撮影:石塚俊
伊東篤宏
昨年9月に、東京を拠点に活動していたバンド 「
空間現代」が京都の左京区にスタジオ兼ライヴスペース「
外」をオープンした。メンバー全員(トリオ / 3人、そしてその家族) が京都に移住し、メンバー全員が「外」の運営に関わる。
私は2000年から2005年の借家契約終了迄、東京は代々木で「ギャラリー / フリースペース OFFSITE 」というスペースの運営に関わっていた。だから、良くも悪くも、スペース運営の楽しさも面倒な面も、理想と現実のギャップも大体は理解しているつもりである。
故に最初にその計画を聞いた時、不慣れな土地での初めてのスペース運営を支持すると共に若干の不安がなかった訳ではない。しかし彼等の行動力、実行力を見るに付け、その不安は徐々になくなっていった。
私がOFFSITEに関わっていた2000年代初頭、世の中は “これまでにない不況”、”日本経済の低迷期” といわれていたが、残念な事にその後も日本経済は更なる低迷を続け、現在に至るまで盛り返しを見る事は出来ていない。多分、かつての様な状況が訪れる事は二度とないだろう。
とにかく、その“終わりの見えない低迷期”と、やけに景気の良さそうな“東京オリンピック”騒動に正直なところ、いい加減うんざりしきっていた2016年9月、彼等の京都での活動は意外と静かに始まった。
撮影:石塚俊
アーチスト イン レジデンスが可能なライヴ会場
「外」は空間現代のスタジオ 兼 ライヴハウスで、ライヴスペースが約41平米。こぢんまりとした空間で50~60人入ればかなり一杯という広さだが、無駄なものがないせいか、狭い印象は全くない。音は良いし、広さに対して充分な音量が出せる。音に関して1つ言及するならば、「外」は白川通という幹線道路沿いにあるが、隣近所は閑静な住宅街で、やはりライヴの音に関して当初は苦情もあったと聞く。防音工事はキチンとなされているが、完全防音はあり得ない。
周囲からの音の苦情に頭を悩まし、気を使うケースは、昔から各地のインディペンデントなスペースなどに多く聞かれる話で、「外」もまた例外ではない。しかし現在はメンバーの努力もあって近隣住民の理解を少しずつ得ているところである。(これにはメンバーの地域行事への積極参加といった献身的行動により近隣住民から信用を獲得し始めているという、隠れたイイ話がある事も特筆すべき事だと思うのでここに記す。)
また、「外」は遠方からのアーチストに対応して宿泊も可能という特徴も持っている。アーチスト イン レジデンスが可能なライヴ会場は、行政の絡んだ施設以外では、まだまだ少ない。海外から来たアーチストなどには非常に喜ばれるのではないだろうか。
そして更にもう1つ特筆すべき点として、彼等は京都移住を機に「合同会社 空間現代」を設立した。つまり空間現代はバンドであるが、会社でもある。銀行から直接 融資を受ける事が出来るバンドは、日本国内ではなかなか珍しいのではないだろうか。
運営面での特徴としては、「外」は会場レンタルを行わず、バンドメンバーと極 少数のスタッフが全ての企画に関わり、運営するという。外部からの依頼に対して単なるレンタルはせず、彼らが面白いと感じ、やる意味を見出せる企画だけを自分達と外部の企画者の協力体制でライヴイヴェント等の形にしていく方針である。
この基本方針とその態度は、特定の意志、理念を持って場所を運営していく上での理想的な形と言えるが、同時に、継続的に利益を生み出す事が非常に難しいやり方でもある。(会場レンタル料が発生しないのだから、当然である。)
具体的には、ライヴハウスとしてのランニングコストやメンテナンスに絶えず費用がかかるし、スタッフ(つまりバンドメンバーと、極少数のスタッフ)に給料を支払わねばならない。毎回、多少なりとも出演者へのギャランティを捻出する必要もある。つまりは絶えず宣伝を怠らず集客に努め、ライヴイヴェントを行う事によってある程度の収入を得ていかなければならない。(勿論、収入を得る方法はそれだけではないが。)
週2~3回、コンスタントにイヴェント企画を立て、毎回一定のクオリティと集客を保ち続ける事の大変さ~気苦労は、場所の運営に関わった事や、イヴェントを企画した経験のない人でも、ある程度想像出来るのではないだろうか。
しかもライヴは文字通り生き物であり、演者や会場側の姿勢がダイレクトにイヴェントに反映する為、そのクオリティ保持と集客には間違いなく集中力と忍耐力を要する。
撮影:石塚俊
「静かな“暴挙”」はなぜ実現したか
私がOFFSITEに関わっていた時代と比べ、アーチスト ラン スペースや、オルタナティヴ スペースと呼ばれる場所は増えているが、やはり経済的理由や近隣トラブル等が原因となり、長く続かない例も多い。実際、「外」に限らずスペースの運営というもの/事自体には大変な苦労が伴う事は事実であるが、ではその「外」や、国内に数多あるアーチスト ラン スペースに、何か新しい流れを生み出すチャンスは、可能性はないのか? といえば、実は私個人は全くそう思っていない。いつだってその可能性はあるし、むしろ様々な試みを実践し、形に出来る機会は以前より増えているのではないかと感じている。
金銭面の諸問題は、場所を運営するほぼ全ての人が抱える共通の問題~課題であり、それ自体は今に始まった事ではない。何よりまず、国や企業、その他団体からの助成金制度の数が以前より増えている。しかも以前は「実験的、先駆的な」「音」あるいは「音楽」は何故か助成対象になりづらかったが、今現在は多少なりともそういったアーチストをサポートする環境ベースが、以前に比べ整備されていると言って良い。
また、先にも書いたが、大きな資本がなくても独自にスペースを運営する人口も増えたので、スペース同士の協力体制も昔に比べてとり易くなっているはずである。これらの状況は果たしていつ迄続くのかはさておき、アーチスト ラン スペースを運営する者にとってもこれからそれを始める人にも、バンドや個人の音楽家やオーガナイザーにとっても、ある側面から見れば明らかにチャンスである。
そして私には、空間現代と「外」はこのチャンスの波をなかなか上手く捉えている様に見える。多分それは偶然でも、単なるビギナーズ ラックでもない。彼等が始めた一見、「静かな“暴挙”」とも言える行動は、音に関わるアーチストの活動やそれを支えるスペースやスタッフの在り方とその運営などの先駆的な例となり得るものである。
彼等がユニーク且つ、さり気なく大胆なところは、家庭の事情という大きな理由で東京を離れる必要が生じた際に、バンドごと移動〜移住してしまい、結果、自分達の生活基盤を全て変えてしまった事に象徴される。これは想像する事は出来たとしても、実際そう簡単に実行出来る事ではない。バンドメンバーの結束力の強さもさる事ながら、彼等の家族の理解と協力無くしては考えられない決断と行動である。また、バンドを単なる楽団、音楽グループ、という捉え方ではなく「会社」化し、家族や友人をも巻き込んで新たなコミュニティを形成し、更には自分達のやりたい事がいつでも出来る「場/拠点」を造ってマイペースに活動出来る体制を作った。バンドがレーベルを運営する例は多く見られるが、空間現代の様なコミュニティの捉え方とその運用術は、バンドという在り方にあって今迄にあまり例を見ないやり方なのではないだろうか?
また、実は彼等は数年前から文化財団からの助成金を得て海外ツアーも行なっている。そして「外」のプログラムにも、助成金を運用して行なわれたものが既に幾つかある事から、行政や助成団体と渡り合う方法や技術を、独自に獲得しつつある事も明らかである。彼等としては自分達に必要と思える事に対し、トライ&エラーを繰り返しているだけに過ぎないのかもしれないが、このたくましさには見習うべき点も多い。
そう、彼等くらい本気で「自分達の音楽」を創る気があり、現状に満足する事なく納得出来るやり方を模索するならば、どこにスペースを運営しても構わないし、バンドが会社になっても不思議ではない。もはや東京を中心に物事を考える必要はどこにもないし、共同体を再編する試みも多いに試行錯誤されるべき時である。
当たり前の事だが、どこで何をするかは本人次第であり、理念と意志と行動力さえあれば、まずはどこでも事は起こせるという事である。今の空間現代と「外」の活動は正にそのことを証明している。
(2017年4月3日公開)
空間現代/撮影:Katayama Tatsuki
いとう・あつひろ
1965年生まれ。美術家、OPTRONプレーヤー。
90年代より蛍光灯を素材としたインスタレーションを制作。98年に蛍光灯の放電ノイズを拾って出力する「音具」、OPTRON を制作、命名。展覧会会場などでライヴを開始する。2000年以降、国内外の展覧会(個展、グループ展等)、音楽フェスティバルなどからの招集を受け、世界各国で展示とライヴ・パフォーマンスをおこなっている。
2005年よりOPTRON は現在の手持ちの形態となり、所謂サウンドアート的展開からインプロヴィゼーション〜ロック〜クラブミュージックまで、音の大小や空間の規模を問わな いそのパフォーマンスで、様々なタイプのサウンド・パフォーマー達やダンサーとの共演、コラボレーションも多数おこなっている。
www.gotobai.net/
(イベント情報)
内橋和久ソロライブ
日時:2017年4月6日(木) 開場 19:30 開演 20:00 終演予定 22:30
会場:外 京都市左京区鹿ケ谷法然院西町18
料金:予約 2500円 当日 3000円
WEB予約
*アフタートーク
「BRIDGE」と「外」
出演:内橋和久 / 野口順哉(空間現代)
司会:小崎哲哉(『REALKYOTO』発行人兼編集長)
共催: REALKYOTO
(詳細はこちら
外)