小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。

写真(すべて):井上嘉和
何よりも場所がよい。芝居に使われる空間は上述の木組み舞台、突堤、浜、そして腕のような突堤に抱かれる形の入江だけだが、背景には瀬戸内海が、上を仰げば大きな秋空が広がっている。午後5時半。劇の開始とともに壮大な落日シーンも始まった。客席から見ると舞台は南に位置していて、つまり夕陽は上手に落ちる。完全に水平線に没する少し前に、舞台の斜め右上に宵の明星が現れた。
この空間配置が、手練れの演出家・松本雄吉の深いたくらみによるものだと気付くのに時間はかからなかった。『MAREBITO』の物語を構成する要素は、蛭子伝説、流離と母親への思慕、移民、琉球弧、ヤポネシア、ニライカナイに代表される西方浄土など。ここ数年の旧作と大きく変わってはいない。ただ、今回は特に最後の西方浄土信仰を強調したかったのか、わずかの例外を除いて役者は必ず上手、すなわち西に向かって進んでゆく。その先には夕陽が沈みゆく海原が、オレンジ色に染められて広がっているのだ。
およそ2時間後に上演が終わったとき、すでに陽は落ちきっていた。宵の明星は、島影の彼方にまさに没しようとしている。芝居は明日も、この同じ場所で上演されるだろう。陽はまた昇り、そして落ちゆくことだろう。人の営みも同じように続いてゆく。西方へ向かい始めるその日まで。