小崎 哲哉(おざき・てつや)
1955年、東京生まれ。
ウェブマガジン『REALTOKYO』及び『REALKYOTO』発行人兼編集長。
写真集『百年の愚行』などを企画編集し、アジア太平洋地域をカバーする現代アート雑誌『ART iT』を創刊した。
京都造形芸術大学大学院学術研究センター客員研究員、同大大学院講師。同志社大学講師。
あいちトリエンナーレ2013の舞台芸術統括プロデューサーも務める。

ルイス・ガレー『El lugar imposible(不可能な場所)』 2016 ロームシアター京都
撮影:松見拓也 提供:KYOTO EXPERIMENT事務局(以下、すべて)
富士山と声明男女の左手には、的への距離は短いものの、弓道場のようなスペースが設えられている。ときおり(記憶違いでなければ全部で6回)、若い男性弓道家が現れて弓を引き絞る。的に矢が突き刺さるたびに「パン!」という乾いた音が会場内に響きわたる。
真ん中のいちばん大きな円形の「池/浴槽」では、ふたりの男が座ってピンポンをしている。「卓球の試合」ではなく「ピンポン遊び」と呼ぶほうがふさわしい、ユル〜い玉のやり取り。会場にはこれも緩やかな電子音楽が流されているけれど、「声明」の声に掻き消され、メトロノームのようなピンポン球の音もあってよく聞こえない。実際には銭湯でないにもかかわらず、あたりに湯気が漂っているような気がしてくる。
声明男女の右隣では、10代前半とおぼしき4人の少女がバレエの練習に励んでいる。壁に向かって縦1列に並び、ゆっくりと基本的な動きを繰り返す。アン・ドゥ・トロワ……という声が聞こえてきそうだ。その隣では、男が鍼の治療を受けている。鍼灸師はおそらくプロだろう。実際に体に鍼を打っていて、男は気持ちよさそうにベッドに横たわったままでいる。さらにその奥には、小さな電光掲示板の前で、踊りとも筋トレとも付かない動きを延々と続ける男がいる。電光掲示板には、SNSのチャットのような謎のテキストが、日時とともに途切れることなく表示されている。
その右側、「富士山」から見ていちばん奥に当たるところでは、多数のコインを便座のような形に並べて外と区切ったスペースで、4人の男女が組み体操のような奇妙な動きを繰り返している。全員がサラリーマンっぽいスーツ姿。眼鏡には5円玉が貼り付けてある。背後の壁には火炎形の装飾物が祭壇のように飾られていて、近づいて見ると人の背ほどに積み上げられた缶コーヒーの空き缶だった。手前には、スーツを着たのと、バスタオルを体に巻き付けただけの女性パフォーマーがふたり。スーツ女はしばらくしてから床に倒れ込み、終演まで立ち上がらなかった。
その横には、裸の全身を真っ黒に塗った女性が、女性器のような形の「池/浴槽」に寝そべりつつ煙草を吸っている。すぐ脇に男性が控えていて、女性が煙草を吸い終わると間髪を入れずもう1本を差し出し、火を点ける。女性は終演までに何本の煙草を吸ったのだろうか。その奥に、やはり寝そべったままスマホを操作し続ける男子がひとり。さらにその奥に、三味線の女性師匠と、師匠に稽古を付けてもらっているビキニブリーフの若い男子が相対している。近くには鏡に向かって孤独に踊り続けるダンサーたちや、無表情にバトンを操るジャグラーが……。*
現代日本社会の、優れた点描だと思う。着飾ることにうつつを抜かす若者がいる。カルトにハマる者もいる。稽古事に熱心な親子もいる。拝金主義の「社蓄」となって過労死するほど働く者もいる。働くからには癒しの時間もなければならない。もしくは死なないように体を鍛えなければならない。それでも死ぬ者は死ぬ。「24時間戦えますか」などという古いCMソングが思い出される。人間どころではなく、24時間×365日間×数十年間稼働し続ける発電所がある。火力であれば煙を、原子力であれば事故が起こった際に放射性物質を放出するだろう。若者は自宅に引きこもって現実社会とは関わらない。外に出たとしても、他者とのコミュニケーションよりもネットの仮想世界を選ぶ。形骸化した伝統が残る一方、ぬるま湯のような社会で動物化した人間が欲望を垂れ流す。アベノミクスの6本の矢など、効率だけが目的と化した社会で、時を刻む音ばかりがそこかしこに鳴り響く。