レポート by 畠中実「“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition」

ENSEMBLES ASIA - ASIAN SOUNDS RESEARCH

 
昨年12月、大阪、四貫島PORTで行なわれたアンサンブル・アジア、アジアン・サウンズ・リサーチ報告会から半年。その報告会においてドキュメント映像が上映された、ペナン島(マレーシア)でのリサーチからは8ヶ月をへて、ついにアジアン・サウンズ・リサーチ最初のイヴェントが実施されることになった。それは、展覧会として実施されることになり、「OPEN GATE」と名付けられた。副題は「動き続ける展覧会」(英語では「変わり続ける展覧会(An ever-changing exhibition)」)となっているように、展覧会はその会期中、参加者によって更新され続けるという。開催主旨に倣えば、アーティストおよび作品どうしが影響し合い、展示に作用し、ある「場」が作られていくプロセスが展覧会となるということだろう。そもそも、このプロジェクトは「Sound Research」と銘打たれており、音楽家によってオーガナイズされ、アジアと日本の美術家、音楽家がコラボレーションを行ないながら、自身の出自やジャンルを交流させることを目論むものだ。また、展覧会という発表形式ではあるが、それは即興演奏のごとく、参加者が相互に介入を受けながら、展示という静的なイメージとは異なる、ある時間を動的に変化していくものである。そして、その全体像は、最終的に作り上げられる「場」もさることながら、そこへ結果するプロセスを見届けることによってしか語りえない。だとするなら、この変化し、作用させ、といった触媒としての展覧会は、どのような可能性を持ちえるだろうか、などなど考えながら、その一部を目撃者として参加するためにペナン島へ向かった。

 
6月4日、成田で搭乗予定の飛行機がキャンセルになりつつも、テニスコーツの2人と無事ペナン島に到着。翌日、5日、さっそく会場へと向かう。展覧会の舞台であり、今回のコラボレーターでもあるヒンバスデポットアートセンターは、世界遺産都市ジョージタウンの中でも、巨大なホテルやショッピングセンターの立ち並ぶ区域の端の方にある。元はバスの発着場だったという会場は、街中にぽっかりとあらわれた「庭」のような空間だった。正面のファサードを入ると、待合室だったのだろうか、ロビーと思われる部屋があり、展示スペースのようになっている。入口を挟んだ反対側には、リノヴェーションされたおしゃれなカフェもある。ファサードを抜けると、どこか都会的な喧噪から隔離されたような草原と、廃墟となった建物の壁が残る静かな屋外空間へといたる。それは、どこか時間の流れがちがい、ゆるやかに時間の流れるような空間でもあった。敷地内には、屋根のみのある倉庫のような、舞台のような大きめのスペースがあり、ここで各種イヴェントが催される。これから3週間の間、この場所がそれぞれの参加者が、それぞれのひらかれた門を往き来するための場となるのだ。

 
会場では、すでに参加者たちが準備を始めていた。屋内で電動ドライバーを手に、黙々とドローイングを吊るための支持体を制作しているアナベル・ン。日用品や廃材をモーターやライト、バッテリーなどと組み合わせて、キネティックなオブジェをブリコラージュ的に作っている米子匡司。また、米子は屋外でストーブのようなものも作っている。すでにそれらは動いてもいたが、どのように完成するのかはわからない。そもそもこれは「動き続ける」展覧会なのだし、作品の完成も、その時点での話にすぎず、また、いわゆる「完成」ということが目指されているわけでもないだろう。水内義人は、敷地内の建物の廃墟に、廃材を使って大きな背の高いシーソーのようなものを作っている。両端にバケツが取り付けられていて、水がたまるようになっている。降雨によって動く仕組みらしい。かなりラフな作りではあるが、それが4つ5つたち並んでいる様子は、制作している様子もふくめて、どこかその場に溶け込んでいる。その傍らには、防水シートでプールのようなものが作られていて、その中に、ふくらませた黒いゴミ袋がたくさんころがっている。こちらにも雨水がたまっていくということのようだ。フー・ファンチョンは、いろいろな売り物を並べた、自転車で牽引する移動屋台を制作している。それほど大きくない屋台に、お菓子、インスタント麺、タバコ、飲み物、映画のブルーレイディスク、アーティストの描いたコミック、などが整然と、しかしぎっしりと並べられている。自身もアーティストであり、ヒンバスデポットのキュレーターもつとめるイーヤンは、制作全体の進捗を確認しつつ、予算管理をしたり、食事の調達をしたり。各々が明日の展覧会オープンに向けて、黙々と制作を続ける。その間に、オープニングでのテニスコーツのパフォーマンスの場所決めおよびリハーサル、そして並行してこちらも2日目のディスカッションの打ち合せを、モデレーターのガビヤ・グルサイテと簡単に行なう。準備は夜遅くまで続けられた。作業の手が離せないため、ケータリングの食事をアットホームな感じでいただく。さすがにオープニングの前日はどこでも慌ただしいのは仕事柄知ってはいるが、ヒンバスデポットのスタッフをはじめ、国際交流基金のスタッフも、ほんとうに遅くまで高所作業用の足場を組むなど、かなり体力勝負な現場仕事をしていて非常に感心させられた。

アナベル・ン(撮影:松本美枝子)

米子匡司(撮影:松本美枝子)

水内義人(撮影:松本美枝子)

フー・ファンチョン(撮影:松本美枝子)


 
6日、いよいよ展覧会初日、「OPEN GATE」の門が開かれる。ヒンバスデポットはペナン島でもアートなどに関心のある若者の集まる場所のようで、日本からディレクターとアーティストを迎えたこの展覧会も注目を集めている様子だった。オープンの時間の少し前から、門の外で開場を待ち構える人たちも増えてきた。Sachiko Mが待っている観客の前で、入口の黒く仕上げられた大きなパネルに、白ペンキで展覧会タイトルを大きく書いた。

写真上:OPENGATEのタイトルを書くSachiko M / 下:Hin Bus Depot エントランス
(撮影:Win Win)


ロビーに観客が入り始めるが、とても盛況でロビーが人でいっぱいになってしまう。米子の作品は、いわゆる作品然としたものではないことと、それが作品であるという、展覧会然とした設えとは異なるためか、最初は作品と思わない人がいるが、作品に気づいたり、さらには作品で遊び始めたり、観客の反応が徐々に表れるのが面白い。水内の作品は、もともと作っていたシーソーに、黒ゴミ袋で作った巨大な人形のようなものの手足を結びつけ、シーソーの動きに伴ってその体を動かすというものに変化(進化?)していた。しかし、なかなかシーソーが動く機会がない。

そのうちに、というよりはその間にも、テニスコーツは演奏をはじめていた。ロビーの一角に事務所のようなスペースがあり、そこのロフトのような2階部分に隠れていた2人は、入ってきた観客にはまったく気づかれることなく、ギターと声を会場に響かせていた。それがパフォーマンスの始まりであったということが理解されるのは、2人が2階から下りて会場を演奏しながら巡り始めた時だった。観客は2人が移動しながら演奏をする後をついていく形で、会場をぐるりと巡る。2カ所にマイクとPAのある場所があり、それ以外は生音。草むらに隠れてみたり、作品とからんでみたり、作曲されたレパートリーと即興的に行なわれるハプニング性のある部分とが、会場ととてもよい関係で呼応しあっていた。この場を得たことが、テニスコーツのとても自由な演奏を誘発しているとも言える。「日本からのアヴァンギャルド・ミュージック」という事前告知もあってか、観客の期待も大きいように思われた。最後にはSachiko Mも参加し、3人での演奏になった。おそらく、言葉の意味は通じていない、にもかかわらず、それは多くの観客に訴えかけるものだった。

テニスコーツ(撮影:Win Win)


先に展示を行っていたアーティストたちにやや遅れて会場入りした、クアラ・ルンプールからやって来たチ・トゥが、梱包用のエアキャップを入口ギャラリーの床に整然と敷いていく。1枚敷いたものにさらにもう1枚を重ね、さらにもっと重ねていくらしい。もともとは、エアキャップの空気の入った点を使ったドットによる絵画を制作していたが、その自身に馴染んだ素材を別な使用法へとすり替え、音の作品へと転位させた作品と言えるかもしれない。入口から会場の中へ入ろうとすると足下で破裂音がするというものである。それは、じつに秀逸な発想であり、感心させられた。またそこにも、自身を開く態度が見て取れた。

チ・トゥ(撮影:松本美枝子)


 
7日は、ガビヤ・グルサイテ、アナベル・ン、フー・ファンチョン、Sachiko M、と私でディスカッションを行なった。ディレクターのSachiko Mによるプロジェクトの紹介をへて、モデレーターのガビヤ・グルサイテによって進行された。まず、Sachiko Mの書いたプロジェクトの紹介文から、漢字の「門」をとりあげ、このプロジェクトにおいて、「門」の意味的な側面と、図像的な側面からの解釈の話題があった。たしかに、この展覧会のイメージとして、漢字の「門」をデザインとして使用していることが、より視覚的な印象を強めているのかもしれない。たとえば、音の世界というものが、門のようなものの先にある、なにか別の世界を象徴している、というような。「門」を、ある種のシンボルとしての音の世界をイメージしたグルサイテに対して、Sachiko Mの紹介文における、「門」を部首にもつ漢字についての話は、音と音に関係する漢字が「門」と組み合わされることによって生まれる漢字に対する洞察である。そしてそれは、音にとどまらない状態を示すことにもなる。またそれは、このヒンバスデポットの空間を与えられたアーティストたちが、どのように「場」と呼応するか、ある種のサイト・スペシフィックな関係性をどのように確立するか、そして、その過程はどこか音楽家と美術家といった区別なく、両者が共有できる感覚なのではないか、という問いかけに繋がっていくだろう。一方、フー・ファンチョンは、自身の活動および作品について、サイト・スペシフィックというよりは、リレーショナルなものだという。それは、サイト・スペシフィックという言葉が、やや使われすぎた感のある言葉に感じられる、という違和感からその「リレーショナル」という言葉を使っているとのことだった。たしかに、その作品は、作品および制作行為を介した、観客との、または状況との関係性の構築という意図があることをうかがわせる。米子の作品への共感も語られた。そこから、ヨーゼフ・ボイスが実践した、社会彫刻(Social Sculpture)のように、社会を変える、創造するための表現行為ともつながり、音によって環境を変えていくことや、音の環境を変えていくサウンドスケープの実践などへも話はおよんだ。
そして、2回目のテニスコーツのパフォーマンス。彼らがこの展覧会のオープニングを務めることの意義を強く感じた。

 
8日、ひっそりとした会場では、ときどき強い雨が降る。水内の作品がそれに呼応する。風が強く、ゴミ袋の巨人は風に飛ばされそうだ。チ・トゥがさらにエアキャップを重ねる。アナベル・ンも作品をアップデートする準備をしているようだ。実質の展覧会場には4日しかいられなかったわけだが、私が見ることのできたこの展覧会のはじまり、つまり開け放たれた門を作り、そこに観客を招き入れること、において、それはひとつのきっかけをたしかに作ったと思われた。しかし、この展覧会が、参加者それぞれにとって、交流やリサーチということにとどまらず、どのようなものであり得るか、ということは議論をしていくべきであるだろう。それは、7日のディスカッションでは、やや見えにくいものではあった。今後の過程の中で、今回の参加者と作品が、「場」として、あるいは関係性として、もちろん個々の作品としても、どのように結果していくのか期待しながらペナン島を離れた。

 
はたなか・みのる
1968年生まれ。NTTインターコミュニケーション・センター[ICC]主任学芸員。96年の開館準備よりICCに携わる。主な企画には『サウンド・アート―音というメディア』(2000年)、『サウンディング・スペース』(03年)、『ローリー・アンダーソン 時間の記録』(05年)、『サイレント・ダイアローグ』(07年)、『可能世界空間論』(10年)、『みえないちから』(10年)、『大友良英 音楽と美術のあいだ』(14-15年)など。ダムタイプ、明和電機、ローリー・アンダーソン、八谷和彦といった作家の個展企画も行なっている。そのほか、コンサートなど音楽系イベントの企画も多数行なう。

“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition
2015年6月 Hin Bus Depot にて(撮影:松本美枝子)


(2015年9月17日公開)

▶レポート by 橋本梓「“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition」

 
 
“OPEN GATE“ 動き続ける展覧会 an ever-changing exhibition 2015年6月6日~6月21日 Hin Bus Depot(マレーシア、ペナン島ジョージタウン)
〈記録映像リンク〉(映像:樋口勇輝)
 ▶Asian Sounds Research “OPEN GATE” All Sounds and All Days Digest movie

イベント:
6/6.7 オープニングイベント&トークセッション
 ゲスト:テニスコーツ、畠中実、Gabija Grusaite
6/13.14 セカンドウィークイベント&トークセッション
 ゲスト:chi too、Ong Jo Lene
6/14 特別追加イベント「大阪⇄ペナン」同時中継ライヴ
 ゲスト:船川翔司、みやけをしんいち、slonnon、タカハシ’タカカーン’セイジ
6/16 サイレントムービーナイト
 ゲスト:Kok Siew-wai
6/20.21 クロージングイベント&トークセッション
 ゲスト:大友良英、橋本梓、Ee yan

総合ディレクション&キュレーション:
Sachiko M(Asian Sounds Research プロジェクトディレクター・音楽家)

参加作家:
米子匡司(音楽家)、水内義人(現代美術家)
Annabelle Ng(美術家)、Hoo Fan Chon(ビジュアルアーティスト)

ゲスト:
テニスコーツ(音楽家)、chi too(美術家)、HASA(美術家)
Ee yan(美術家)、Kok Siew-wai(音楽家)
大友良英(Ensambles Asia ディレクター・音楽家)

 
企画&キュレーション協力 : Hin Bus Depot
制作協力:国際交流基金クアラルンプール日本文化センター
主催:国際交流基金アジアセンター



〈アジアン・サウンズ・リサーチとは〉
プロジェクトディレクターである音楽家 Sachiko Mを中心とし、日本とアジア(ASEAN地域)の音を中心とした新しい表現や実験を相互に紹介しあうリサーチを重ねながら「音楽」と「美術」両方の特徴を生かしつつ、今までになかった表現を共に生み出してゆくリサーチプロジェクトです。時間をかけ、丁寧に音楽と美術の「間」にある新しい表現を現地の人、場所と共に追求していく事、そしてその全ての過程を記録し、アーカイブ化する事がこのプロジェクトの指針となっています。
WEB SITE:http://www.soundsresearch.com
 
 
※この記事は、REALTOKYOとREALKYOTOの双方に掲載します。