Interview: Kasai Akira and Yamada Setsuko

新作ダンス公演『燃え上がる耳』 直前インタビュー
笠井叡、山田せつ子 両氏に聞く


笠井叡×山田せつ子『燃え上がる耳』(撮影:笠井爾示)



聞き手・構成:竹田真理

2015年4月に京都芸術劇場 春秋座で上演された『今晩は荒れ模様』は、6名の女性ダンサーの多彩な顔ぶれもさることながら、それぞれの表情を引き出した笠井叡の振付が好評を博した。その笠井が新たに京都のダンサーとクリエイションに臨んだ新作『燃え上がる耳』が7月2日に初日を迎える。笠井の門下生で前作に引き続き出演を予定している山田せつ子を交え、笠井、山田の両氏に新作への思いやクリエイションの様子、京都の創造環境などについて語ってもらった。

(撮影:編集部)


 

―― 今回のクリエイションの意図をお聞かせ下さい。

笠井 『今晩は荒れ模様』のとき、せつ子さんが一等最後に出られたでしょう。あの踊りを見て、この人はこれで新しい出発ができるのではないかと思いました。今回、京都のダンサーと一緒に創作をと依頼があったとき、では、せつ子さんを振り付けるというコンセプトでやりましょうと言ったのがきっかけです。

山田 『今晩は荒れ模様』はとても勉強になりましたし、自分が変われたような発見があったので、京都のダンサーにもぜひそういう体験をしてもらいたいと思って笠井さんにお願いに上がったら、私も出演することになりました。あのものすごい日々がまた始まるのかと思うと勇気が要りましたけれど。

 
●魂の力を寄り添わす

―― フライヤーに笠井さんの書かれた印象的な言葉が載っていますが、今作のコンセプトと考えてよいでしょうか。

笠井 ええ、コンセプトは書いてあるとおりです。東日本大震災のことや戦争のこと、破綻した経済のこと、原子力という暴力装置。こういう現実を私たち地球上の人間は歩いているわけです。そうした中で唯一守れるものは、魂の力だと感じます。もし物質としての世界が瓦礫とともに崩壊しても、心の中に自分たちが持っている願いだけは、新しい何ものかを生み出すことができる。「一個のカラダだけが、地球を再生する」「新しい惑星が誕生する それがダンスの現場だ」とありますが、これは私にとってはオーバーでも何でもない。それは妄想でしょうと言われるかもしれませんが、でもその妄想が、こうやって毎日、毎日、クリエイションを続けていく力になっています。
 もうひとつ念頭にあるのは、IS、イスラミックステートという過激派の人たちです。彼らは私たちの同胞、同じ地球上の人間です。その人間があのような行動に出たということは人類全体の問題であって、彼らが本当に何を願っているのか、魂の声を私たちがまず聞かなくてはという思いがあります。今の状況は西洋の近代化の過程から生まれたものには違いない。それに対してどう魂の力を寄り添わすことができるかというのが1つの主題です。

(撮影:編集部)



―― 前回に引き続き、笠井さんのほかは女性ダンサーのみで構成されます。

笠井 ダンスにとっての普遍的なテーマに男性、女性それぞれの持つ身体性ということがあります。前作のテーマとも重なりますが、男性にはない女性の身体の奥深い力というものを、この時代に向けて、なんとか振付で引き出してみたいのです。

―― 出演する京都の4人のダンサーについてどんな印象をお持ちですか。

笠井 関西の人たちは、東京のダンサーより粘り強いところがある。簡単に言えば、感情と理性の違いみたいなものかもしれませんが、イメージを提示すると関西の人は感情的な力でそれを消化しようとする。東京の人は頭で考えて理解すると、わりとさらっと動くんですね。
東京から来ると、京都の空気というものがよくわかります。粘着質というか。自分のことをストレートには言わないで、せやけど、せやねんけどねって、揺れて、揺れて。その揺れがダンスにいい形で作用しているなと思います。
 
山田 若手の4人は普通に上手ということではないです。体が利く人や踊れる人は関西にもたくさんいます。けれども、何かこの人たちは魅力的だなと思えて。松尾恵美さんは京都造形芸術大学の卒業生。野田まどかさんと福岡まな実さんは造形大で実施した「ダンスゼミ&ラボ」に参加した方。この3名でと笠井さんにお願いしたら4名が必要とおっしゃったので、3人に相談したんです、もう1人声かけるとしたら、どなたにかけますかと。全員から名前が挙がったのが佐伯有香さんでした。

 
●脳が痺れる感覚
  
―― 拝見したリハーサルでは、皆さんが「笠井語」に取り組んでいるという感じがしました。運動量が多く、負荷の大きい動きですね。

笠井 笠井流では、奥にあるものを何とか出したいと思うと、結構負荷をかけます。それと闘う中で最後に予期せず出てくるものを見せたい。その人の個性や資質を見つけて生かそうとする作り方もありますが、それでは結果が見えてしまうところがある。私の方法はとにかく振りを与えて、それを無理やり動かして、苦しい格闘の中から舞台に何が出てくるかに賭けるのです。

―― せつ子さんご自身は振り付けられて、どう感じられますか。

山田 私は笠井さん以外の振付は踊ったことがないのです。音楽の人や詩人の人と一緒にやるという出会いはたくさんしてきましたけれど。だから振付全般についてどうとはいえないのですが……今回、京都のダンサーには限られた時間の中でタイトに振付していただいていますが、実は私への振付は去年の12月から始まっています。今回15分のソロを踊らせていただくのですが、すごく短いフレーズをもう1回、もう1回というように京都へ来る前から稽古していて、京都で10日近く稽古して、東京へ戻れば、また同じことをするんです、毎日。振付というのは単純に形をもらっているわけではない。形をもらうと、私なりに正確に踊るための反復をしつつ、もう一方では、それを踊っている自分の体がどうなっていくのかを検証する。昨日は1センチ前に足が出たとか、上がる呼吸のときに、1呼吸で上がれたのに、きょうは2呼吸がすごくリアリティがあったとか、そういう自分の体との会話を延々としている。だから今回、私が大好きなダンサーの人たちに、振付を踊るとはどういうことなのかを入口だけでも経験してもらえたらうれしいです。

―― このプロジェクトの核心部分といえそうですね。

山田 『今晩は荒れ模様』のとき、共演した白河直子さんが「ああ、脳が痺れる」と言ったんです。それは別に頭で考えているのではなくて、体そのものが脳になって働いている感じ。超感覚といいますか、それをぐーっと行きわたらせて、あらゆる意識と神経を発動させないと、踊れないんです。

―― 言語化ということではないのですね。脳が、言語だけではなくていろんなものを使っていて、それを総動員するみたいなイメージですか。

山田 そうですね。神経も全部という感じですね。今も毎日疲れています。眠っていても体の中から踊りがやって来てしまう。こんな日々は、しんどいけれど幸福ですね。もしかしたら、本当に踊るってこういうことなのではないかと。どう言うんでしょうか、近代的な何かを習って踊りが上手になっていくという踊りではない踊り。踊ることの根源的な衝動とかエネルギーというものを振付によって体験させられている。

笠井 ダンスって、作品をつくるという意味での創造性と体をつくるという創造性とが一体となっているんです。私は体をつくることに興味があるほうで、この4人はまだ、もっと変わっていくだろうなと。原形をとどめないぐらいに振付によって変えたいという思いがあります。リハーサルの現場で1回1回動くことで体がどんどん出来ていく。たぶん今回の作品のいちばん大きな成果があるとすれば、この4人にとっては自分の体が変わっていくということでしょう。

―― その意味では、関西のお客さんが見に来て、前に見た舞台と彼女たちが変わっていたというのが発見できたら。

山田 うれしいですね。

(撮影:編集部)



 
●京都のダンス環境

―― 京都のダンス環境についてはどう思われますか。クリエイションを東京でやる場合と、ほかの土地でやる場合と、京都でやる場合の違いはあるでしょうか。

笠井 それは全然違います。例えば、俗な言い方ですけど、東京ってある意味で砂漠みたいなところですから、砂漠の一画にスタジオを借りて、集まって、振付して、あとはパーッと散っていくという関係。そういう意味で言うと、ここではみんな、この市内のどこかにいるだろうと思えるし、やはり1つの共同体が生きているところですね、いい意味でも、悪い意味でも。

―― せつ子さんも同じお考えですか。

山田 そうですね。私は京都に来てもう16年目ですけれども、何で今回笠井さんにお願いしたのかということも含めて、いいところと、もうちょっと変わったほうがいいのではないかというところがあります。私の授業を取った卒業生が、フェイスブックで「京都はすごくいい」と。自転車で全部行けて、そこで生活して、クリエイションして、そして発表できる。造形大出た子って、東京から来た子も、ほとんど帰らなくなっちゃうんです。だから私もフェイスブックでひとこと、「たまには大海原に出ようね」と書いたんです。
京都の現場って、自分を大事にするというテイストの作家が多いですね。それは若い世代共通。東京も共通かもしれないけれど、若手の作品を見ると、ターゲットが狭いというか、結局自分史から全部作品づくりが始まっていく。そのことの限界を感じます。もうちょっと遠い距離に何かを飛ばしていくということが必要なんじゃないかなと。

―― 小さな池の中にとどまったままでは……ということですね。

山田 ええ。ただそれも若干、変わってはきている。東京の人がかなり京都に来て、住み始めていますよね、演劇人も、ダンスの人も。京都に住んでものをつくっているけど、本当は京都生まれじゃない人が最近増えています。その意味ではいい状況になってきているのではないかなと思います。

―― 造形大の存在も大きいですか。

笠井 大きいですね、本当にその点では稀有ですね。東京にも舞踊を教える大学はいくつかあるけれども、1つのセンターとなって全体の方向付けをやるということではないですから。

山田 ちょうど造形大が出来て、京都芸術センターが出来て、KYOTO EXPERIMENTが立ち上がって、一度にわーっとリンクしたのではないでしょうか。

―― 2000年ごろからここ15年ほどの間の動きですね。そして今また外から人が入ってくることで京都が新たに変わりつつあるのかもしれません。
本日は多岐にわたるお話を伺うことができました。ありがとうございました。


 

(2016年6月10日 左京東部いきいきセンターにて/2016年6月21日公開)


 
 

かさい・あきら
昭和18年生。明治学院大学経済学部卒 業。シュトゥトガルト・オイリュトメウム(ドイツ)卒業。モダンダンスを江口隆哉に師事、クラシックバレエを千葉昭則に師事、63年大野一雄に出会い師事。63年土 方巽に出会い『澁澤さんの家の方へ』等の作品の出演。71年、天使館設立。『磔刑聖 母』等の初期の作品発表後、79年から舞台活動中止。90年オイリュトミーシューレ天使館設立。93年 舞台活動再開。春秋座での上演に、『花粉革命』、『血は特別なジュースだ。』、『今晩は荒れ模様』がある。『日本国憲法を踊る』により平成25年度第64回芸術選奨文部科学大臣 賞舞踊部門受賞。著作多数。最新刊に『カラダと生命――超時代ダンス論』(2016年 書肆山田)。

 
やまだ・せつこ
明治大学演劇科在 学中の1971年より1980年 まで「天使館」に在籍、笠井叡に師事。独立後、求心的で繊細なフォルムとピュアな作品づくりで、日本のコンテンポラリーダンスの先駆けとな る。国内の公演活動とともに1983年のアヴィニヨン、バルセロナのフェスを皮切りに 海外主要都市で招待公演多数。1989年よりダンスカンパニー枇杷系を主宰。2000年より京都造形芸術大学映像舞台芸術学科教授。現在、同大学の舞台芸術研究センターの 主任研究員。主な作品に『Father』『速度ノ花』『『薔薇色の服で』『翔ぶ娘』 『愛情十八番』他。著書に『速度ノ花』五柳書院がある。

 
たけだ・まり
東京都出身、ダンス批評家。2000年より関西を拠点にコンテンポラリーダンスと周辺の状況を取材、執筆。公演評やインタビュー記事をダンス専門誌紙、一般紙、ウェブ媒体等に寄稿。国際演劇評論家協会会員。

 
 

〈公演情報〉
笠井叡×山田せつ子 新作ダンス公演『燃え上がる耳』
7月2日(土)15:00 ・3日(日)15:00
(ポスト・パフォーマンス・トーク:7月3日(日)トーク出演:笠井叡、山田せつ子 )
会場:春秋座 特設客席
主催:京都造形芸術大学 舞台芸術研究センター

(撮影:笠井爾示)