プロフィール

小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。

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地点の『ワーニャ伯父さん』

2014年06月30日

某月某日

1週間前の『桜の園』に続いて、アンダースローで地点の『ワーニャ伯父さん』を観る。久しぶりの再演(京都での上演は7年ぶり)だそうだが、僕は初めて。

撮影:松本久木/写真提供:地点(全写真)



『桜の園』と同様に「再構成」されているが、ほぼ原作の時間軸に沿っていて、筋はわかりやすい。とはいえ、演出家・三浦基の関心は物語の再現などには(たぶん)なく、観客の目と耳に「異化効果」をぐいぐいと押しつけてくる。舞台上にはやや傾いだ、塗料の剥げた古いグランドピアノ。天井には、予算がなくてミラーボールが買えなかった田舎のディスコの照明のような、安っぽくていい感じのチューブライト。ワーニャ伯父さん(小河原康二)とソーニャ(安部聡子)はピアノの上に乗ったきりで、下にはほとんど下りてこない。正確に言うと、伯父は1度だけ下りるが、姪は最後まで上りっぱなしだ。

開幕時と閉幕時には、そのふたりに真横から照明が当てられ、影がそれぞれ下手と上手の壁に映る。ふらふらゆらゆらと揺れ、文字どおり影が薄く感じられる。ことにソーニャは揺れっぱなしで、ピアノの上から落ちそうになって、あわててバランスを取ることも再三ある。あの有名な台詞を発話しながら、ピアノの上に横になったワーニャ伯父さんの背中を蹴り続ける衝撃的な幕切れまで、彼女がバランスよく見える場面は訪れない。

左から、エレーナ(河野早紀)、ワーニャ伯父さん(小河原康二)、ソーニャ(安部聡子)、セレブリャーコフ(小林洋平)



バランスといえば、すべての登場人物はバランスが取れている者(B)と、取れてはいず、取ろうと努める者(NB)とに分けられる。上に述べたとおり、ワーニャ伯父さんとソーニャはNBである。夫に振り回され、バレリーナのように片足で立ったり、くるくる回ったりするエレーナ(河野早紀)もNB。ワーニャ伯父さんの母親にしてソーニャの祖母であるヴォイニーツカヤ夫人(窪田史恵)は、下手奥の椅子に腰掛け、ずっと編み物に耽っているからBかと思いきや、後半になって立ち上がると、ひとりでは歩くことができず(俳優はおそらく竹馬のような靴を履いている)、常に壁に手を付いたり誰かの肩にしがみ付いたりするからやはりNB。とすると、バランスが取れている者(B)は、エレーナの夫セレブリャーコフ(小林洋平)と医師のアーストロフ(石田大)のふたりだけだ。

といっても、このふたりのタイプはかなり異なる。アーストロフは(悩みが多いとはいえ)、一応は大人の分別を持つ人物であるかのように振る舞う。役を演じる石田大も体格の良い美丈夫で、医師として、また今日で言うところの環境保護運動家として、信頼が置けるまっとうな社会人に見える。だがセレブリャーコフは、いったん動き出すとADHDの患者のように走り回り、飛び回る。突然逆立ちを始めたり、床にうつ伏せになったりもする。常に泳いでいないと死んでしまうマグロの話や、「動的平衡」などという生物学の用語も連想するが、動き続けることによってバランスを取るしかない特殊(special)なタイプのB、つまりSBと呼びたい。

ヴォイニーツカヤ夫人(窪田史恵)



アーストロフ(石田大)



セレブリャーコフ(小林洋平)



一方、出演者を、ピアノの上にいる者(U)と下にいる者(D)というように分けることもできる。ソーニャはもちろんUで、イタロ・カルヴィーノの『木のぼり男爵』のように決して床(地面)に下りてこない。1度しか下りないワーニャ伯父さんも、まあUと見なしていいだろう。それ以外はDと言いたいところだが、実はセレブリャーコフは、途中でピアノに飛び上がり、あまつさえそこで傍若無人に眠りこけたりもするから両方、つまりUDに分類したい。整理すると以下のようになる。

1(NB/U):ワーニャ伯父さんとソーニャ

2(NB/D):エレーナとヴォイニーツカヤ夫人

3(B/D):アーストロフ

4(SB/UD):セレブリャーコフ

第1グループのワーニャ伯父さんとソーニャは、バランスが取れず、文字どおり浮き足立っている。第2グループのエレーナとヴォイニーツカヤ夫人は、やや問題はあるものの地に足は付いているから、第1グループと第2グループは対照を成しているといってよいだろう。3のアーストロフは1とも2とも異なるが、強いていえば少しだけ2に近い。

問題は4のセレブリャーコフだ。一応バランスは取れているものの、それは極めて特殊なバランスであり、地に足が付いているかと思っていると、予想を裏切ってピアノの上にも跳躍・侵入する。原作を読むと、旧弊で、わがままで、権威主義的で、計算高い、ひとことでいうと決して付き合いたくないようなキャラクターだが、三浦はこの老教授を、リアリストにして小悪党的な、不思議な魅力を持つ人物として造形し直した。中野好夫ではないが、善人よりも悪人のほうが面白い。それが、常識の壁(とピアノの上下の隔たり)を自在に越えるトリックスター的な人物であればなおさらである。

セレブリャーコフ(小林洋平)



書き添えると、セレブリャーコフを演じる小林洋平は小柄な役者で、ラグビーで言えばスクラムハーフのように機敏に動き回る。原作の指定通り、外套を着て、こうもり傘を持ち、手袋をはめているが、加えて帽子もかぶり、怪しくも滑稽で、道化的に見えるような拵えだ。夫の身勝手を強調すべく、原作では優しく描かれたエレーナは、ヒステリーかと思えるほど激越な口調で台詞を発話する。その悪女っぽい演技が、セレブリャーコフの小悪党的な魅力をいっそう際立たせるように感じられる。


僕はチェーホフの上演史に明るくないが、常識的な見方に従うなら、この戯曲はワーニャ伯父さんとソーニャの物語として読まれるだろうし、事実そのように解釈・上演されてきたのではないか。だが三浦基が演出する『ワーニャ伯父さん』は、セレブリャーコフを中心とした新しい解釈・上演となっている。しかもそれが観客に了解されるのは、「再構成」とはいえ台詞を変えることによってではなく、衣裳や、照明や、役者の発話・演技、そして彼らの位置関係によってである。独創的にして、極めて刺激的な舞台だと思う。

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地点『桜の園』と『ワーニャ伯父さん』は週替わりで、6月20日(金)~7月28日(月)まで、北白川のアンダースローで上演される。