対談:安藤朋子×藤田康城
サミュエル・ベケットを演じる

『没後30年——サミュエル・ベケット映画際』





司会:小崎哲哉
構成:編集部
写真:長澤慶太(京都造形芸術大学舞台芸術研究センター)
編集協力:竹宮華美+長澤慶太(同)

 

小崎 お話しいただくおふた方をご紹介します。当初予定していたベケット研究者の岡室美奈子さんが体調を崩され、代わってARICAの藤田康城さんにご出演いただきます。藤田さんは演出家で、ARICAという劇団の創設者のおひとりです。ベケットに関心を抱いたのは、たしか高校生のときとおっしゃっていましたよね。
 

藤田 そうですね。
 

小崎 そのくらいからベケットに関心を寄せられ、多摩美術大学に入学してから、同学だった詩人の倉石信乃さんと知り合い、その後、俳優の安藤朋子さんらとARICAを設立されました。オリジナルの芝居もたくさん上演されていますが、ベケットの作品も、これまでに4作、手がけていらっしゃいます。

もうおひと方、安藤朋子さんは、きっとファンの方も多いのではないかと思います。私が最初に安藤さんを拝見したのは、転形劇場という劇団の公演でした。いまから12年前に亡くなった演出家の太田省吾さんが、1968年に結成した劇団です。転形劇場はそれから20年ほど活動を続け、太田さんは日本を代表する演出家のひとりとして、さまざまなオリジナリティあふれる創作をなさいました。よく言われることとして、能に影響を受け、あるいは能の技術や思想を作劇に取り込んだということがありますが、1977年に『小町風伝』という作品を、1981年には『水の駅』という作品を発表しています。『水の駅』と、それに続く『地の駅』『風の駅』は沈黙劇三部作と呼ばれていて、つまり言葉、台詞が一切ない。そして、この沈黙劇に出演されたのが安藤さんです。『水の駅』はすごい芝居でした。台詞がないだけではなくて、「水の駅」というだけあって舞台の真ん中に水が出てくる蛇口が置かれている。そこまでゆっくりゆっくり歩いて、何メートルを何歩でしたっけ?

 

藤田 2メートルを5分と言われていましたでしょうか。

 

小崎 というような芝居で、皆びっくりしたんですけれども、この作品に出演されました。88年に転形劇場が解散したあとも太田さんと活動を続けられて、2001年にARICAを結成。以来、ARICAの看板俳優として活動されるとともに、ほかのカンパニーの作品にも出演されています。実は、昨日まで東京で解体社という劇団の公演に参加されていて、この劇団は非常にラディカルな芝居で有名です。昨夜の打ち上げのお酒は残っていませんか(笑)。

 

安藤 大丈夫です(笑)。
 

小崎 今日のお昼ごろに京都に着かれたばかりですが、あとでスペシャル朗読パフォーマンスを短いながら上演してくださるということで、楽しみにしています。

左:安藤朋子、右:藤田康城


 

ベケットとの出会い

小崎 さて、今日は「ベケットを演じる」というテーマです。この中にもご覧になっている方がいらっしゃるかもしれませんが、ARICAは2013年にベケットの『ハッピーデイズ』を上演しています。当時は『しあわせな日々』というタイトルで上演しました。実はこの年に、今年何かと話題になった国際展あいちトリエンナーレで、私はパフォーミングアーツセクションのプログラムを選ぶ役目を仰せつかりまして、そのときにベケット的なもの、ベケットに関係するもの、あるいはベケットの作品そのものを見せたいと思って、そこでお願いした作品です。ARICAは先ほど申し上げたとおり、ベケットにインスパイアされ、ベケット作品自体を取り上げ、新たな解釈を持ち込んで上演する、そういう劇団です。ですから、何かやってもらいたい、中でもとりわけお願いしたいと思っていたのが『ハッピーデイズ』なんです。京都でも2014年に、この上にある春秋座で上演されました。ですから、そのときにご覧になった方も多いんじゃないかと思いますが、『ハッピーデイズ』をはじめ、何作ものベケット作品やベケットにインスパイアされた作品に出演なさっている安藤さんに、ベケットを演じることは俳優にとってどういう意味があるか、ほかの劇作家の作品と比べてどこがどう違うのか、あるいは同じなのかとか、いろいろ伺っていければと思います。

 

安藤 じゃあまず、ベケットとの出会いから話させていただきます。

大学生のとき演劇部の先輩に「ベケットという人がいる、『ゴドーを待ちながら』という作品を書いていて今度公演がある、ゴドーという人の名前をタイトルに使っているのにゴドーは出てこない」って聞いて、なんて素敵なんだと思って飛びついて観に行ったんです。けれども、私にはまったく理解不可能で、全然わからなくて、ずっと苦手でした。その後、『ハッピーデイズ』も『ゴドーを待ちながら』も何本も観たんですけれども、全然よいと思ったことがなくて、ずっと遠巻きにしていたんですね。ところが、ARICAというグループを結成したときに、主宰で演出家の藤田さんが、卒論にもベケットを取り上げるほどベケット・ファンで、高校時代から観ていたという人だったんです。ぜひベケットをやりたいというところから始まって、だから彼が私のベケットの先生です。その藤田さんからいろいろと聞いていく内に、ベケットがすごく好きになりました。

 

小崎 ベケット好きで知られる詩人の吉増剛造さんにベケットのことを教えたのが、実は多摩美時代の藤田さんたちだと聞いたことがありますが。

 

藤田 吉増さんも書いて下さっているので、そういうことにしておきたいと思います。具体的には、彼が我々の学部のゼミを持っていて、そこで彼が関心のある詩人について話すということはもちろんあるんですけれども、生徒それぞれに興味のあることについて話してくれ、それに対して吉増さんを含め皆でコメントをするというようなワークショップがあったんですね。そのときに「藤田、なんか話してよ」と言われて、『ロッカバイ』という15分くらいの短い芝居を全編朗読して、ベケットについて話をしました。そうしたら吉増さんがすごく関心を持たれて、ベケットって面白いね、もう少し知りたいから皆で研究会やろうってことになったんです。

何回か集まって話をする中で、ちょうど日本の映画研究をしている吉増さんのイギリス人の友達が日本に来ていて、彼女に手紙を書いてもらってベケットを日本に呼ぼうという話になりました。そうしたら、80年代の終わり近く、87年くらいだったと思うんですが、返事が返ってきたんです。89年にベケットが亡くなっているので、もう直前ですけれども「誘ってくれるのはうれしいけれども僕も歳だし行けないね。よろしく」みたいな手紙が返ってきたんですよ。もちろん来るとは思っていなかったんですけれども、返事をくれたことが非常にうれしかったですね。

そういうこともあって、吉増さんは自分なりのベケットというものを、絶えず自分の詩や思想の上での大事な人物として念頭に置いて、いろいろなことを書かれていたり話していたりする。それがいまも続いているということだと思います。

 

小崎 安藤さんは、ARICAで初めてベケットの芝居に出演したということでしょうか。

 

安藤 そうです。
 

小崎 それまでにいろいろご覧になっていたということでしたけれど、藤田さんの演出やARICAのスタイルには、どんな特色があると感じられましたか。

 

安藤 藤田さんは卒論で『しあわせな日々』を取り上げたらしくて、ARICA結成当時から、一度『しあわせな日々』をやってみたいと言っていたんですね。でも、私はとんでもないと。台詞もいっぱいあって覚えられないし、いままで3本くらい観たけどひとつも面白いと思ったことがないので絶対やらないと言っていたんです。でもあるとき、小崎さんから呼び出しがかかって、あいちトリエンナーレで『しあわせな日々』をやってもらえないかと言われて、敬愛する小崎さんが言うんだったら、おまけにトリエンナーレに出られるんだったら、とふたつ返事で「やります」って言って、それで藤田さんがびっくりして(笑)。そんなドタバタで始まったんですけども、ちょっと質問からずれてしまってすいません。

『しあわせな日々』について言うと、藤田さんの演出は、まずト書きを、とにかく正確に、大事にしようということから始まりました。ト書きがものすごく多くて、いちいち事細かに指示してあるんです。それを徹底的にやると、俳優にとっては操られているような、人形になったような感じになる。それは私にとってはすごく興味深いことでした。私は演じるとか表現するということにあまり関心がなくて、舞台の上で何か受動的な立場でいたいという傾向があるんですね。それはたぶん、太田省吾さんと長年仕事をしてきたせいでもあると思います。太田さんも受動の力というものを、舞台表現の中で重要に思っていたので。『しあわせな日々』は、お客さんにはト書きが見えないので俳優が能動的に見えるかもしれないけれども。自分が操られている、突き動かされている、という感じがあって、そういう瞬間が魅力でした。

 

小崎 ARICAの創立メンバーには、先ほどもお名前を挙げた詩人の倉石信乃さんという方がいらして、この方が「座付き劇作家」として必ず上演台本を書くことになっていますよね。『しあわせな日々』をARICAが上演したときには、「座付き」翻訳者とでも言うか、倉石さんが新訳台本をつくられました。もちろん筋はまったく変えないのですが、ディテールは、例えばカタカナ名前がすべてカットされた。また、ベケットの場合はキリスト教が重要なモチーフなのですが、これも特定の宗教色は避けるという方向・方針になっていましたね。

 

安藤 日本語にすると台詞がすごく長くなってしまうので、ある部分はカットしましたけれど、最初は忠実に全部稽古していましたね。高橋康也さんの訳がかなり定番なんですけれども、倉石さんはもう少し違う視点で。なんで日本人の私がウィニーだとかウィリーだとか言うのか。あと、アーメンとか言えないですよね。いろいろな視点でARICAバージョンに変えていったという経緯があります。

ARICA『しあわせな日々』


 

ARICAの演出

小崎 私もときおり稽古に立ち合わせていただきましたが、安藤さんが倉石さんに、この台詞、私の台詞じゃないから変えてよと迫るシーンがありました。

 

安藤 そうでしたっけ(笑)。語尾は変えていい? とか、そういう相談はさせてもらいますね。

 

小崎 その際は、藤田さんは演出家として介入されるんですか。

 

藤田 もちろん介入します。言葉や意味以上に、音がすごく大事だと思っているので。

ベケット自身も、台詞の内容より言葉の音としてのあり方を非常に重視していた作家だったんですね。メトロノームを使って演出をして、どういう意味なんですかと聞かれても、意味は別にないとかどうでもいいみたいに答えている。解釈はしない、ということだったんですよ。『しあわせな日々』の場合も、解釈について安藤さんと話をした記憶はないんです。もちろん僕は僕なりに解釈はしますけれども、それよりも、出てくる音、出てくる言葉というもののあり方を重視したので、さっきおっしゃっていたみたいに、こういう台詞が言いづらいとか、言葉が音に乗らないとか、そういうもののほうが、意味よりも重要だと思っていたんです。

我々の舞台の場合は、声とともに物音を、音楽というよりも物音を、声を補強したり増加させたりするものとして、かなり大きく使っていたんですね。ベケットのテキストの中の、マドレーヌ・ルノーが主演していた『ハッピーデイズ』の最後のほうに、物音について書かれた台詞があります。これは倉石の訳ですけれども「物音が聞こえることがある。そんなによくあることじゃないけど。恵まれているわたし、音がするおかげで……一日を過ごせる。そう音があれば、その日はしあわせな一日」、そうベケットが書いていて、この主人公の女性も、絶えず音がしている。それは歌であったり物音であったりするんでしょうが、そこには音と書いてあって、音楽とは書いていないんですよ。だから、物音が頭の中に響いているということで、自分がまだ生きているということを確認しているんじゃないかと思って。それは頭の中の音ですけど、それを外に出したらどうなるんだろうか。それが実際の言葉や声と合わさるとどうなるのだろうか、ということを、僕の演出の中では重視したということですね。

 

小崎 私がプロデューサーというより一観客として観ていて面白いなと思ったのは、『ハッピーデイズ』の登場人物はふたりですけれども、ほとんど主演女優のモノローグといってよいような、そういう作品だと思います。ダイアローグ、つまりウィニーとウィリーの会話は非常に少ない。だから、ほとんどの場面は独白なのですけれども、ARICA版だと安藤さんの台詞の語尾に、イトケンさんや福岡ユタカさんがつくった音楽、あるいは藤田さんがおっしゃったような音が絡んでくる。対話のようにも聞こえたんですけど、あれはだいぶ練習されて、まさに対話劇のようにされたんですか。

 

安藤 そうですね。ある程度は決めてあるんですけど、おふたりともミュージシャンなので、その日のノリというようなものがあって、それはそれですごく楽しかったですね。

 

小崎 なんか、毎日違うんですよね。この日は音楽が多いっていう日もありました。

 

藤田 じゃあ、いまのお話に関してサンプル的なシーンを観ましょうか。

 

小崎 ひとつ付け加えると、ARICA版の『しあわせな日々』は、アーティストの金氏徹平さんが舞台美術を担当されました。映画祭で上映したマドレーヌ・ルノー版だと荒れ野の中の小山でしたが、金氏さんは、アート用語で言うところのレディメイド、今日的な消費材や自然の物も使って大きな山をつくり、それ全体がひとつの楽器にもなっているという、非常に面白い舞台装置をつくられました。

 

藤田 この映像は、ルノーの『ハッピーデイズ』の中にももちろん出てくるんですけれども、爪研ぎで爪を研ぎながら台詞を言うシーンです。

 
【映像上映】

マドレーヌ・ルノー『ハッピーデイズ』


 

藤田 ベケットが書いているト書きを読みますね。「何かが私に語りかけてくる、もうしゃべるのは止めなさいって。しばらくは、一日にしゃべっていい分量のことばを全部使ってしまわないで、話すのやめて、いつもと違う、何かをしなさいって」という台詞があった後に、「【ウィニーは両手を上げて、目の前で開いてみせる。両手に話しかけて。】何かしなさい! 【ウィニー両手を閉じる。】なんて爪なの!【ウィニーは袋の方を向いて、袋の中を引っかき回し、爪やすりを最後に取り出し、ふたたび正面を向き、爪をとぎ始める。しばらくの間といでいる時は黙っているが、その後以下のセリフは、爪をとぐのに合わせて発語される。】」と書かれている。それを僕たちはこういうふうにしました。

 
【映像上映】

ARICA『しあわせな日々』


 

藤田 ここでカシカシと音がしていますが、これは舞台の背後で僕が実際に音の出るものをこの動作に合わせて出しています。つまりベケットが、言葉とこういう物音を交互に意識してやれっていう指示があるんですね。ト書きでこの音を出せとまでは詳しく書かれていないですけれども、これは明らかに、物音と言葉、動作というのが、互いにある種の音楽的な構成をもってつくられているんだろうと僕は思ったんです。それを強調するやり方を、我々の『しあわせな日々』では行いました。

 

小崎 安藤さんは台詞を入れる際に、言語を当然頭に入れるわけですけど、同時にその振りというか、手をどう動かすかとか、それも一緒にやっていたんですか。

 

安藤 いいえ、最初は言葉だけです。台詞が膨大にあるので、何度夜中にうなされたかわからないんですけれども。私の台詞の入れかたは、台本を机に開いて見ていると眠くなるので、道を歩きながらとにかくブツブツ……。周りの人に変な目で見られると困るので、たいていは明け方の道を歩いてなんですが。それで、ボタンを押せばすぐ言葉が出てくるロボットを目指します。意味とか感情とかはすっ飛ばし、とにかく身体の中にぶちこんで、反射神経的にセリフがすぐに出てくるというふうにして。そこまでに3ヶ月くらいかかりましたけど、毎日、キチガイのようにやりました。

 

小崎 それをやってから、ト書きの部分を加えていくわけですね。

 

安藤 そうですね。藤田さんの演出で特徴的なのは、言葉が、テンポ、リズム、スピードと音楽のように決められていて、その言葉に乗るト書きの行為というふうになります。

 

小崎 台詞を入れる際にはテンポやリズムは無視して、後から、編曲後に演奏するように加えると。
 

安藤 そうですね。

 

藤田 このシーンも、ふたりの夫婦らしき者がやって来て、埋まっている女を見て話をするところなんですけど、これはマイクを通しています。男の声と女の声を強調して出しているんですね。そうすると、安藤さんひとりの台詞なんですけれども、3人の声が違う音として出てくる。

 

小崎 これも非常に印象的な演出でした。すごく強調がされていて。

 

藤田 『しあわせな日々』のト書きで特徴的なのは、「ほほえむ」ことがたくさん出てくることです。私が数えたところによると、「ほほえむ/ほほえみ消える」というト書きが、第1幕では22回、首まで埋まっている第2幕では17回出てきます。ところが第2幕になると、第1幕の「ほほえむ/ほほえみ消える」が「ほほえむ/ほほえみ大きくなる/ほほえみ消える」というふうに3拍に分かれるんですね。明らかに変えている。マドレーヌ・ルノーの映画を観ていると、ほほえんではいるんですが、数えられるほどのほほえみは見えないんです。それはまあ、多くの俳優は自然に消化してやるので、ある種の悲しさを湛えたシーンになってしまうんだけれども、それをすごく強調して、いかにも張り付いたようなほほえみと、そのほほえみをやめる、というのを我々の場合は強調しました。

それはある種のリズムを生むのと同時に、ベケットが個人の感情でナチュラルな悲しみや痛みを演じさせているんじゃなくて、もっと大きい、フーコーの言う生権力みたいなものが、本人の知らないところで、その個人を支配しているんじゃないかと考えてのことです。無理やりほほえまされたり、無理やりやめさせられたりっていうような、個人の意思と違うところでの強制力みたいなものが強くあるような感じがするんですよ。実際、ベケットのト書きはそれくらい細かいものなので、その辺りを意図的に強調した演出になっています。いまご覧いただいたように、声を機械的に増幅して、単なる他人の声というわけではなく、頭の中で響いている世界からの批判というか、世界が自分を恫喝する声としても聞こえてくるように、機械でいろいろ操作して、音を加えたりしてみたんです。

 

安藤 でも実際にやるほうとしては、このシーンはすごく困りました。耳に自分の声が聞こえてこないんですよ。音が重なってくるから、耳栓をつくって、耳に挿してやったりしていました。

 

身体にあえてノイズを与える

小崎 さっき安藤さんが受動的なのが好きだとおっしゃっていましたけど、いまの藤田さんの説明を聞くと、ベケットはある種、俳優に受動を強いる作者ということになるんでしょうか。

 

藤田 そうだと思います。明らかに俳優の自由を奪っていく。

 

小崎 とすると安藤さんは、太田さんのところで受動性が養われたというような言い方をされていたと思うのですが、太田さんとベケットには、その点でも共通点があったということでしょうか。

 

安藤 そうですね。2メートルを5分という、かなりゆっくりのスピードで歩く、そのこと自体かなり拘束力が大きいんです。これは太田省吾だけの傾向じゃなくて、たぶん1960年代くらいから、日本にもそういう傾向が出てきています。例えば土方巽も「剥製体」と言って、空っぽの身体、動かされる身体というものを想定して、舞踏の中に取り入れていると聞きました。

 

小崎 60年代には、日本にベケットがどんどん紹介されてきて、日本だけではなく世界的にベケット・ブームだったわけですが、その中で当時の演劇人たちが積極的にベケット的な演出や思想を取り入れていったということでしょうかね。太田さんとベケットの話をされたことはありますか。

 

安藤 実際はあまりしなかったんですけれども、あとから考えてみると、ここはベケット的だったんだなというところがありますね。例えば、太田が1982年に初演した『死の薔薇』(後に『プラスチック・ローズ』と改題)という精神病院を舞台にした作品があるんですけれども、そこに、自分の行為をずっと録音し続ける老人という役があって、『クラップの最後の録音』を想起させられます。

 

小崎 何かいま、演劇史に残る貴重な証言を伺えたような気がするんですけども、藤田さんは太田さんの演劇をどのようにご覧になっていたんですか。

 

藤田 その前に少し訂正をさせてもらうと、安藤さんは『ハッピーデイズ』が私の卒論の対象であったとおっしゃっていましたが、『ハッピーデイズ』が卒論であったわけではありません。当時いた美術大学には、教員として菅木志雄、李禹煥、宇佐美圭司という現代アートの作家たちがいました。さらに、学部長がデュシャンの専門家だった東野芳明さんだったもので、演劇と並行して現代美術にも興味を持っていたんですね。それもあったので、主にベケットの、わりとフォルマリスティックなものが強くなってきた、演劇の声と音と身体の構造みたいなものがミニマルに、あるいははっきりと見えてくる後期の作品に興味を持ったんです。

それと同時に、『プラスチック・ローズ』など、転形劇場が解散する前の太田省吾作品を観る機会もありました。それまでにもいろいろな演劇を観ていたんですけれども、沈黙劇である『水の駅』の、真ん中に壊れた水道があって水が流れていて、『ゴドー』の1本の木みたいに見えるものには、ベケット作品との親和性をすごく感じましたね。あるフォルムがはっきりとあって、そこで生きている人間のディテールが逆にはっきり見えてくる。それは僕がベケットに興味があったせいというか、それがあってベケットに親和性を感じたこともあったと思うのですが、そういう見え方に強い感銘を受けて、それから紆余曲折があり、『水の駅』の冒頭に登場する少女と作品をつくることになっているわけです。

 

小崎 その「少女」とは、『ハッピーデイズ』以外にも仕事をされていますね。

 

藤田 この映画祭でも上映される『ねえ、ジョー』というベケットの作品があります。テレビドラマのための作品で、男が部屋の中でひとり座っていて、そこに女の声が聞こえてくる。どうも男と女には昔関係があって、女はその男のために海で自死したというような話を、女が語り、男が頭の中で聞いているという作品です。これをもとにした『ネエアンタ』という作品を上演したことがあります。

テレビドラマでは、基本的に部屋の中で男が座っているだけなのですが、舞台では成立しないと思いました。そこで、男は部屋の中にいるのだけれど、物音が聞こえるので窓とかを覗きながらぐるぐる動いていることにしました。さらに大きく違うのは、女の声の主らしき女が出演する。しかも、すごく大きい、2メートル50センチくらいの幽霊として登場する。しかし男はその女を見ることができない、けれど声は聞こえる、という演出にしたんですね。『ねえ、ジョー』では、カメラが徐々に男に近づいてくるんです。でも、舞台はアップにできないので、逆に舞台がどんどん手前の方に迫ってくるという構造にしています。部屋は最初、後ろのほうが広く空いているんですけど、シーンが進むにつれて、後ろの壁が前のほうに来て、最後は男が非常に狭い部屋の中で同じ動きをしているという、そういう演出にしました。

 

小崎 この作品は私も拝見しましたが、びっくりしたのはそのふたつでしたね。ひとつは、『ねえ、ジョー』そのものだと思って観に行ったら、声だけではなくて俳優が実際に舞台上に出てくる。私は安藤さんのファンだったので、見られてうれしいなと思いましたが(笑)。もうひとつ、藤田さんが説明されたとおり、舞台が物理的に客席に迫ってくる。あれはなかなか斬新な演出でした。

 

藤田 やはりベケットの構造を意識したんですね。ベケットがどういうふうにこの作品にアプローチしているのか、そしてどういうふうに言葉を捕まえているのか。我々がやるときに、それを我々なりにどうやって自分たちの構造の中に取り込めるのか。それは、この作品ではベケットのテキストを使わせてもらっていますが、ベケットに限らず何か我々が創作をするときには、かなり意識するところです。20世紀後半の、あるいは21世紀のいまの演劇のあり方としても、ベケットのやってきたことには、まだまだ参考にできる部分が非常に大きいのではないかと思います。

 

安藤 この作品のときに、声をどうしようかなと思ったんです。台詞の内容がかなり情念的なもので、私は情念は苦手、どんなふうに台詞を言おうかと悩みました。姿が見えない女が舞台上の男に語りかけるという設定で、舞台袖の椅子の上に座布団を重ねて、その上に腹ばいでスタンバイ、足を蹴り上げながらお腹に刺激を与えて、その揺れを利用して、あえてノイズを入れるように口元のマイクに向かって発語しました。いろんな試みに挑戦できるのは、すっごくワクワクします。

 

藤田 いろいろと試しながら、どれくらいの座布団を間に入れればいいのかとか、どのくらいの高さでやればいいのかというのを稽古しましたね。YouTubeにも上がっていると思うんですけれども、ベケット自身の演出で、ビリー・ホワイトローというイギリスのベケット俳優として非常に有名な女優が声に出しているのですが、本当に素晴らしい。ベケットの指示で、ほとんど色のない、感情のない、本当に幽霊のような声がずっと聞こえてくるんです。

 

小崎 ベケットがいちばん気に入っていた俳優ですね。

 

藤田 そうです。そういう色も意味もない、でもすごく恐ろしい声なんですけれども、たとえそれが技術的に真似できたとしても、それじゃ私たちがやる意味がないと思ったんですよ。でも、ある種の感情的な台詞にしたくないと安藤さんも言ったし、その通りだと思うので、身体にノイズを与えるために、自分の感覚でコントロールするのではなくて、具体的にお腹を揺らすことで、何か自分の意思や感情と離れるような方法を探ってやったということです。

 

小崎 ARICAにかかると、役者の身体までも装置になってしまうという感じがします。

 

藤田 そうですね。ベケット自身がそれを望んでいるような気もするので。

 

ベケット・唐十郎・太田省吾

小崎 では、最初に予告したとおり、安藤さんが朗読パフォーマンスをご用意して下さっているということですので、お願いしてもよいでしょうか。

 

安藤 いきなり始めるとちょっとびっくりされると思うので、最初に説明させてください。

昨日まで解体社の公演に出ていたのですが、出演依頼があったときに、今回の解体社では唐十郎の『特権的肉体論』を読み解くと言われたんです。唐十郎の戯曲を「やる」のではなくて「読み解く」ということで、『特権的肉体論/1968年/唐十郎』というタイトルが付けられていました。私は、唐十郎の芝居は好きで観ていたんですけれども、とてもじゃないけれど自分が演じる立場になるのは無理なんじゃないかと思って。解体社の人たちはすごく身体も鍛えているし、そんな中に私が入り込んで何ができるのかなと思ったときに思い出したのが、太田省吾さんが唐十郎論をひとつ書いているんです。それは『裸形の劇場』という本に収録されているんですけれども、唐十郎が書いた『盲導犬』という戯曲の台詞の一部を取り出して、それを太田さんが分析している。それを私はずいぶん若いときに読んで、すごく好きだったんですね。

解体社の清水さんに、これを取り上げるなら私もできるかもしれないと提案したら、ぜひやってくださいと言われました。『盲導犬』は蜷川幸雄が演出をしたんですが、石橋蓮司と蟹江敬三のふたりの会話の一部を、いまから少しやってみます。唐十郎の情動的な台詞は昔の紅テントの人たちにはかなわない、じゃあ私はどうやって向き合えるのかと考えて、腹話術でやってみることにしました。顔の表情は口の動き方によって出てくるので、それをゼロ度にしたらどうなるのだろうと考えたんです。それで、腹話術で練習していたんですけど、つまんなくなっちゃって。腹話術って実は人形のほうが異様で、人形の口は自由にならなくて、あの口の動かし方が面白い。最終的には腹話術師、ときどき壊れた人形みたいになりました。

なぜベケットがテーマのここで『盲導犬』をやるのかというと、私はこの台詞の中に、唐十郎のベケット的な部分というのを感じたからです。紅テントに以前いた飴屋法水さんも「唐の処女作を読むと、ベケットの影響を感じる」とおっしゃっていました。ベケットと唐十郎なんて意外な感じがしますが、この部分に関してはかなりベケット的だなと思ったので、この場でやらせていただきます。

 

【パフォーマンス】

破里夫 いい風を吹き込んでやろうと思ったのに。俺がおまえのお尻に風を吹き込むだろ。そしたら、おまえのお腹は俺の風でパンパンになる。そしたら、今度はおまえが俺のお尻に吹き込むんだ。そして、俺のお腹がパンパンになったら、また、俺がおまえのお尻に、こうしていつまでもとこしえにくり返す。でもいつか、おまえか俺のどちらかが死んでさ。死んだのも気づかずに一生けんめい、息を吹き込んでいたら、一向に起き上がらないのに、自分には一つも息を吹き込んではくれないのに、ただひたすら息を吹き続けていたら・・・悲しいねえ。

フーテン 想像でなくなよ。

破里夫 いつかはそうやって取り残されてゆくんだ。

 
 

小崎 本当にベケット的ですね。昨日も金氏さん、田村さんとのトークで、ARICAの『しあわせな日々』で金氏さんがつくられた舞台装置は「穴」をすごく意識されたと聞きました。穴とスカトロジーはとてもベケット的なモチーフですよね。ベケットは下ネタが好きな人で、この唐十郎もそう。しかもいまのふたりの台詞は、『ゴドーを待ちながら』のジジとゴゴの会話にあってもおかしくない。

 

安藤 クラウン(道化)的な。

 

小崎 クラウン的ですよね。ふたりで馬鹿馬鹿しい遊びを真剣にやっているような、そういうところもベケット的だなと思いました。

 

安藤 太田さんがこの台詞を取り上げて、唐十郎について論じている部分があるので、抜粋したものを読ませていただきます。

 

唐十郎の芝居を見了えた時の私の印象は寂しい・・・

あの寂しさは何なのか?

「お尻から息を吹きこむ」という、馬鹿げた、よくもまあ考えつくものだといった行為を発見することによって、〈一生けんめい〉〈ひたすら〉を創り出した。
情熱自体を発明しようとしたのだ。
「お尻から息を吹き込む」という〈行為〉、
それが馬鹿げたことであるという判断を無化する〈切実さ〉、
そのことによってやっと手に入る〈情熱〉、
それを手放すまいと(一生けんめい、ひたすら、やり続ける)〈筋力〉。
唐十郎は、〈行為〉に筋力を費やしている。
寂しさを伴わぬ〈行為〉はない。
米をとぐことにしても寂しいことがある。まして、屍体のお尻に息を吹きこむことが寂しくないはずがない。

 

これが、太田省吾さんの唐十郎論の要約です。とてもベケット的で、そういう意味では、唐十郎や太田省吾だけでなく、1960年代から始まった第一次小劇場運動の旗手たち、鈴木忠志や別役実、その後も串田和美や宮沢章夫など、ベケットは日本の演劇界にかなりの影響を与えたと思います。

 

小崎 確かにこの文章は、唐十郎論であると同時にベケット論に聞こえますね。いまのシーンからは、マリーナ・アブラモヴィッチとかつてのボーイフレンド、ウーライの「Breathing In, Breathing Out」という作品を思い出しました。ふたりとも鼻孔に煙草のフィルターを詰めて、そのあとでキスをする。そして唇を離さずに、互いの息を行ったり来たりさせるという、ほとんど拷問のようなパフォーマンスです。アブラモヴィッチもベケットに非常に影響を受けているアーティストですが、影響の表れ方が、唐さんの場合には肛門に、アブラモヴィッチの場合は口に行ったのかもしれません。

さて、あっという間に時間が経ってしまいました。最後におふたりからひとことずつ、今後のインフォメーションなども含めてコメントをいただければと思います。

 

藤田 2020年2月9日から11日に、2006年に初演し、海外でのツアーも重ねた『KIOSK』というARICAの代表作のひとつを、横浜のTPAMに参加して上演します。その後、2019年7月に京都で上演したベケットの『ロッカバイ』がベースの『終わるときがきた』という作品を、つくり変えて上演し、それ以外にも新作を計画しています。

 

安藤 今日、マドレーヌ・ルノーの『ハッピーデイズ』を見せていただいて、すごく感激しました。半身が土に埋まっているという奇妙な設定はどこからきたのか。たぶん、ベケットは第二次世界大戦中に焼け跡をずいぶんたくさん見て、累々と重なる死体の山から発想したんじゃないかと私は勝手に推測しました。土まみれの女性の死体を生前の美しい盛装で蘇らせ、声を与えて、彼女が生きていたかつての生活を回想してみる。戦争や災害など悲惨な状況になってはじめて、日常の当たり前のことが実はささやかな幸せであったと気づく。いまは亡きマドレーヌ・ルノーを見ていて、とても愛おしく切ない感慨に襲われました。今日はよい機会を与えていただいて、ありがとうございました。

 

小崎 今日は1時間という短い時間でしたけれども、なかなか濃密で、しかも朗読パフォーマンス付きの贅沢なトークだったと思います。どうもありがとうございました。

 



*この対談は、『没後30年―サミュエル・ベケット映画祭』の企画として、2019年12月23日に京都造形芸術大学映像ホールで開催されました。

 

*ARICAの『KIOSK』は、2020年2月9日から11日まで、国際舞台芸術ミーティング in 横浜(TPAM)において上演されます。
https://www.tpam.or.jp/program/2020/?program=kiosk

 


あんどう・ともこ
アクター。太田省吾と演劇活動を20数年継続後、2001年に藤田康城らとARICAを創設。国内外で新作を発表し続ける。出演作品に『水の駅』『↑』(転形劇場)、『KIOSK』『しあわせな日々』(ARICA)など。第17回カイロ国際実験演劇祭最優秀ソロパフォーマンス賞受賞。

 

ふじた・やすき
演出家。多摩美術大学で現代美術、東京都立大学でフランス文学を学ぶ。2001年4月、詩人・批評家の倉石信乃、アクターの安藤朋子らとともにパフォーマンスグループARICAを設立。ベケットの『しあわせな日々』(『ハッピーデイズ』)を含む全作品の演出を担当する。




(2020年2月1日公開)