アジアン・ミーティング・フェスティバル2015京都公演レビュー

あらゆる音楽の可能性に耳をひらいて

(ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川 2015年2月8日)


橋本 梓

2015年2月8日、アジアン・ミーティング・フェスティバルの京都公演が行われた。アンサンブルズ・アジアのアーティスティック・ディレクターを務める大友良英をはじめ演奏した総勢14名の音楽は、90分弱の濃密なワンセッションで、それがごく短い時間に感じられるような濃縮した時間の背後には、それぞれの音楽を生成させる豊穣なバックグラウンドと、匂い立つようなローカリティがあった。そして、商業主義から遠いところにいる音楽家たちが、大規模な公的パトロネージュなく育んできた音楽のつながりが確かに存在していた。

『アジアン・ミーティング・フェスティバル2015京都公演』リハーサル風景



アンサンブルズ・アジアの主催者は、2014年4月に発足した国際交流基金アジアセンターである。センターの発足は、2013年12月に開催された日・ASEAN特別首脳会議で日本政府が表明したASEANを中心とするアジアとの文化交流を進めるための新しいアジア文化交流政策に基づく。アンサンブルズ・アジアとはいうものの、アジアセンターの基礎的な射程がASEAN諸国であるため、現在のところ事業の展開はその範囲に止まっている。また本事業は単年度で完結せず、東京オリンピック・パラリンピックの開催される2020年を目処に長期的に展開される。こうした成り立ちを知ればアンサンブルズ・アジアもまた、たとえば現代美術の領域ではすでにシンガポール、香港、韓国に大きく水をあけられている文化の覇権をめぐって仕掛けられたアジア地域のポリティクスの一部であると言えなくはないし、少なくとも制度の上ではそこから完全に逃れることは難しいだろう。

しかし大友はこのアンサンブルズ・アジアを、そうした閉塞感のあるポリティクスの論理からできる限り遠いところで成立させようとしており、この日のフェスティバルにはその可能性を確かに感じさせる風通しの良さと調和の感覚があった。それは音楽分野においては日本がアジアをリードしているなどという矮小な話では全くなくて、国の枠組みを超えた協働が音楽家たち自身によって既に各所で育まれており、それが私たちの目に見えるかたちで(耳に聞こえるかたちで)届けられたのがこのフェスティバルだったからである。さらに言うならば、それを可能にしているのは全体を牽引する大友が、1990年代以後香港をはじめアジア地域(欧米でも)において重ねてきた、時にローカルで小規模ながらも先駆的な音楽活動の数々であったのだろう。そうして蒔かれた種は時を経て着実に芽吹き、音楽家同士のつながりが様々な場所で自発的に生み出されてきたのだ。

アンサンブルズ・アジアは、アジアン・ミュージック・ネットワーク、アンサンブルズ・アジア・オーケストラ、アジアン・サウンズ・リサーチの3つのプロジェクトから構成される。全体を統括する大友はプロジェクトごとにディレクターを指名しており、アジアン・ミュージック・ネットワークのプロジェクト・ディレクターはdj sniff(水田拓郎)とユエン・チーワイが務める。音楽家でありキュレーターとしても活動するdj sniffは、アムステルダムの STEIMでアーティスティック・ディレクターを務めた後、現在は香港に拠点を置く。シンガポールを中心に活動するユエンは2008年より大友らと結成したFEN(Far East Network)のメンバーでもある。「アジアの音楽シーンの中で伝統的な価値観や商業主義に捉われることなくユニークな活動をしているアーティストたちをつなげる」のがこのプロジェクトの目的だが、今回のフェスティバルはその最初の成果発表の場として位置づけられている。加えて、参加した音楽家たちがセッションし、文字通り対話し、本番を迎えるというプロセスは、彼らにとっていわば強化合宿のように作用したことは想像に難くない。演奏を通して新しい音楽言語を吸収し、また自らの活動の場に戻ってその音楽をさらに磨き、発表し、それを繰り返して新たな素晴らしい音楽とつながりが生まれ続けていくのだろう。

左:dj sniff(水田拓郎)/右:ユエン・チーワイ


『アジアン・ミーティング・フェスティバル2015京都公演』


大友良英



会場となったホールには、聴衆を囲むかたちでぐるりと演奏者が配されており、正面性のないこの会場構成自体がプロジェクト全体と相似関係にあったというのは深読みだろうか。グエン・ホン・ヤン、To DieとYPY(日野浩志郎)の強烈なノイズから始まった演奏は、自らの音楽を誇示するようなマッチョな即興のぶつかり合いではなかった。むしろ、音を出している全員で音楽のバランスをとったり、わざと崩したりするような、丁寧な即興であった。部屋のちょうど中心にいない限り、どこに座ったかで聞こえた音楽はかなり違っただろう。グエンとYPYの間に座った筆者は、ギターを弾くビン・イドリスの手元がよく見えたため、特に演奏の終盤では彼の音を中心とした音の掛け合いがくっきりと感じられた。また、特別に訓練されていない筆者の耳には旋律を持った音がよく届いたが、それを差し引いても、ユイ= サオワコーン・ムアンクルアンのチェロと声は力強く、何度もはっとさせられた。またボーカリストのコック・シューワイから発せられるこれまで聴いたことのないようなさまざまな音も、それが小さくても大きくてもよく届いた。

グエン・ホン・ヤン


ToDie


YPY(日野浩志郎)


ビン・イドリス


ユイ= サオワコーン・ムアンクルアン


コック・シューワイ


イマン・ジムボット



床に座って演奏しているイマン・ジムボットなど、演奏家の手元どころか姿さえほとんど見えない場合もあったが、それもかえって聴取の経験を豊かにするものであった。演奏中を示すそれぞれの小さなライトが柔らかく点灯するたび、暗闇の中で音を聴こうと、自然と耳は鋭くなった。演奏前にメンバーの紹介がなかったことも、聴衆がより一層音そのものに注意を傾けることにつながったはずだ。自分の知っている音楽は広い世界で起こる現象の小さな一部分でしかなく、知らない音楽、音楽にならない音、想像もつかない音のようなものが無限に存在しているということを感じさせる演奏であり、それはプロジェクトの今後の広がりを感じさせるものであった。見えないもの、聞こえない音、知らないことへと開かれた、国旗を背負わない音楽の大いなる可能性を追い求めるアンサンブルズ・アジアへの期待は、フェスティバルを経た今、さらに高まっている。

 

はしもと・あずさ
1978年、滋賀県生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士課程指導認定退学。2008年より国立国際美術館にて研究員を務める。企画展に『風穴 もうひとつのコンセプチュアリズム、アジアから』(国立国際美術館、2011年)、『〈私〉の解体へ:柏原えつとむの場合』(国立国際美術館、2012年)、共同キュレーションによる『Omnilogue: Alternating Currents』(PICA、オーストラリア/国際交流基金、2011年)。共訳書に、ジョナサン・クレーリー『知覚の宙吊り』(平凡社、2005年)。

 

(2015年2月18日公開)

撮影:森下綺音



アジアン・ミーティング・フェスティバル2015
京都公演:2015年2月8日、ゲーテ・インスティトゥート・ヴィラ鴨川

(出演)
Yuen Chee Wai (SG) – Electronics ユエン・チーワイ
dj sniff (HK) – Turntable / Electronics
大友良英 – Guitar / Turntable
Sachiko M – sinewaves
米子匡司 – Trombone / Electronics
YPY(日野浩志郎)- Cassette Tape
Kok Siew Wai (MY) – コック・シューワイ
Yui-Saowakhon Muangkruan (TH) – ユイ=サオワコーン・ムアンクルアン
Nguyen Hong Giang (VN) – グエン・ホン・ヤン
Luong Hue Trinh (VN) – ルオン・フエ・チン
Leslie Low (SG) – Voice,etc. レスリー・ロウ
Bin Idris (ID) – Voice,etc. ビン・イディリス
To Die (ID) – トゥ・ダイ
Iman Jimbot (ID) – イマン・ジムボット