 ——ダンス・彫刻・身体




 

対談 ダミアン・ジャレ(振付家) × 名和晃平(彫刻家)
司会:小崎哲哉

 
——ダミアン・ジャレさんと名和晃平さんは、この5月から、京都にあるヴィラ九条山を拠点にリサーチや創作を行っています。ヴィラ九条山はフランス政府が運営するアーティストインレジデンス施設で、今年から「デュオ」という新しいプログラムが始まり、フランス圏と日本のふたりの表現者によるコラボレーションが可能になった。その内のひと組がおふたりのチームなんですね。
 私は、2013年に行われたあいちトリエンナーレで、パフォーミングアーツ部門の統括プロデューサーを担当しました。招聘した中に、オルレアン国立演劇センターのディレクター、アルチュール・ノジシエルさんが演出した《L’IMAGE》という作品があって、ジャレさんはこの作品にダンサーとして参加していました。終演後に、ジャレさんからトリエンナーレで観るべき作品は何かと聞かれ、名和さんの作品を薦めたんです。

名和 《Foam》(フォーム) という作品で、タイトル通り、泡だけの彫刻というかインスタレーションです。25メートル四方で天井高は4メートルの部屋を暗闇にし、床に黒い砂利を敷いて、泡を雲のように漂わせました。実際は床から泡が育って立ち上がっているんですが、何か大きなひとつの生命と出会うような原初的な体験を作りたいと思ったんです。それまでずっと、「Cell」(セル=細胞・気泡) という概念を、ドローイングや彫刻やインスタレーションに展開してきました。《Foam》は15年くらい前、大学院生のときからやりたかったもので、「Cell」シリーズのひとつの集大成として、2013年に実現したというわけです。

Kohei Nawa《Foam》2013/installation view, AICHI TRIENNALE 2013
courtesy of Aichi Triennale 2013 and SANDWICH/photo : Nobutada OMOTE | SANDWICH



 
●あいちトリエンナーレでの出会い

——ジャレさんは《Foam》を観てどう思いましたか。

ジャレ 晃平本人が言っているように、プリミティブであると同時に完全に現代的でもあって、心を奪われました。インスタレーションのスケールが圧倒的で、直接に風景との関係がありながら、その捉え方が現代的だと思ったんです。
 実は晃平の作品は、その2週間前に東京のSCAI THE BATHHOUSE(名和作品を扱うギャラリー)で偶然に観ていました。閉廊中でしたが無理を言って入れてもらったら、ビーズで覆われた鹿の作品があった。そして、有機的でありつつも、いわば有機性を超越していることに驚いたのです。《Foam》を観たあとで同じ作家が作ったと知って、絶対にこの人に会おうと思いました。何かを一緒にやることができると直感したんです。

——偶然とジャレさんの押しの強さが、出会いをもたらしたのかもしれませんね(笑)。ではここで、ジャレさんにお持ちいただいた映像を観てみましょう。

ジャレ これは、いま私のやっていることのトレーラーのような映像です。去年の11月までの私の活動を少しずつ撮ったもので、撮影はいまも継続中です。タイトルは《Ferryman》。ジル・デルマスとのコラボレーションです。


 
(観終わって)

——ものすごく濃密な映像ですね。ルーヴル美術館の彫刻の前で踊るパフォーマンス、オペラ座でシディ・ラルビ・シェルカウイさんや美術家のマリーナ・アブラモヴィッチさんとともに振付をした《ボレロ》の場面、ジャレさんがバリ島でバロン・ダンスと「共演」したシーンなど、様々なものが混ぜられていました。

ジャレ 3年前からの私の歩みを辿ったものです。バリ島では「トランス」のあらゆる形式に直接触れましたが、ルーヴルのプロジェクトもプリミティブなものと非常に洗練されたものとの組み合わせで出来ています。
 ルーヴルでは、ダンスと彫刻との間にどんな関係があり、両者の違いと共通点は何かを考え、「不動性」「抑えられたエネルギー」といったことに思い至りました。石、つまり彫刻の中には抑え込まれたエネルギーがあり、それが何世紀かを経て伝わってくる。8千年から9千年前の作品もあるので、儚いものと永遠のものという問題も提起されました。
 同じ問題が存在しているバリのダンスも、非常に彫刻的な形で行われました。シディ・ラルビと共同振付した《BABEL》では、彫刻家のアントニー・ゴームリーに舞台美術を担当してもらっています。《BABEL》において、すでにそのような対話は始まっていたのです。
 ダンスは非常に儚いもので、それを観た人々の記憶の中にしか留まらない。ところが彫刻は、最も長く生き延びる芸術ではないでしょうか。両方とも、身体的な儚いものを、芸術的な形式によってどのように永遠化するかを追求しています。どのように運動と運動を結びつけるか、ダンスの原初的なルーツは何か、人はなぜ踊り始めたのか。答はバリのような場所にあると思うのです。
 
——名和さんはジャレさんに会ってすぐ、この映像を見せられたんですよね。最初に観たときはどう思いましたか。

名和 ダミアンが鹿の角をかぶっているものがあって、僕は鹿をよく彫刻にしていたので、神様のお使いでもある鹿からお知らせが来たなと(笑)。

——鹿が繋いでくれた、と(笑)。

名和 あとは、ダンスのフォーマットをどんどん変えるというか、はみ出していこうとしているように見えたので、他のダンサーとは違う魅力を感じました。その後、ふたりで打ち合わせしたときにダミアンから出てきた言葉の中に、自分がやっていることにすごく近いものや概念がたくさんあって。だから、この人とは会話していく内に作品が出来上がるんじゃないかと思いました。

——どういう部分が近いと思ったんですか。

名和 ダミアンはまず、「生命」や「細胞」をテーマにしたいと言ったんです。僕が「Cell」という主題を彫刻で展開しているのを知っていて、《Foam》のような、オーガニックでその場で生成される身体みたいなイメージを舞台上に作りたいという思いもしっかり伝えてくれた。とても明確だったんです。

 
●領域を超えるコラボレーション

——舞台芸術には以前から関心を抱いていたんでしょうか。

名和 大学時代にボランティアスタッフとして『アートキャンプ白州』をお手伝いしていた時期がありました。ダンサーの田中泯さんが中心になって毎年夏に開いていたフェスティバルで、山梨県の白州という場所にいろんな芸術家が集まるんです。そこに1〜2ヶ月滞在して、泯さんの舞台を作ったりしていました。
 泯さんは「日本人の身体や骨格は農業が作ったんだ。農作業をして採れた作物を食べて身体を作る。それが踊りの原点だ」と言って、僕も農作業を手伝いました。すごくカリスマ性がある人で、彫刻家や美術家なども集めていて、多いときは80点ぐらいの野外彫刻が周囲の環境に点在し、ボランティアはそのメンテナンスもしていました。いま越後妻有で開かれている『大地の芸術祭』のようなプロジェクトの前身と言えるんじゃないかと思います。

——ダンスだけじゃなくて、演劇も音楽も映像もアートもありましたね。

名和 泯さんはリチャード・セラやジョン・ケイルなど、彫刻家とも音楽家とも画家ともコラボレーションする方だったので、ダンスがひとつのジャンルではなく、いろんなものと繋がっているメディアみたいに見えたんです。それで、僕は彫刻家として、マテリアルやメディウムは身体の延長であると感じるようになりました。
 泯さんと「皮膚とはどういうものか」と議論したことがあるんですが、その捉え方も違っていました。ダンサーである泯さんは「どこからどこまでが皮膚かという定義が難しい」と言うんです。皮膚感といっても触覚だけじゃなくて、視覚や匂いなど空間と繋がった総合的な感覚のことを呼んでいるんだろうと。で、「それはやっぱりわかんねえんだよなぁ」って言うんです(笑)。

——それに対して名和さんは?

名和 すぐに大学に帰って、木彫で泯さんの身体みたいなものを彫りました。そのあとは水粘土で人体を作り続けましたが、水粘土は放置していると乾いて崩れてしまうんです。そこで、樹脂で薄く表面をコーティングし、膜で水分を閉じ込めてみました。人間の身体は養分と水分でできていて、本当に泡みたいなものなんです。その泡状の塊が、食べて排泄して、物質的に入れ替わっていくのが生きている状態で、それが何世代も入れ替わりながらも存在し続けるために、DNAがアップデートされ、生殖もされる。こうして物質的な側面で身体を捉えていくと、やはり彫刻とダンスというのは繋がってくるんじゃないかと思います。

ジャレ そこまで厳密に身体について語り合うのはとても特殊なことでしょうね。私の場合、造形芸術家とのコラボレーションの良いところは、本当の対話ができることです。マリーナ・アブラモヴィッチやアントニー・ゴームリーにしても同じですが、アーティストはその人なりの知識とオブセッション(執着心、こだわり)を持っています。互いのオブセッションを対峙させることで作品が創られる。ふたつの強い精神が生み出す緊張感があり、いつも容易なわけではありませんが、だからこそ私はコラボレーションが大好きです。
 舞台上で表象される苦痛とは何か? 身体は実験的な場でどのように生きられるのか? 心的な限界と身体的な限界との関係はどのようなものか? マリーナはこうした問題に関する参照性そのものであり、オーラがある。そして、クラシックバレエの世界に似つかわしい人であるとは到底思えない。だからこそ、オペラ座に《ボレロ》の演出を依頼されたとき、彼女を招いて、普段しているのと正反対のことをしてもらうと面白いのではないかと思いました。
 実際には、マリーナの問題とクラシックバレエの踊り手の実践の間には共通点があります。厳しい規律の中で身体が犠牲にされていることです。また、《ボレロ》にはオブセッション的なところがあり、一方で超越性が探求されています。
 マリーナとは2年間に渡って話し合いを続けましたが、最終的に行き着いた結論は《ボレロ》はひとつのスパイラルであるということでした。反復的で、いつも同じ主題に戻ってきますが、その度ごとに違うオーケストレーションがなされてています。別の言い方をすれば、《ボレロ》がしているのは回ることだけ。そのことに気が付いたので、15分間ダンサーたちをぐるぐる回転させようと考えました。クラシックの踊り手は回転が上手なので、回転の軸を変える、その場で回転し、次は互いの体に合わせて回転するなど、方法を模索しました。そこで出てきたのが鏡を使うアイディアです。正面からは戦場のようなカオスに見えるけれど、上方の鏡を観ると組織された秩序が映るという二重のイメージです。
 アントニーとは初めから、バベルの神話を都市的・建築的に扱うことに決めました。バベルの神話の基盤となるものは塔であり、空間内にどのように境界や国を作ったらよいかを考えました。しかし、それらは結局、すべて規則に過ぎません。我々に必要なのは規則的な境界ではなく、構造としての文化的アイデンティティでした。アイデンティティにはルーツがあるわけではなく、動きやインタラクションの中に見出されることもありえます。
 アントニーの《Breathing Room》という作品がヒントになり、金属フレームで出来た5つの構造物によって、内側であると同時に外側でもあるような空間を作ることにしました。巨大なボリュームのもの、もっと小さいけれど同じ人数が内側に入れるものなど、大きさも形もそれぞれ違います。絵画や都市、あるいは検問所、ボクシングのリング、バス、国、大陸など、いろいろなものを想像させ、すべてが入れ子状になっていて、最後にはとても小さな構造物になる。それが作品のドラマトゥルギーを決め、誰に出演してもらうかにも影響しました。
 どの造形芸術家と仕事をするかは、作品を大きく変える決定的な選択です。対話の中で限界に直面することで、無限のものを呼び込むことができます。

 
●聖なるものの再興は可能か

——ジャレさんは以前に《Yama》という作品を制作されていますね。今回の作品も山岳信仰と関連するのでしょうか。

ジャレ もちろんです。《Yama》はスコットランドの国立スコティッシュ・ダンス・シアターのための作品で、晃平の作品と出会う前にフロリダのロバート・ラウシェンバーグ財団で準備していたものです。
 そのころ私は、新藤兼人の《鬼婆》(1964年)という映画にハマっていました。《鬼婆》の物語は、すべて地面に開いた穴のまわりで展開していて、私は自分の作品の舞台美術の中に、同じように何かを遷移させうる地形を取り入れたいと思っていました。そうしたら、コラボレーションを行ったアーティスト、ジム・ホッジスの提案の中に山に似ている舞台美術があったんです。
 山は多くの宗教や神話において、人間と神々が関係する特権的な場です。リサーチを進める内に、日本ではこのような山岳信仰が発達していることがわかり、あいちトリエンナーレの2週間前に、ダンサーのエミリオス・アラポグルと日本の聖山を訪れる旅に出ました。霧のかかる富士山に行き、まったく音のしない森を通り、打ち捨てられて廃墟のようになった神社を見ました。山形の出羽山では、修験道を行う山伏たちと2〜3日間一緒に歩きました。山伏は山を、生を与えてくれる母親であると同時に墓場でもあると思っています。ある儀式は、地獄から悟りに至るまでの10段階から成っています。私にはダンテの《神曲》が思い出されましたが、とてもセクシュアルな儀式もあります。自分自身の喪に服したあと、生まれ変わって胎児として山に孕まれ、山頂に至るまでの10日間に、誕生までの段階を徐々に経てゆくという儀式です。
 私はスコットランドとも縁があり、ケルトの文化と神道には関係があるのではないかと考えています。ケルト文化においても山は崇拝されましたが、ケルトの山岳信仰はキリスト教によって破壊されました。山伏の思想は神道と仏教のある種の混淆ですが、文明と山との関係を作り出したのは山伏です。《Yama》という作品は、ここからインスピレーションを得ています。
 日本では、守り神であると同時に創造も破壊も行う火山の重要性も実感しました。先ほどの映画で取り上げたバリも、私と関係が深いスコットランドやアイスランドも火山島で、バリやアイスランドには火山信仰があります。火山は自然を完全に支配することはできないという世界観を人々に与えます。
 また、今回のプロジェクトのために本物のシャーマンに会いたいと思い、宮古島などにも行きましたが、古代の伝統や儀式は忘れられつつあることがわかりました。悲しいことですが、自然と人間との神秘的な関係は失われかけています。宮古島の唄者の歌を録音したので作品に使うつもりですが、彼女の歌は過去の儀式に連なる最後の声で、この歌が消えたあとはすべてが存在しなくなるのです。
 シャーマニズムや修験道は世界の無意識の形式を表すものです。このような儀式が消失しつつあることと、世界でいま起きている様々な災厄との間には関係があるのではないでしょうか。ダンスと彫刻との関係を問うコラボレーションとして、こうしたすべてが晃平との仕事にも影響しています。映画の撮影も続けながら日本各地に赴き、古い儀式と現代的なものとを組み合わせていきたいと考えています。

——聖なるものの再興に関心があるわけですね。名和さんはいかがですか。

名和 大学時代には京都、奈良など近畿一円の仏像や宗教建築を観にいきました。1998〜99年にロンドンのRCAに留学する機会があったので、ヨーロッパの古い教会や中世の美術、建築も観てまわりました。日本の神社やお寺にある仏像や装飾は、仏師や誰か造形力を持った人がその時代に作ったものですが、ヨーロッパも同じことです。つまり、神様や聖なるものに対する畏敬の念を抱くための装置とか偶像のようなものを、神聖な世界と俗世界を行ったり来たりできる人間がそれらの造形物というのを作っていた。
 しかし、現代は国家と宗教が一緒になっていた時代とは違い、人々がひとつの価値体系、大きな物語の中に入っているわけではないので、「神聖な世界」の設定は難しい。いまのものの作り方で、みんなが憧れたり祈ったりする対象を作り得るかどうかには疑問があります。宗教の時代にあった人の心を惹き付ける手法は、現代では広告やブランドのロゴマークやショップの作り方に置き換わっているように見えますが、それは資本主義のサイクルの中で起こるために、薄っぺらで、嘘くさい。アーティストが、その中に埋没せずに時代を乗り越える作品を作るにはどうすればよいか。大学時代には、こうしたことを考えていました。
 母が愛媛の山奥の牛の川という所の出身だったので、幼いころから猟師や農業をやっていた祖父の話や民話などを聞いていて、アニミズム的な感覚を理解していたんだと思います。そして、それが日本人の感性の基盤になっていて、何世代にもわたって蓄積されたそうしたものが、素材や造形に対する感性を突き詰めた先に残ってるんじゃないかと思いました。ヨーロッパに行ったときに初めて、日本というものの輪郭が見え、それをいまの時代にどうやって表現すべきかという考えのスイッチが入りました。

ジャレ 我々が生きている現代は、あらゆるものが専門分野になり、細かく分離されている時代です。だからこそ、母胎の中で我々が胎児として持っていたエネルギー、外に出たときの最初の息吹のような原初的なエネルギーを使いたいと思います。私はダンサーに複雑で難しいことを求めますが、それは疲労を乗り超えた先にあるトランス状態に行ってほしいから。ある世界から別の世界へ、物質的な状態から詩的な状態への移行を求めていて、その移行が作品によく現れます。
 そのトランスは晃平の彫刻にも似ています。扉や門のような、一種の移行の場なのです。

 
●協働の現状と今後

——いま、おふたりのコラボレーションはどんな段階にあるんでしょうか。

名和 ダミアンが京都に来てから、僕のスタジオで《Force》という個展の映像を観てもらい、重力と液体の関係について何か展開しようという話になりました。《Force》の液体はシリコーンオイルだから大量に使うのが結構難しい。そこで、身体にまとわりついても大丈夫で、トランスフォーム、メタモルフォーゼするような表現に使える素材を探し、いくつかのアイディアを出して、直接その場でテストしてもらったんです。その中に、衝撃を与えると自分で固まろうとし、放置するとどんどん液体になろうとする素材があって、塊が瞬時に液体になる瞬間をダミアンに見せたところ「これだ!」となり、素材が決まりました。この素材は、水の密度をどれくらいにするかによって、完全に粘土のようにもサラサラにもなるものですが、試作する内に、握ったら塊になるけどそっとしておくと自然に全部溶けるというバランスを発見しました。それはある種の現代的なメタファーにも見えます。
 素材を発見したことで、ステージの形状、ダンサーとステージと液体の関係を、毎週スケッチで提案できるようになりました。ダミアンも演出のアイディアを出してくるので、今度は3Dで具体的に設計して、お互いに共有して検討を重ね、模型にしたり、実際のスケールで確かめたり、ということをしています。
 ある形になろうとするものが、また自然に崩壊するというのは、極端に言えばエロスとタナトスだと思うんです。身体が立ち上がろうとするのがエロスの方向だとすると、脱力して崩壊するのがタナトスです。僕は、こうした生/性への衝動と死への衝動が同居するような状態を形にしようとして、重力で描く絵画とか、重力の形を上下反転させた杖のような形状の作品を作っています。
 彫刻では最終的には静的な動かない形態で展示することになるので、もっと動的に表すために液体を自然落下させたりするわけなんですが、それをさらに動的にするときに肉体を直接使うと、それはすごい情報量になると思います。だから、身体ひとつあれば作品世界、作品の感覚がそのまま出てくるというのは、羨ましくもありますし、本当に彫刻の原点でもあると思います。
 今回、ダンサーの形を3Dスキャンしたんですが、そのデータは中身もすべて詰まったパウダーの塊のようで、どこを切っても断面が得られます。3Dスキャンは生身の肉体を彫刻化するプロセスにぴったりで、ロダンなどの時代の、モデルを見て情念を込めて作るフォルムではなくて、まさにトランスというやり方で素材そのものを変換するものです。

 
Kohei Nawa, 3D scanning image of Vessel, 2015



——振付も同時に行っているんですか。

名和 振付と言えるかどうかはわかりませんが、ダミアンは、素材やステージの形状に合わせて常に違った演出のイメージを出してきます。いまはダンサーの森山未來さんやエミリオスさんなども加わって、実験的な段階に入っています。
 今回はプリミティブか現代のテクニカルかという問題よりも、お互いがやってきたことの重なる部分を面白く出していきたいなということを考えています。

ジャレ 重力の問題や、身体のアイデンティティの問題などに関わる面白い実験をしています。晃平がさっき言った固体と液体の問題をベースに、身体がお互いに溶け合うような融合も試してみました。完全に頭のない身体で、彫刻のようになっています。ふたつの身体の「液化」や「溶解」という考えの表現にもトライしましたが、そのときには日本の土偶も参照しました。
 パフォーマンスを作るプロセスの中で、ある瞬間、どれが彫刻でどれが身体なのかわからなくなることがあります。融合関係が成立したために、彫刻と身体を分けることができなくなり、そこにインタラクションが生まれてくる。一方には儚い身体、もう一方には私たちが死んでも生き延びる彫刻があります。まだ彫刻は作られていないのですが、間もなく作られると思います。自分の分身のような彫刻と一緒に踊るというアイデアです。
 これは振付ではありますが、普通の意味での振付ではありません。身体の変化であり、わずかな筋肉の変化によって観客の知覚に働きかけ、そこに様々なものを投影するように観客を誘うものです。身体とは何か、またその身体に何を投影するのかが問題です。観客は一種の集団的な空想の中に引き込まれ、それはまた集団的な変化に関わることになります。

——ありがとうございました。大いに期待しつつ完成を待ちたいと思います。


2015年7月1日、アンスティチュ・フランセ東京 エスパス・イマージュにて

(仏語通訳・監修:福崎裕子)


(2015年11月29日公開)


Damien Jalet, Kohei Nawa,《Vessel》2015/performance view, Creative center OSAKA
photo: Damien Jalet





Damien Jalet
世界的に活躍するインディペンデントの振付家、ダンサー。これまでに、数々の振付家やダンスカンパニーと共演、共作をしている。主なアーティストに、シディ・ラルビ・シェルカウイ(『バベル』、『Aleko』、『Sin』、『ボレロ』を共同制作)、エルナ・オーマスドテル(イスラエル)、アクラム・カーン・カンパニー(イギリス)、サシャ・ヴァルツ&ゲスト(ドイツ)、チャンキー・ムーヴ(オーストラリア)、Aakash Odedraカンパニー(イギリス)、スコティッシュ・ダンス・シアター、パリオペラ座バレエ団などがある。
ダンス以外のジャンルとのコラボレーションは、ダミアン・ジャレの活動の根幹を成す。造形美術家のマリナ・アブラモヴィッチ(『ボレロ』)、アントニー・ゴームリー(『バベル』)、ジム・ホッジズ、ガブリエラ・フリズリクスドッティール、演出家のアルチュール・ノジシエル、服飾デザイナー(フセイン・チャラヤン、リカルド・ティッシ、ベルンハルト・ウィルヘルム、ジャン=ポール・レスパナール)や音楽家(フェネス、ウィンターファミリー、レディ&バード)とのコラボレーションなど、その活動は多岐にわたる。
教育者として、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団、インパルスタンツ(ウィーン)、アーキタンツ(東京)、メキシコ国立芸術センターなどで教える。
2013年には、フランス政府より芸術文化勲章シュヴァリエ章を受章。

 
なわ・こうへい
1975年大阪生まれ。彫刻家、京都造形芸術大学大学院芸術研究科教授。1998年京都市立芸術大学美術科彫刻専攻卒業。2000年同大学大学院美術研究科彫刻専攻修了。2003年同大学大学院美術研究科博士(後期)課程彫刻専攻修了。2009年京都・伏見区に創作のためのプラットフォーム「SANDWICH」を立ち上げる。2011年、東京都現代美術館にて個展「名和晃平―シンセシス」を開催。独自の「PixCell = Pixel(画素)+Cell(細胞・器)」という概念を機軸に、様々な素材とテクノロジーを駆使し、彫刻の新たな可能性を拡げている。2013年には韓国のチョナン市に大型彫刻Manifoldを設置。同年「犬島『家プロジェクト』」、「あいちトリエンナーレ2013」に参加。京都を拠点に活動。

 
 

「VESSEL」ダミアン・ジャレ、名和晃平
(クリエイティブセンター大阪で2016年に発表予定作品)
 振付:ダミアン・ジャレ
 舞台美術:名和晃平
 音楽:原摩利彦
 ダンス:エミリオス・アラポグル、エリ・エ、森山未來、佐伯有香

 制作 Creative Center Osaka, Villa Kujoyama, Sandwich