インタビュー リュシール・レイボーズ&仲西祐介
(KYOTOGRAPHIE創設者/ディレクター)


聞き手:小崎哲哉+リサ・アレン
写真:新保拓人

画期的なフェスティバルはどんな経緯で実現に至ったのか? 2人の企画者に詳細を尋ねてみた。

photo by Shimpo Takuto



● アルルで受けた衝撃

—— KYOTOGRAPHIEを開催しようと思ったのは、いつ、どのように、そしてなぜですか。

仲西:2011年にパリで一緒に展覧会を開いた後、ふたりでアルル国際写真フェスティバルに行ったんです。リュシールは前に何度も行ったことがあったけれど、僕は初めてで、大きなショックを受けました。

—— アルルで「やろう」と思ったわけですね。

仲西:僕はそうですね。

レイボーズ:写真についてこんな可能性があるということに、祐介は初めてはまってしまったんです。アルルの写真の見せ方は非常にユニークで、とても刺激的だから。

仲西:日本は極東の小さな島国で、アートに関する情報も欧米とは比べものにならない。非常に孤立しているんです。アルルの国際写真祭には世界中から、特に欧米からたくさんの人が来ます。写真界における一大舞台であり、だから僕たちアジアにも同じような舞台があればと思いました。そうすれば互いに知り合って、情報を交換できると。

レイボーズ:日本にはこれだけ素晴らしい写真家がいるのに、奇妙なことに国内より海外でのほうが評価が高い。国内ではアーティストとして遇されることがほとんどないんです。だから祐介が言ったように、舞台を作り、展示の機会を設けたいと思いました。日本の方々に、日本の素晴らしい写真家を観てもらおうというわけです。

仲西:フランスにいたときに、普通のフランス人がごく当たり前にアートを買うのを目にしました。作家が有名か否かは関係なくね。アートが好きなら作品を買って、生活に取り込み、生活の中でアートを楽しむ。そうすることによってアーティストを支えるんです。フランス人がそうしているのを見て、「なんだよ、これって日本にないじゃないか」って思いました。マスコミと日本の企業は、アーティストを広告にしか使っていないでしょ。

アーティストとして生きるのってたいへんじゃないですか。リュシールと僕は、アーティストをサポートしたいんです。日本で必要なのはこれ、つまりアーティストを支えることだって考えたわけです。日本人はアート作品を無料かごく安価なものだと思っていて、作品を買って作家を支えようなんて考えたこともない。「面白かったねえ。ありがとう」と言うくらいで、アーティストと自分の関係とかに考えが及ばないんです。

このフェスティバルは、海外に向けて展示する機会を日本人アーティストのために創り出せるかもしれません。あの地震の後で思ったんですが、この古い日本的システムの中に、閉ざされた国の中に、僕たちは何かを創り出さなくちゃならない。こんな社会では、こんなつまらない暮らしの中では生きてゆけません。僕たちは開かれてあるべきで、でもそれはグローバル(地球はひとつ)という意味ではなく、インターナショナル(国を超えて)という意味です。本当の意味で開かれていなくては。

—— KYOTOGRAPHIEはアートフェアではなくアートフェスティバルですが、作品を売る会場もあるんですね。

レイボーズ:ええ。フェスティバルは、KYOTOGRAPHIE本体とKG+のふたつのパートで構成されます。本体は12会場で開催され、入場料が必要で、作品は販売しません。KG+はサテライトイベントで、30数ヶ所のもう少し狭い会場で開催。新進写真家の展示を行い、入場は無料。販売は作家の自由です。

仲西:KG+は、KYOTOGRAPHIEを観に来る海外の観客に、日本のアーティストを観る機会を与えるものです。公式会場の周りにはたくさんのカフェや町家があるんですが、若いアーティストはそこで、作品を見せたり売ったりする予定です。

レイボーズ:誰にでも開かれているわけじゃありません。KG+でも、質の高い写真を選んでいます。

仲西:KYOTOGRAPHIEではクォリティがとても重要なんですよ。僕たちは日本のクォリティを見せたいんです。非常に高水準のクォリティを、しかも京都から。だから展示する作品にも、提携する団体や企業に対しても、とても慎重です。

レイボーズ:スポンサーも、とても慎重に選びました。

 

● 京都で開催する意味と意義

—— KYOTOGRAPHIEを開催する意味、意義とは何でしょうか。こうした写真フェスティバルを京都のような都市で開く必要はなぜあるのでしょう。

レイボーズ:京都で暮らし始めたとき、ふたりで自転車に乗って会場探しに出かけたんですよ。そして少しずつ、フェスティバルの方向性が見えてきたんです。大きさといい、歴史といい、数々の素晴らしい場所といい、この街はアルルのようなフェスティバルを開くには最適でしょう? アルルは完璧ですが、あれだけ評判になったのは、普通の人と写真との距離を縮めて歴史的な場所で写真を見せたからです。

ここで開催しようと思ったのは、まずは私たちがここに住んでいて、街の魅力と歴史に惹かれたから。京都には時間との関係というものがあって、それ自体が面白いし、写真にもつながってくる。それを楽しめればと思ったんです。さらに、これだけ様々な場所があって京都に来る観光客も多いから、大勢の観客に写真を見てもらえる可能性も高い。

京都は聖性という点でも歴史性という点でも強力です。フェスティバルの開催地として、これ以上の都市を夢見るのは難しいと思います。

仲西:僕たちは、真に国際的なイベントを日本で創り出したいんです。大きなチャレンジですが。地震とフクシマの後、僕は東京という大都市のあり方に失望しました。東京は巨大な都市であり、誰もがこの大都市にやって来ます。この大都市が崩壊したら日本も崩壊してしまう。国を維持してゆくためには別の可能性が必要だと思ったんです。京都は日本の、それも日本の文化の心臓部だと思います。この街から何かを、直接世界に、東京を通さずに発信することができるんじゃないかと考えたんです。

—— 全体のテーマはあるんですか。

レイボーズ:いまのところは非常にオープンです。第1回だから、あまり制約をかけたくない。このフェスティバルは世界への窓だと考えていて、展示作家の半分は国際的。アフリカ、ヨーロッパ、アメリカなどで、残り半分が日本人です。

仲西:毎年開催され、年ごとに少しずつ新しい方向性が出てくるといいと思っています。

—— 面白い会場が選ばれていますが、参加する写真家や会場の選択基準はどんなものですか。

仲西:企画に共鳴して、名乗りを上げてくれた会場もあります。会場に合わせてアーティストを選ぶ場合も、アーティストを選んだ後で、その作家と作品が合うかどうかを考えて会場を決める場合もありました。

レイボーズ:京都市とも実際に関係を築いています。できる限り京都の「顔」を見せたいと思っていたから、市とのやり取りは重要です。京都造形芸術大学やアルル国立高等写真学校の学生たちとのプログラムもあって、これは毎年見せたいですね。現在、京都造形大で教えている小野規さんがアルル国立高等写真学校の卒業生で、この企画を実現して下さいました。ある種の交換プログラムというわけです。

—— クリスチャン・ポラック・コレクションは現代の写真ではありませんが、これを展示するのはなぜでしょうか。

レイボーズ:ある知人が提案してくれた企画です。日本にいる方なので、こんなに短い間に実現できました。さもなければ2年くらいかかったと思います。

美しいコレクションで、非常にユニークな主題の、面白い作品をたくさん集めています。そのコレクターが最近、フランス人旅行者が集めた幕末明治時代のアルバムを手に入れたんです。

仲西:便利堂さんに、オリジナルの写真の複製とプリントをお願いしました。これも京都とのコラボレーションですね。

—— 便利堂といえば、「コロタイプ」という特別なプリント技法を続けている企業ですよね。

仲西: 150年前にフランスで開発された技法で、まさにそのコロタイプによるプリントです。

レイボーズ:たぶん京都は、世界の中でコロタイプでプリントができる最後の都市でしょうね。彼らと協働したいと思っていたんですよ。

 

● 京都と日本の未来を見せたい

—— 保守的な街だから苦労も多かったのでは?

仲西:そうですね。ある意味難しい街かもしれません。京都人は感情を表に出さないから、交渉事には時間がかかります。心を開くのは少しずつで、ものすごく慎重。だから時間も忍耐もエネルギーも必要ですが、いったん絆が出来ると非常に強力です。

京都人は歴史や美や文化を重んじていて、日常生活の一部になっています。だから危険を冒したくないだけで、実は新しいことにチャレンジしたいのかもしれません。幸いなことに、当初からこの企画に惚れ込んで、助けてくれる人が何人かいました。その支えがあったからこそ続けていく自信が付いた。そして歩を進めていく内に、開かない扉が開き始めたんです。

—— ある面では、京都人は新しいものにすごく関心を抱きますよね。

レイボーズ&仲西:そうそう、そうなんですよ!

仲西:京都人は変わりたい。と同時に変に変わりたくない。だから、誰かが日常を変えてくれるのを望んでいるところがあるのではないでしょうか。僕たちは京都では新参者で……。

レイボーズ:それが私たちの役割だと思うわ。何かいいアイディアを持ち込んで……。

—— 触媒として。

レイボーズ&仲西:そうですね。

レイボーズ:このイベントは海外、つまり国際的なメディアの関心を集めています。非常に好評で、よい紹介記事が出始めている。京都は非常に強いアウラを持っていて、海外の人々をまだまだ日本に惹き付けているんです。もちろんフクシマの後は少し揺らぎましたが、このプロジェクトは前向きに映っていると思います。

話は変わりますが、私たちは本当に大勢の方々に助けていただいています。特に展示会場に関して。たくさんの方が場所を提供して下さいました。これはある意味で共同制作なんですね。彼らが場所を提供してくれ、私たちが展覧会を提供する。私たちは非常に幸運でした。

仲西:京都の人はクォリティの高さを知っていますからね。質がよければ彼らは……。

レイボーズ:賛同してくれる。

京都の職人と協働するのも素晴らしい経験ですね。とてもユニークなものが作れるし。アーティストとのコラボレーションみたいになりうる。

—— 便利堂とのプロジェクト以外に、地元の工芸作家や職人とも何かやるんですか。

仲西:ええ。ハイテク企業や伝統工芸の職人たちと協働したいと思っています。日本の新しい側面を見せたい。歴史的な都市としての京都だけではなく、京都の未来も、日本の未来も見せたいんです。

 

Lucille Reyboz
リヨン(フランス)生まれ、バマコ(マリ)育ちの写真家。1999年、坂本龍一の『LIFE』プロジェクトに参加するために初来日。以後、アフリカと日本を往来するようになり、2007年に東京に移住。2011年、東日本大震災後に京都に移住した。

なかにし・ゆうすけ
福岡生まれの照明アーティスト。東京に20年以上暮らし、執筆や、撮影や舞台の照明演出、パフォーマンスやイベントのディレクションを行う。これまでに30ヶ国以上を訪れている旅人でもある。近年は、ドライフードやネオンガスなど、自然素材を用いたライティングインスタレーションを創作している。現在は京都在住。

 

(2013年4月1日公開)