【SMALL ARCHIVE 森村泰昌】

1988年『Art & Critique』8号より転載
〈TOPICS〉ベニス・ビエンナーレ——ベニス・コルデリア(注1)物語/文・石原友明、森村泰昌



 
この夏(6月29日〜9月25日)、ベニス・ビエンナーレが開催され、 森村泰昌と石原友明も参加した。2人に同展の印象を報告してもらおう。

(Art & Critique 編集部)


 
●プロローグ

6月のはじめには秘密のうちに市民病院の隔離病舎が満員になり、2つの孤児院でも収容しきれなくなりはじめ、一方新埋立地の岸壁と墓地のあるサン・ミケーレ島のあいだには怖ろしくも盛んな交通が行なわれた。それでも市では、一般的損害の憂慮、最近公園で開催された絵画展覧会(注2)への顧慮、世間に恐慌をおこして市の評判を落した際にホテルや商業や諸種の観光事業ぜんたいをおびやかす莫大な打撃への顧慮などの方が、真実への愛と国際協定の尊重より有力であることを実証した。そういうものが当局を動かして、黙秘と否認の政策を頑強に維持させたのある。

(「ベネツィアに死す」トーマス・マン/浅井真男訳より)


 
●第1話「めまい」

石原 森村さん、ベニスとかけてナンと解く。

森村 ベニスとかけて…

石原 かけて…

森村 “サンマルコの鳩の目”と解く。

石原 してそのココロは。

森村 クルクル回って、めまいを起こす。

石原 よくワカラナイ。

森村 僕はね石原君、ベニスでは目をまわしてました。あの島は全体が静かに揺れてますから。

石原 やっぱり、 よくワカラナイ。

森村 君はワインを飲まないもんね。ワインはね、めまいの増強剤。

石原 サンマルコの鐘は、めまいのBGM?

森村 ベニスの迷路は、めまいの導火線。

石原 “ベニスにはめまいがよく似合う”って言いたいんですよ、この人は。

森村 雷と大雨も似合ってました。あれは、めまいの鎮静剤でした。

●図3  (掲載誌面より)


 

●第2話「べねちゃんでえく」

森村 大工(でえく)さんが面白かった。最初は荒くれ男達だと思ってましたが、親しくなってくると、わかってくることがたくさんありました。

石原 壁面なんか少しくらい曲っていても気にしないんです。だからといって粗雑なわけでもなくて…。細かいことには気にしないで、どっしりしたおおらかな作り方をしていました。

森村 のろのろしているように見えて、意外と作業のペースは、はかどっていたり。1人で非常に重いものを運んでいたり。彼らなりのやり方がのみこめてくると、感動すら覚えます。

石原 各ブースの天井に取りつけるライトの羽根板も、その場でアルミ板を切って作ってました。事前に用意するんじゃなくてね。

森村 そうそう、僕の作品をとりつける金具もその場で金属を曲げて作ってくれました。

石原 日本でだと予定とか規格からはずれると身動きがとれないなんてことがよくあるけれど、その逆のやり方なんだなって感じた。

森村 パビリオンの方の展示にしても、壁へのペインティング、壁への作品埋め込み、床を削った作品なども結構ありました。作品のアイデアにあわせて改造し、次の時には修理するなんてことが、わりと平気みたい。そのあたりも大工(でえく)さん達の方法論を相通ずるものがある。

石原 深い。

森村 不快…じゃないな。

石原 オチがつきませんね。

森村 話をかえましょう。
 

●第3話「怪しのコトバ」

石原 コトバって難しい。

森村 「そうそう」…。イタリア風に「シーシー」と言うべきか。

石原 フランスでカフェテリアにいる時でした。灰皿を借りたくて「アッシュトレイ シルブプレ」なんて言ったら「アイスクリーム」が出てきたり。

森村 僕はドゴール空港で炭酸飲料水の「シュエップス」を注文したら「(ポテト)チップス」がお皿にのって出てきた。あれは意地悪に違いない。

石原 イタリアでは「お水を2つ」っていうのを「アクア・ノンガス・デュエ」(注3)とかね。トラトリアで、こんなことを言う人もいました。「あー、スクーザ。ピッコロプレート・プレファボーレ」(注4)でも、ちゃんと小皿がでてきた時には、2度びっくりでした。

森村 水上バスのヴァポレットはヴァッポン。コミッショナーのダニエル・カメロンは「長い名前なので、ダン・カメロンと呼んで下さい。」と言ってましたが、僕たちの間では、ダンカメさんになってしまった。

石原 僕達の参加したセクションを「アペルト」というのですが、「アパルト(ヘイト)」と混同したり。

森村 88は、イタリア語でオッタントット…。

石原 従って、アペルト88はアパルト(ヘイト)オッチャントット…。やはり、コトバは難しい。

森村 シーシー。
 

●第4話「ベニスの七不思議」

1. 遠藤氏の虹色ショー。(注5)
2. ナゾの皿まわし男。(注6)
3. 失われた階段を求めて。(注7)
4. ジャスパー・ジョーンズの大賞。
5. 帰らざる作品?。(注8)
6. 不思議な“いふぇにち”。(注9)
7. ベニスの斜歩犬。(注10)

●図2  (掲載誌面より)


 

●第5話「異邦人」

森村 今回は僕にとって初めてのヨーロッパでした。そして感じたことは、結局のところどこでも同じなんだということかしら。

石原 そうですね。今回は、なにかを見て目からウロコが落ちたなんてことはなかった。それからアペルトで日本人作家に人々の求めていたこと、これは日本のアイデンティティーというものではなかった。

森村 アペルトがインターナショナルなセクションだったこともありますが、誰も僕達に日本的なものを求めてはいなかったと思います。本当にどこでも同じって感じ。

石原 アペルトでは、どこの国の作家かは余り問題になってこない。パビリオンと違ってネームプレートがつくまで全然どこの国の作家のものなのかなんてこと、考えもしませんでした。あれは気持ち良かったです。……です。

森村 でした。
 

●第6話「ベニスの笑人」

森村 ところであんさん、ベニスちゅうたら水上バスでんな。

石原 そやな、あれやがな、なんちゅうたかいね、あれやがな。

森村 シェークスピアていうもんに、ありまんがな。

石原 キャピレット。

森村 そらロミオとジュリエットや。そおとちごて…

石原 ハムレット。

森村 なにぬかしとんねん、水上バスちゅうたらヴァポレット。

石原 やっぱりベニスの話だけに中身がシェークスピアでんなあ。

森村 ナンのこっちゃ。もう君とは、やっとれんわ。
 

●エピローグ

ベニスは死の匂いの濃い街である。いつまでも鳴り続くかと思う鐘の音、サン・ミケーレの墓地、過去の栄光の数々とその遺物、無数の無表情で無遠慮な鳩たち、少し腐ったような潮の香り。総てが紋切り型に死を暗示している。それはありきたりの文学的な感傷なのか、迷路であり、船でもあるこの街に酔っているだけなのか。ともあれベニスには私を酔わせるだけの何かがある。そのような感傷は、やがてくる水没という運命(現実には回避されるだろうが、それでもじゅうぶんである。)によって否応なく高められる。遅々とした、しかし、完全な死。ベニスはその意味で、美術家たちが嫉妬を覚えるほど完璧なモニュメントであると言えるだろう。そんな街の一角で、2年毎にビエンナーレ展は開かれ続けて来た。ベニスには、美術がよく似合う。それは、美術も又、幾度となく死を宣告されている為だろうか。滅び行く街に美術、それは正に二重の死。墓地には花を、と言う訳である。捧げられるのは勿論売り物の花に過ぎないのだが、それがもし、バラであれば多少の刺はもっているであろう、たとえ生臭かろうとも。

私達が死者に接するには3通りの方法がある。解剖という科学と、思い出という文学とそして祈りという宗教とである。選択と実行は永遠に続き決して終わることはないだろう。

 
注1 コルデリアはベニス・ビエンナーレ・アペルト会場となった記念建造物(旧造船所)の名前。

注2 たぶんこれが第1回ベニス・ビエンナーレであり、90年ばかり前のことになるのだと思う。我々の参加した今回は第43回。

注3, 4 いろいろな国語がまじってます。

注5 プレス・オープン前日に作者になんの相談もなく遠藤利克氏の作品の背景の壁面にビエンナーレ側の要請で半日ばかりキャバレーのような虹色のライティングがなされたが、すぐなくなった。(図1)

注6 良い悪いは別にして、不思議さでは頭抜けているように思えた作品。(ハンナ・コリンズ作)(図2)

注7 オープン前日まで存在した(図3)の作品が紛失してしまった。おそらくゴミと間違えられたのではないか。(ヘルマンピッツ作)

注8 我々の作品は果して無事戻ってくるか。我々が会場に着いた時には作品は届いておらず心配したが、それ以上に不安がある。

注9 ベニス中に蔓延していたポスターに大きくのっていた、ステキにマヌケなお面。我々はイタリア語がよくわからず「いふぇにち」と呼んでいた。

注10 ベニスの犬はすべてガニ股、斜め歩行の性質を持つ。

●図1  (掲載誌面より)



 

『A&C』(Art & Critique) No.8

(1988年11月1日 京都芸術短期大学芸術文化研究所[編])

より再掲





【SMALL ARCHIVE 森村泰昌】
『A & C : Art & Critique』は1987年7月〜1994年2月まで、京都芸術短期大学(現・京都造形芸術大学)が刊行していた芸術批評誌です。いまでは入手が難しいこの雑誌から森村泰昌関連記事を選び、OCRで読み取って、小さなアーカイブを作ってみました。
 転載を許諾して下さった森村氏をはじめとする執筆者の方々と、『A & C』誌元編集担当の原久子氏、京都造形芸術大学のご協力とご厚意に感謝申し上げます。なお、記事はいずれも原文のママであることを申し添えます(明らかな誤字は訂正しました)。

(REALKYOTO編集部)


CONTENTS
▶『Art & Critique 5』
〈DRAWING〉「美に至る病へ」へのプロローグ(文・森村泰昌)1988年

▶『Art & Critique 8』
〈TOPICS〉ベニス・ビエンナーレ——ベニス・コルデリア物語
(文・石原友明、森村泰昌)1988年

▶『Art & Critique 9』
〈CROSSING〉森村泰昌展「マタに、手」(レビュー・建畠晢/篠原資明)1989年

▶『Art & Critique 15』
〈CROSSING〉森村泰昌・近藤滋「ART OF ARTS, MAN AMONG MEN.」
(レビュー・山本和弘)1991年


▶『Art & Critique 15』
〈NOTES〉 森村泰昌[1990年 芸術のサバイバル](構成・原久子)1991年
 小池一子 井上明彦 松井恒男 塚本豊子 飯沢耕太郎 長谷川祐子
 横江文憲 山野真悟 南條史生 中井敦子 斎藤郁夫 岡田勉
 藤本由紀夫 石原友明 山本和弘 尾崎信一郎 アイデアル・コピー
 富田康明 近藤幸夫 篠原資明 一色與志子 南嶌宏


▶『Art & Critique 19』
〈INTERVIEW〉 森村泰昌(構成・原久子)1992年


 

(2016年5月3日公開)