プロフィール

小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。

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藤本由紀夫の画期的な発見

2017年07月06日

今年2017年は、マルセル・デュシャンが「泉」というレディメイド作品を発表してから、ちょうど100年の節目に当たる。デュシャンは、既製品の男性用小便器に「R. Mutt」という偽のサインを施し、このタイトルを付けた。その「作品」をニューヨークで開催された公募展に応募し、意図的にスキャンダルを引き起こす。アートの概念は根底から覆され、デュシャンは「現代アートの父」と呼ばれるようになった。

Fountain (1917)



アート界では知らぬ者のないこの逸話を背景に、パリやフィラデルフィアなどデュシャンゆかりの地では、今年1年間、「デュシャン祭り」が繰り広げられている。来年2018年は没後50年に当たるから、もう1年延長戦がありそうだ。結構なことである。

1964年、デュシャン本人が公認して、「泉」を含むレディメイドのレプリカが8セットつくられた。京都国立近代美術館は、このレプリカを1セット所蔵している。そして、ポンピドゥー・センターやフィラデルフィア美術館とともに「デュシャン祭り」に参加している。この4月から来年3月まで、『キュレトリアル・スタディズ12: 泉/Fountain 1917-2017』と題する企画展が開催中だ。

1年間を5期に分け、5人の専門家がキュレーションを担当する。ひとり目はデュシャン研究の第一人者である京都工芸繊維大学美術工芸資料館の平芳幸浩准教授。2004年に、当時在籍していた国立国際美術館で大規模なデュシャン展を企画したキュレーターだけあって、京近美のみならず国立国際などのコレクション作品や資料写真を数十点集め、小さいながら見応えのある、デュシャンのコンセプトを簡潔明快に紹介する展示を行った。

現在は、日本を代表するデュシャンピアン(デュシャン主義者/デュシャン信奉者)のアーティスト、藤本由紀夫による「スタディ」が行われている(8月6日〔日〕まで)。こちらは打って変わって点数は少ない。その代わり、大胆にして説得力ある推理によって、これまでになかった形で「泉」が展示されている。

1917年当時の「泉」の写真は、デュシャンのアトリエの天井から吊り下げられたものを除くと、スキャンダル直後にアルフレッド・スティーグリッツが撮影したものしか残っていない。小便器は90度倒され、ほぼ正面から、したがって排水口が見えるように写されている。「バスルームのブッダ」と呼ばれる、我々が見慣れたあのアングルである。

藤本はそうではなく、背後から「泉」を見せた。しかも、その奥には合わせ鏡が配してある。2枚の鏡の角度は72°で、(360÷72)−1=4つの虚像が映る。内ふたつは左右逆像であり、当然ながらサイン「R. Mutt」も逆になっている。

藤本由紀夫による「泉」の展示 (部分)



そして藤本は、新たに制作した自作を一緒に展示した。「M」「U」「T」の文字を縦半分に切ったオブジェを、90°に開いた合わせ鏡の前に並べたものだ。半分になった「M」と「T」は左右の鏡に断面を接している。鏡の中の虚像と合わせて「TUMUTUMU」という文字列が浮かび上がる。デュシャンのファンは、ここで「WOWOWOWOW!」とうなり声をあげるだろう。

何のことだかわからない? 以下に、アーティスト自らによる説明を箇条書きにしてみよう。乱暴な要約だが、6月23日に京近美で行われたレクチャーの抜粋である(いずれ、きちんとした抄録がつくられると聞いている)。

レクチャーを行う藤本由紀夫





・「泉」は作品というより「事件」だと思っていた。レディメイドとしては、例えば「瓶乾燥機」のほうがはるかに格好よくて好きだった。

・ウィリアム・カムフィールドの『Marcel Duchamp, Fountain』を見て考えが変わった。表紙は見慣れたスティーグリッツによる写真だが、裏表紙は1964年のレプリカを真後ろから撮影している。美しい。

・「泉」事件の半年後、1917年10月に、デュシャンは「self-portrait in a five way mirror」を撮っている。5つの像の内、本物、つまりデュシャン本人は後ろ姿で写っている。便器〜背中〜鏡に「何かある」と思った。

self-portrait in a five way mirror (1917)



・便器を合わせ鏡の前に置き、「背中」から撮影してみると、2つの像の「R.Mutt」の文字が反転して「Tum」の文字が浮かんだ。これは「Tu m’」の先取りではないか。

・「Tu m’」はコレクターのキャサリン・ドライヤーの依頼で描いたデュシャン最後の絵画だが、デュシャンがドライヤーを嫌っていたのは明らか。題名からして意味深長だが、「泉」の「R.Mutt」も同じ意図からのものだろう。題名の中に「Tum」が隠されている。



「Tu m’」はフランス語で、「お前は私を」と訳される。代名詞がふたつ並んでいるが、その後に続くべき動詞はなく、だからどんな動詞が省かれているのかについて様々な説がある。定説は「Tu m’ennuis」(おまえは私をうんざりさせる)だ。辛辣なユーモアで知られたデュシャンだけに「Tu m’emmerdes」(糞食らえ!)だという説もある。

「Tu m’」が「Mutt」の反転だと論じた研究者も、いるにはいる。「Tum」に「R」も加えて「Tu meurs」(お前は死ぬ)あるいは「Tumeur」(腫瘍)という可能性もありそうだが、藤本説は単に反転を指摘しただけではない。便器〜背中〜鏡に関わる動機が背後にあることを推理し、それを目に見える形にしたところが画期的だ。

そして、その動機について。「ホワイト・ボックス」の中からデュシャンの関心事であった「四次元」と「鏡」の関係について書かれたメモを抜き出し、平芳准教授による正確な新訳とともに傍証として展示してあるところもすごい。「何か」すなわち動機は、四次元についての関心・考察のことだというわけである。歴史的な大発見ではないだろうか。