プロフィール

小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。

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「Theatre E9 Kyoto」創設プロジェクト

2017年06月27日
6月26日(月)、「Theatre E9 Kyoto」(以下、E9)についての記者会見があった。京都駅東南部に、劇場を中心とする複合文化施設を創設するプロジェクトである。記者会見での発表と質疑応答、配付資料から、以下に要点を記してみよう。

立地は鴨川沿いの角地(記者会見以外の画像は、すべてアーツシード京都提供)


【概要】
劇場を中心とする複合文化施設の創設

【目標時期】
2018年秋

【場所】
京都駅東南部の東九条地域

【施設概要】
135平米、100席サイズの劇場+50平米のギャラリー+カフェ+アーティスト宿泊スペース
(参考:アトリエ劇研が82平米、60〜80席。ロームシアター京都ノースホールが301平米、約200席)

【建物】
築50年鉄骨造2階建ての倉庫(延床面積540平米強)をリノベーション
(リノベーション設計担当は木津潤平)

【運営主体】
一般社団法人アーツシード京都

【総工事費】
85,500,000円(見込み)

プロジェクトの背景には、京都演劇人の危機意識がある。京都では、2015年に小劇場の壱坪シアタースワンと西陣ファクトリーGardenの2館が閉館した。2016年12月には同じくスペース・イサンが貸館事業を終了。2017年7月には、演劇や音楽の上演、映画上映などに活用されていた元立誠小学校が「『文化的拠点を柱に,にぎわいとコミュニティの再生』を目指す」(京都市)べくホテルと商業施設に変わるために閉鎖。8月にはダムタイプも公演を行った老舗の小劇場アトリエ劇研が閉館を予定している。2016年1月にロームシアター京都がリニューアル開館したとはいえ、このままでは、特に若手のための舞台空間が皆無という異常事態が訪れることになる。

E9の運営主体、アーツシード京都の代表理事で、2014年からアトリエ劇研のディレクターを務めるあごうさとしによれば、小劇場の閉鎖の主な理由は所有者の高齢化と建物の老朽化。若い人が低料金で借りられる黒い箱形の「ブラックボックス」がなくなると、技術スタッフの流出も含め、舞台芸術の未来は暗澹たるものになる。この危機を乗り越え、「100年続く」劇場を新たにつくりたいという。

アーツシード京都の理事のひとり、狂言師の茂山あきらは、アトリエ劇研の前身、アートスペース無門館の初代プロデューサー遠藤寿美子に「お尻を叩かれ」、若いころにサミュエル・ベケットの作品を演じたことがあったという。「京都には若者がたくさんいるのに、その割に劇場が少ない。若者たちと一緒に活動することで古典も生き生きする」と語る。やはり理事で、アートと演劇を行き来するやなぎみわも「小劇場がいくつもなくなってゆく中、京都のクリエイティブシーンを守らねば」と口を揃える。

記者会見。やなぎみわ(左から2人目)とあごうさとし(右端)
Photo by Ozaki Tetsuya


E9が竣工した暁には、ギャラリースペースを併設し、天井高10mのホワイエでもインスタレーションなどを展示したいという(ギャラリー運営者は検討・交渉中)。濃密な人の交流を図り、「なるべく自由に」アートやダンスなどの領域横断も行いたいとのことだ。理事のひとり、ロームシアター京都の蔭山陽太支配人は、カフェも含め「地域の人々との交流のハブにしたい」と意気込む。

2023年に移転が予定されている京都市立芸術大学は、同じ鴨川沿いで目と鼻の先である。京都市は、JRの線路を挟んで芸大の南側に位置する東九条地域を、いわば文化芸術特区にしようとしている。そのような状況下、E9創設が実現すれば、京都ばかりでなく、日本、さらには世界の文化芸術シーンにとって、小さいながら重要な創作拠点となるだろう。

問題は85,500,000円(見込み)という巨額の工費である。アーツシード京都は、これをすべて民間からの寄付やクラウドファンディングで賄う。資産に関わる公的助成は、調査した限りでは一切なかったからだという。だが、これだけの額を、寄付文化が根付いていないと言われる日本で、短期間の内に調達することができるのだろうか。

とはいえこれは、非常にまっとうな方法であると思う。趣旨に賛同した呼びかけ人の代表、御厨貴・東京大学名誉教授は「貧者の一灯でも何とか掲げて実現したい」と述べた。「貧者の一灯」とは誠に的確な表現で、文化芸術へ支払われるお金は「喜捨」や「お布施」であるべきだと僕は考えている。アートや舞台芸術に限らず、表現者は方外(ほうがい)、つまり俗世を超越した存在であり、俗世の中にいる人にはつくりえない、予測不能な楽しい遊びをもたらしてくれる。経済効率性とは無関係の方外が存在すること自体に感謝するなら、浄財を喜んで施捨するのが当然であり自然だろう。

質疑応答で小劇場演劇の特徴やE9が目指すものについて問われたあごうは「人間には誰にでも表現欲求がある。それを、できる限り自由に発露できる場にしたい」と述べた。公がその本義を忘れ、「忖度」やら「自己規制」やらがはびこるこの時代には、「貧者の一灯」こそが自由な表現を保証するのではないだろうか。それはまた、町衆が番組小学校を創設した京都の気風にもこよなく合っていると思う。京町家のリノベーションや空き家活用プロジェクトに携わる不動産会社、株式会社八清が自社の倉庫をE9に賃貸提供するのも、演劇人たちの心意気に応じてのことであるに違いない。

まずは、設計・許可申請にかかる経費(+クラウドファンディング手数料)1,400万円を9月22日(金)午後11:00までに集めなければならない。僕もささやかではあるが「一灯」を点した。みなさんも、クラウドファンディングを通じて浄財を喜捨して下さい。

【クラウドファンディング Readyfor】https://readyfor.jp/projects/TheatreE9Kyoto