プロフィール

浅田 彰(あさだ・あきら)
1957年、神戸市生まれ。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター所長。
同大で芸術哲学を講ずる一方、政治、経済、社会、また文学、映画、演劇、舞踊、音楽、美術、建築など、芸術諸分野においても多角的・多面的な批評活動を展開する。
著書に『構造と力』(勁草書房)、『逃走論』『ヘルメスの音楽』(以上、筑摩書房)、『映画の世紀末』(新潮社)、対談集に『「歴史の終わり」を超えて』(中公文庫)、『20世紀文化の臨界』(青土社)などがある。

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kumagusuku ——藤本由紀夫展の中に宿泊する

2016年01月05日

京都に住んではいても観光・宿泊事情には詳しくないので、「京町屋に泊まってみたいのだが、どうか」と問われて当惑することがよくある。町屋で四季の移ろいを感じながら過ごす——そう言うと響きはいいけれど、とりもなおさず冬は寒く夏は暑いということで、宿泊施設として改修してあっても近代的なホテルの快適さには程遠いケースもあるのだ。「庭を見たいので冬でも窓を開けて眠っていたら顔にうっすら雪が積もっていて素晴らしかった」などと言ってのけるカールステン・ニコライ、別名アルヴァ・ノト(東ドイツ出身のこのテクノアーティストは最初に造園を学んだだけあって京都の庭を愛してやまず、昨年の12月も、坂本龍一からアメリカに呼び出されてアレハンドロ・イニャリトゥ監督の『The Revenant』の音楽に協力したあと、京都の庭めぐりで一息ついていた)のような猛者もいるけれど、普通の人には「予算によるものの、老舗旅館でなければ、むしろカプセル・ホテルにでも泊まったほうが安全では?」と言いたくなってしまうのである。

その点、1月5日に田中康夫との「憂国呆談」(『ソトコト』連載中)を収録するため訪れたアート・ホステル「kumagusuku」は、展覧会の中に泊まるというコンセプトが面白いだけではなく、静かだし暖冬とはいえ暖房も効いて快適で、安心して薦められる「物件」だった。アーティストの矢津吉隆は、2012年に南方熊楠とグスク(沖縄の「御城」)を合成した kumagusuku という名の宿泊プロジェクトを立ち上げ、瀬戸内国際芸術祭2013で小豆島の「醤の郷+坂手港プロジェクト」の一環として宿泊施設を開設、それは3ヶ月限りのものだったが、あらためて京都の二条駅と四条大宮駅を結ぶ後院通からちょっと入った所に本格的なアート・ホステルをつくって、2015年1月にオープンした。その建物は町屋ではなくボロアパートの廃墟を全面的に改築したもの(dot architects設計)で、部屋ごとの水まわりの部分にあったと思しきタイルなど、さまざまな要素をできるだけ残すことで、コラージュのような面白さを出す半面、すでに述べたとおり快適性にも十分配慮されている。京都といえば「京都らしい町屋」——そんな既成概念とはかけ離れたこの空間を足場として京都を再発見するのもいいのではないか。

もっとも、便利な場所にあるとはいえ、トイレ・バス共通のホステルにしては、一泊7〜8000円ほどの宿泊料金は必ずしも安くはない。それは、kumagusuku が展覧会場であり、宿泊客は展覧会の中に泊まる体験ができるからだ。(kumagusuku の一階中庭奥の空間「ozasahayashi_project」は別の展覧会が開かれるギャラリーであり、私は2015年春の Kyotographieの関連イヴェントKG+の展覧会を見に訪れたことがあった。いまも展覧会が開かれているので、それを見がてら kumagusuku の下見をするのもいいのではないか。)そういう趣旨から、kumagusuku の企画展は長期間続くことになっており、現在は藤本由紀夫の「The Box of Memory」(2015年10月3日〜2016年9月末)展が開催されている。これは、家を「記憶のための箱」とみなすというコンセプトに基づく展覧会で、たとえば二段ベッドの下段に横たわると上段の裏に kumagusuku にちなんで南方熊楠の夢に関するテクストが書かれているのを読みながら眠ることができるといった具合だ。ゴミ箱の蓋に小さなオルゴールを置くと、動きながらやがてゴミ箱の中に落ちていき、そこでもなお微かな音を立て続けるという、おなじみの作品がロビーにあるかと思えば、各部屋のベッド・サイドには、オブジェを入れたガラスのシリンダーが回転する無音のオルゴールがしつらえてあり、いわばホステル全体がひそやかなオルゴールとなって感知不能な速度でゆっくりと動いているようにも感じられる。一見さりげないきっかけから見る者をアートの迷宮に誘い込む藤本由紀夫の手法が見事に生かされた、kumagusuku のコンセプトにぴったりの展覧会である。実のところ、この展覧会の中に昼間2時間ほど滞在しただけの私はそれを正しく体験したとは言えないので、機会があればそこに泊まって、kumagusuku=展覧会の「記憶の箱」を開き、オルゴールとして聴き、夢日記として書き直す、そんな体験をしてみたいと思っている。最後に、企画展と並んで、『南方熊楠の夢』(勉誠出版)の著者・唐澤太輔を皮切りに毎回ゲストを交えて展覧会を読み解く「リーディング・クラブ」シリーズも始まっていることを付け加えておこう。

昨日のエントリーでは、新国立競技場という巨大プロジェクトをめぐる混乱を嘆き、対して保守的なコンテクスチュアリズム(京都でいえば昔ながらの町屋の保存に固執するような)をも批判したが、少し視点を変えて見れば、あちこちで面白い試みが始まっていることがわかる。地元・京都でその実例に触れ、新年早々の絶望感が少しは癒されたと言えば、楽観的に過ぎるだろうか。


宿泊案内のついでに観光と学習(?)のヒントをいくつか。
藤本由紀夫展では kumagusuku の一階中庭に面するガラスに
「AKAAKAYA AKAAKAAKAYA AKAAKAYA AKAAKAAKAYA AKAAKAYATSUKI」
という暗号のような記号列が書かれている(裏側からも音読はできる)。これは明恵の有名な歌だ(英訳も小さな文字で添えられている)。「月」は仏教の真理のメタファーで、その曇りのない輝きが歌われたものとされるのだが、こうして読むと強迫的ともいえる反復からは静かな月光のイメージを超えた異様なものが感じられるようにも思う。実は、この歌は原本——正確には明恵の高弟の高信の筆になる「明恵上人歌集」でも、他のすべての歌とともにカタカナで
「アカアカヤ アカアカアカヤ アカアカヤ アカアカアカヤ アカアカヤ月」
と表記され、ひらがな書きの普通の和歌とは異質な何かを感じさせるのだ。ちょうど京都国立博物館のコレクション展の書跡の部門で、この「明恵上人歌集」の第84歌から末尾までが展示されている(「アカアカヤ…」の歌は高信も置き場に困ったのか、伝記と歌を織り交ぜた記述が終わったあと、最後のあたりに第152歌として出てくる)。貴重な機会なので、kumagusuku で一夜を過ごしたら、ぜひ博物館を訪れ、ゆっくり読んでみるとよい(ひらがなだと素人には読めないものが多いが、これはカタカナなので読みやすい)。

明恵は華厳宗を代表する学僧として法然の専修念仏の教えを批判したのだが、同じ鎌倉仏教のパッションを共有しており、俗世間はもちろん、俗っぽい僧たちからも自らを切り離そうとするあまり、「母御前」と慕う仏眼仏母像(高山寺蔵)の前で耳を切ったほどの激情の人だった。「趣味と芸術」展(千葉市美術館から4月に細見美術館に巡回予定)で展示された杉本博司のコレクションに、最近発見された、右耳の少し欠けた明恵の像がある(杉本博司『趣味と芸術』講談社、p.129,133)。実は、明恵のバックは母方の紀州・湯浅氏で、明恵は神護寺や東大寺で修行したあと、神護寺の近くに高山寺を開くまでは、紀州各地で修行をしたり、天竺(インド)への渡航を本気で考えて旅程表を書いてみたりもしているのだが(湯浅氏出身で明恵の後継者の一人でもあったらしい実勝という僧が実際に補陀落渡海に出ている——ただし紀州ではなく土佐の室戸から)、明恵の少し後の時代、その湯浅氏の地頭の横暴を中央の領主に訴えた百姓訴状の中に「ミミヲキリ、ハナヲソギ…」というあまりに有名な一節が出てくるのだ。この耳切りは明恵の耳切りとはまったく違ったものであるにもかかわらず、全文カタカナ表記であるせいで、明恵のそれと背中合わせとも言うべき切迫感を感じさせる——というのは私の勝手な思い込みだろうか。
 

ついでに言えば、一昨年に京都国立博物館で開催され全国に巡回した「国宝 鳥獣戯画と高山寺」展では「鳥獣戯画」を見ようとする観衆が長蛇の列をつくった。たしかに、王朝の美意識を残す繊細な草花と、中世の民衆のダイナミズムを体現する動物たちの活躍、そのふたつの魅力を併せもつこの絵巻は、一度はゆっくり見ておく価値のあるものだ。しかし、この展覧会のもうひとつの見どころは、明恵が名高い学僧だったことを物語る高山寺の充実した経典類に加え、明恵が手もとに置いていたとされるもの——たとえば天竺渡海を夢見ながら紀州・鷹島の浜辺で拾った小石が、初公開されていたところだ。「明恵上人歌集」には
「ワレサリテ ノチニシノハ(バ)ム人ナクハ トヒ(ビ)テカヘリ子(ネ) タカシマノイシ」
という歌(第145歌)がある。やはりこの展覧会で展示された名高い樹上座禅像(高山寺蔵)には、小鳥や栗鼠とともに静かに自然の中で呼吸する明恵の姿が描かれているが、実際に動物好きだったという明恵にふさわしい愛すべき歌と言えよう。

時に切迫する宗教的な激情と、自然の中で生きる子どものような素直さ。この両極の共存が、夢への深い関心とともに、明恵を南方熊楠につなぐものであることは、言うまでもない。

 
 

(付記)

町屋とは違った空間として kumagusuku を紹介したが、それとはまた対極的な例として、予備校の寮を改造した「ホテル Anteroom 京都」を挙げておく。京都駅の南にあるので京都人の大半にもなじみの薄い場所だが、実はさほど不便ではなく、宿泊施設としてもセンスよく機能的に改装されている方なのではないか。ここのロビー・スペースにあるギャラリー9.5では名和晃平の「Sandwich」とも連携しつつさまざまな展覧会が開かれているので、ここでも展覧会を見がてら下見をしてみるといいかもしれない。(現在開催中の竹村延和「アインハイト(Einheit)」展[1月24日まで]は、ミュージシャンによるものだけにサウンド・インスタレーションやサティを視聴覚的にマンガ化したとでもいうような「連画」などはなかなか面白い半面、キャンヴァスにアクリル絵具で描かれた抽象画は仕上げが稚拙で、これなら構図と色彩を指定してぺインターに描かせた方がいいのではないかと思わせる。)