プロフィール

福永 信(ふくなが・しん)
1972年生まれ。
著書に、『アクロバット前夜』(2001/新装版『アクロバット前夜90°』2009)、『あっぷあっぷ』(2004/共著)『コップとコッペパンとペン』(2007)、『星座から見た地球』(2010)、『一一一一一』(2011)、『こんにちは美術』(2012/編著)、『三姉妹とその友達』(2013)、『星座と文学』(2014)、『小説の家』(2016/編著)。

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近代京都画壇を育んだ人たち

2013年11月18日
見逃したくない展覧会を次々と見逃しているのが今の私だが最近では100万円を貰えると思っていたが逃してガッカリしている。ある賞にノミネートされていたのだが落選したのである。落選すると何も貰えない。残念賞で10万円くらいはください。というすさんだ気持ちが残ったのみであるが、ところで学校歴史博物館でやっている「近代京都画壇を育んだ人たち」はそうそうたるメンバーのなかなかの傑作が200円で見られる。上村松園のど迫力の「楊貴妃」が、下絵とならんで展示されている。楊貴妃のことなどふだん私は思い浮かべることなどないけれども、というかそもそも、私のことなど眼中にないその余裕の彼女の表情にひきこまれる。楊貴妃は湯あがりで、これまた妖しい美しさを格子の向こうで見せる侍女が、髪をととのえている。このような時、このような場所に自分が立ち会うはずもないその非現実感が、絵を見ている自分の頬も火照らせる。覗き見をしている。そんな気分にもなりそうだけれども、むしろ自分が部屋の中の調度品のひとつにでもなったような即物的な感じなのだ。

おもしろいのは、会場の学校歴史博物館は、もともと開智小学校という名前で、近代日本での最初期の番組小学校だったが、そこを現在はこのようなミュージアムにしているのだが、上村松園は、この小学校に通っていたのだ。しかも、彼女が生まれたのもすぐ近くだという。かつてこの小学校に通っていた女の子が、大人になってこれを描いたという、その現実そのものがもつ奇妙さ。展覧会場では、出品作家の京都との関係がわかりやすくそのつど地図で示されている。

上村松園のような大作ばかりでなく、素描や小品も、足を止め、顔をぐっと近づけてしまうようにさりげなく展示されていて、小野竹喬なんか楊貴妃と同じくらい興味がなかったが、これがすばらしい。最晩年の小品「茜」のピンクとブルーの奇妙な落ち着かない背景の色、こちらの神経に接続するようにのびる木々の枝、感情の反映のみじんもない、反復に過ぎないような気味の悪い葉っぱの数々。小野竹喬は、こちらの表情を平気で凍りつかせる。この「茜」を見て私は「!」と思ってたまげたが、小野竹喬は、すぐお隣で、まったく別の感情、「(笑)」をも見ている私から平気でひっぱってくる。雨にぬれる竹を数本パッパッパッパというふうに描き「竹」という自身のハンコを捺した「風雨」という同じく最晩年の作品がそれである。そのまんまじゃないですか。と思いきや「画室南窓書見」は、アトリエの窓から見た風景には、明らかに松が描かれているが、そこにもやはり「竹」のハンコ。松じゃないですか。絵を描くとき、作品を作るときに、あるいは、見るとき、読むときに人間にかならず訪れるバカバカしさ、ユーモア、ニヤリとする感じ、その〈小さな感覚〉をこの人は忘れていないんだな、ということが伝わってくる。私は「竹喬、これまで無視してすまない」と心中で詫びたのである。

ほかにも土田麦僊の卒業制作「髪」は、女が髪をととのえている姿を横から描いているがその顔がない。腕で隠れているから「見えない」のではなく、顔が「ない」としか感じられない一瞬がこちらに貼りつく、ホラー絵画の傑作である(描かれた鏡にも何も映っていない)。現在は京都芸術センターになっている明倫尋常小学校の卒業生、榊原紫峰が鉛筆で描く、あくびをする猿、物思いにふける猿。あるいは何かミーティングしている3匹の猿。こちらをジッと見ている猿。動物園の猿山の猿を見ることは、いつまでも飽きさせないフシギな現象を人間に起こすけれども、まったく動いていない、紙にさらさらさらと描かれた絵、しかも鉛筆とかなのに、いつまでも飽きない。とはいえ、しかし、そしてまた、この小さな猿達を見ていると、楊貴妃が気になり始める。あるいは、「竹」が気になり、もしくは、さっきはそうでもなかった徳岡神泉の「寒空」で空に滲み出している小鳥の色が気になり出してくるという具合である。このような小さくても濃密な展覧会は(触れなかったが福田平八郎、村上華岳なども見逃せない)、会場をゆきつもどりつ、大作と小品のなわばりあらそいを感じておもしろい。

 
京都市学校歴史博物館開館15周年記念特別展 近代京都画壇を育んだ人たち

会場 京都市学校歴史博物館

会期 2013年11月7日(木)-12月10日(火)

開館時間 午前9時-5時(入館は午後4時半まで)

料金 大人200円 小・中・高生100円(市内の小・中学生は土・日入館無料)

 
ところで12月1日まで京都市美術館でやってる「下絵を読み解く―竹内栖鳳の下絵と素描」を合わせて見ると、さらにいいかも。この展覧会の最後のセクションは、「京都画壇と下絵」と題され、土田麦僊、村上華岳、西村五雲、榊原紫峰等、上記「近代京都画壇を育んだ人たち」の出品作家とかぶっている(「京都画壇を育んだ人たち」の出品作家のほとんどは竹内栖鳳のお弟子さんにあたる)。たとえば学校歴史博物館では榊原紫峰の「鹿之図」が、京都市美術館では同じく鹿を描いた大作「奈良の森」が下絵と共に展示されているから見比べることができる。こちらは500円ナリ。